第2話

「私はテレイシア国の王女よ。あなたの国とは対等の婚礼を結びます。口を慎みなさい」

とても不快だ。

まさか嫁いですぐにそんな話を聞くことになるとは思わなかった。

初日からあまり怒りたくないので私は会話を拒むという意思表示で馬車の窓をぴしゃりと閉じた。


◇◇◇


王城に着いた。

先程のクルトの言葉を表現するように閑散とした城門。

その前に肩までの黒い髪を上で結い上げた端整な顔立ちの青年が立っていた。

銀縁のメガネをかけた神経質そうな男は馬車から下りた私を見て恭しく頭を垂れる。

「ようこそお越しくださいました。私は宰相のフォンティーヌ・ゴーギャンです。以後お見知りおきを」

クルトと同じで随分と若い宰相だ。

先程のクルトの態度を考えると不安しかない。

けれど一国の王女、そしてこれかれこの国の王妃としてやっていかなければならない私が不安そうな顔をするわけにはいかない。

王族は決して人前で弱みをみせてはいけはいのだ。

私は不安を隠してフォンティーヌに笑顔を向ける。

「エレミヤ・クルスナーよ。これからよろしくね」

不愛想なクルトと違ってフォンティーヌはにこりと私に笑顔を向けてきた。

自分の顔の魅力を理解したうえで使っているような笑顔だ。彼とは狸と狐の化かし合いになりそうだ。

「長旅でお疲れでしょう。お部屋へご案内いたします」

「それよりもまず陛下に挨拶がしたいのだけど」

「申し訳ありません。陛下は執務が立て込んでおりまして」

「・・・・そう」

腑に落ちないが、ここは大人しく引いておこう。最初から飛ばし過ぎるのも良くない。

まずはよく観察して、相手の出方やタイプを理解してから動いた方が良い。それまでは大人しいだけの王女を演じよう。その方が相手も油断してくれるし、いざという時動きやすい。

「・・・・」

「こちらは今日から殿下のお部屋になります」

笑顔でさらりと言うフォンティーヌの横っ面を殴り飛ばしそうになったのを長年の王女教育の賜物でなんとか堪える。

私は笑顔を張り付けたままフォンティーヌを見る。

「私の勘違いかしら。宰相様」

「どうぞ、フォンティーヌとお呼びください」

男に相応しい言葉ではないけど、彼は妖艶な笑みを浮かべて言う。

私を篭絡させる気かしら。この国はよく分からないわね。

「では、フォンティーヌ。私の勘違いでなければここは別館ね」

「はい、そうです」

「婚姻式が終わるまでは別館の客間で過ごすという認識で良いのかしら?」

「いいえ。今日からこちらがあなた様のお部屋です。殿下」

「っ」

何という侮辱か。

怒鳴りそうになるのを必死にこらえ、私は更に続ける。

「私は正妻として、王妃としてここへ嫁いだつもりよ。使者として赴いたわけではないわ」

「存知でおります」

彼は変わらず笑顔のままだ。普通の娘なら彼の笑顔ですぐに落ちるだろう。でも、私には何を考えているか分からない薄気味悪い笑顔にしか見えなかった。

「なぜ私の部屋は後宮にないのかしら。それに客間だなんて。正妻の寝室はこの国にはないのかしら?」

「生憎、そちらは埋まっております」

「は?」

訳が分からない。理解の範疇を超えて知恵熱を発症しそうだ。

「陛下の番様が使っております」

獣人族には番がいるのは知っている。一生のうちに会える獣人族は稀だとも、会えたのならその番を何よりも大事にすることも本能で愛することも知識として知っている。

だからここは仕方がないと割り切るところでもあるのかしもしれない。でも、政治的思惑から結ばれた婚姻だ。それではすまされない。

「番様が後宮を使うことを望まれました」

「陛下はそれを許したのね」

私の言葉にほんの一瞬だけどフォンティーヌから嫌悪の感情が読み取れた。それはすぐに笑顔というヴェールで隠されてしまったけれど。

何し対する嫌悪かしら?

先ほどの会話の登場人物は三人。陛下と番。そして指摘する私。誰に対する嫌悪?

これは早急に敵と味方の区別をつけた方が良い。

「なぜ番と結婚しないの?」

「番様は現在、公爵家の養子になっているので身分は公爵令嬢ですが元は平民です。周囲の貴族が彼女を王妃として迎えることを反発しました。それに帝国のこともありますから」

「当然ね。それでも彼女が後宮を使うことまでは止められなかった?」

「・・・・・」

「ねぇ、フォンティーヌ。番様は一体誰の養女になったのかしら?」

「ブラッドリー・ジュンティーレ公爵の養女です」

「そう。ありがとう」

ブラッドリー・ジュンティーレ。この国の摂政。

お父様の情報によると実質的な王はジュンティーレ公爵。この国の王は傀儡。

公爵を何とかすればこちらもお父様の思惑通りに動けそうね。問題はどうすべきかよね。

公爵のおかげでこの国は王族よりも貴族の力の方が強い。まずは貴族を味方につけなくては。

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