第4話 だめだめ遊園地
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春休みになってから、夜更かしが当たり前になっていた。
明日の準備を整えて、私はあくびをしながら身体を大きく伸ばす。潤んだ瞳をこすりながら、もう片方の手でスマホを操作して『準備できたー』と普段はあまり使わない絵文字をつけて吉屋にラインの返信をした。
『明日、あたたかくなるみたいだよ』
「へー。そうなんだ」と私は画面を見ながらつぶやいた。
スマホの時計を見ると、もうすぐ十二時になるところだった。私はスマホを持ちながら机の上にあったリモコンで部屋の明かりを暗くしてロフトベッドの階段を上がっていく。
羽毛布団に包まれながら、なんて返信しようかなと考える。さっき口にしたままを返せばいいのに、淡白だと思われるかもしれないから『そうなんだ! 教えてくれてありがと!』とすこし明るめのテンションで入力した。
いやだれだよこれ、と私は打ってから文章を消していく。既読がついてしまったので、はやめに返信をしたいところだけど、いい返しがぜんぜん思いつかない。
横になりながら考えていると、次第にうとうとしてきて目が開かなくなってきた。私は潔く『もう寝るね』と送信したらソッコーで『明日たのしんできて!』と返事がきて、帽子をかぶったあざらしのキャラクターが『…ZZZ』と眠っているスタンプを追加で送ってきた。
「かわいいこれ」と私は軽くほほえみながらつぶやいた。
ほんと疑問なんだけど、なんで男子ってたまにマジでかわいいスタンプ持ってんの? と考えながら私も『Thank you!』とキャラクターが親指を立てているスタンプを送った。既読がついたかどうかを確認せずスマホの画面を暗くして枕のとなりにおく。
春休みになってから、吉屋とはラインでやりとりをしている。毎日お互いのタイミングで返信をしながらダラダラとつづけていて――それが夜更かしの原因になっていた。
ねえ吉屋、私のこと好きなの?
脈があるような、ないような、どっちとも云えない煮え切らないやりとりを繰り返していると、それはそれで愉しいときもあるけれど、はやく楽になりたいと思う自分がいる。
「あーもーやだやだ」
またあれこれと考えだして、私は布団に頭を入れた。マジで寝なきゃ。ずっと前から計画してたのに寝不足で体調悪くなって明日愉しめないとか絶対やだし。
明日は、吉屋のことは考えない。考えない。考えない。
入園ゲートを通った先には百花繚乱の世界が待っていた。
ところどころに雲が浮かぶ水色のグラデーションがかった空の下、開けた広場には男女のカップルや家族連れ、私たちのように友達同士で来園したような人たちが目の前を行き交う。遠くを見渡せばジェットコースターのコースや観覧車などなど――アトラクションの一端がいくつも見え、そこら中から漂ってくる賑やかな雰囲気に一瞬でのまれてしまった。
「だいじょうぶか?」
「別に……へ、平気」
「隠れててもいいぞ?」
「いい。もう、そういう歳じゃない」
私のそばにいた沼が、妹の直美さんを心配そうに見ている。さっぱりした短髪にくっきりとした二重が特徴的で、男らしさと爽やかさが調和したような凛々しい顔立ち。私が見上げるくらいの身長、筋肉質な身体をさらに際立てるようなジャストサイズの濃紺のスウェットを腕まくりして、すこし大きめのリュックを背負い、履き慣れてるっぽい色褪せたデニムを合わせて足元はゴムソールの黒いスニーカーを履いていた。
「やっぱり、前髪、作ってくれば、よかった……」
直美さんは前髪とサイドをすべてうしろにまとめたポニーテールで、つるんとした広いおでこと、つんと伸びた高い鼻に小さな唇。男子にひけをとらないくらい背が高く、剣道をやってるせいか肩幅があり、そのせいもあって小さな顔が余計に小さく感じる。そしてそのスタイルの良さを引き立てるようにジャストサイズのしろいシャツを濃紺のデニムにタックインさせてしろいスニーカーを合わせただけのシンプルな服装だった。
目の前を通り過ぎる人たちが次々と直美さんへ視線を注いでくる。これだけ大勢の人がいるにもかかわらず、注目を集めてしまうってことは、まあそういうことなんだろう。私はそういう目線にいままで晒されたことがないから、直美さんの気持ちは根本的に理解できないけれど、そばにいてあまり気持ちのいいものではなかったので「直美ちゃん」と思わず声をかけてしまった。
「な、に?」
「いいよ。私のうしろ。隠れてても」
「弓峰、さん……」と直美さんが近づいてきた。「かたじけない……」
「なんで俺はダメなんだ」
「うるさい」
「なあおい、はやく行こうぜ。時間なくなるぞ」
「黙れ短パン小僧」
「まだそこいじる!? 散々バスのなかでいじったろ!?」
いまにも駆けだしていきそうなテンションの若藤がツッコんでくる。キャップをうしろかぶりにして、小さめのウエストポーチを肩から下げ、水色のBDシャツに膝丈のベージュの短パンと、シュッとしたアキレス腱が見えるくらいのスポーティなスニーカー。ここへ来るまでのバスのなかでも云ったけど、不快感がない程度に毛がうすくて良かったな若藤。もしも剛毛だったらガムテープ買ってこさせてるよマジで。
「最初どこから行こうか?」
「ジェットコースター人気そうだし、並びそうだから、最初に行ったほうがよさそうだけど」
若藤のとなりで、小暮とマユがパンフレットを広げていた。小暮は黒いリュックを背負い、ブルーのギンガムチェックのシャツにすこし太めのコットンのネイビーのスラックス。マユはブルーストライプのワンピースの上に辛子色のカーディガンを羽織り、バーガンティのポシェットを下げている。ワンピースのなかには洗いざらしの細めのデニムをロールアップさせて、足元は合わせてきたようにどっちもお揃いのしろいコンバースだった。
「いいんじゃないジェットコースターで。私も行きたい」
「わ、私も」
「オレはなんでもいい。はやく行こうぜ」
「じゃあ、ジェットコースターにしようか」と小暮がパンフレットを見ながら歩きだした。「えーっと。こっち、かな?」
「メリーゴーランドはどこだ」
「おまえが云うとぜんぜんかわいく聞こえねえな」
小暮に付き添うようにして、若藤と沼が両サイドを埋める。自然な流れというか当たり前というか、男子と女子でバラけると、私たちは男子たちのうしろをついていった。
きょうはいつもの六人で遊園地へ遊びにきている。発端は去年の十二月。このメンバーでプールへ遊びに行ったことがあり、そのとき直美ちゃんが遊園地へ行ったことがないらしく、じゃあ次はそこでってなって、それから計画を立てはじめた。冬休みだと絶対寒いし、そのあとは学年末が控えていてあまり余裕がなく、どんどん計画がずれていき、そしてようやくみんなの予定が空いた春休みに行くことになったのだ。
「やっぱり春休みだから人多いね」
「ね。予想以上だった。あ、ねえお昼なに食べる?」とマユがスマホをいじりながら云った。
「えーさすがに来たばっかでぜんぜん思いつかないけど……。美味しいものなにかあるここ?」
「んーホットケーキ美味しいところあるみたい」
「おおー。だけどそれお昼になる……?」
「だよね。ふつうに売店でホットドッグとか買って食べ歩きする?」
「ふつうにそれでよくない? 食べながら移動できるし。え待って。直美ちゃんいる!?」と私はばっとうしろを振り返った。
「い、いるよ、いる、います」
「よかったー。会話入ってこないからマジ消えたかと思った……」
「ごごっ、めん。入ろうと、したんだけど、テンポ、はやくて。人、多い、ね」
「うん多いね。でもそこまで戻っちゃうかー」
「ごご、ごめん」
「直美さん、なにか食べたいのある?」
「み、んなと、同じ、やつでいい、よ……?」と直美さんが恥ずかしそうな声で云った。「その、なんか、その、ね。えっと。同じもの、食べて、思い出に、した、くて。私、ね、すごく楽しみ、で。きょう……あ、ぁぁあぁあ……」
直美さんが両肩に手をおいてきて、髪に埋めるようにおでこらしきものを当ててくる。
私はうしろを振り返った。「えなになに急に!? どうしたどうした!?」
「ねえねえ。三人で記念に写真撮ろー」とマユがにやにやしながら腕を組んできた。
「なになにちょっとねえ……きょう、アッ、ツいんだからさぁ……ねーあんま、くっつかないでよー、もー」
言葉とは裏腹に、胸にあたたかな感情が宿っていく。ふたりに背後と横を取られながら、マユがスマホを構えて何枚か適当に写真を撮った。
アスとハルといたときは、こういう女子同士のベタベタしたやり取りは正直苦手だった。
私のこと、ほんとに好いているのかって、いつも疑ってばかりいた。
でも、この子たちといっしょにいるとき、そういうことは考えない。
私も、愉しみにしてたよ、きょう。なーんて、私のキャラじゃないからそんな素直なこと口にだして云えないけどさ。……でもうん、ほんとに、嘘偽りなく思ってるからね。
「お。あれじゃね?」
遊園地内をしばらく歩いていくと、鉄柱がいくつも連なり、青空に子どもが落書きをしたような赤いコースが見えてくる。近づいていくごとに、遠くから聞こえていた叫び声が徐々に大きくなっていった。
「思ったより空いてんな」
「ね。わかる。私、もっと並んでるかと思ってた」
階段には順番待ちをしている人たちが列を作っていて、一時間待ちくらい覚悟していたけれど、その長さを見る限り、それよりもはやく乗れそうな雰囲気がある。
「……なぜだ。なぜ、こんな危険なものに乗ろうとする……わけがわからん。正気かおまえら……」と沼が片手を顔に当てながら弱々しくつぶやいた。
「だいじょうぶだって沼。うしろのほう乗っとけば、あんまり怖さ感じねえからよ」
「ほんとか?」
「あー。たぶん?」
「わたし、前のほうが怖くないって聞いたことあるけど」
「俺は、だれを信じればいいんだ……」
「順番待つあいだ、検索してみたら?」
私たち六人は最後尾に並び、スマホをいじったり話しながら順番が来るのを待っていると、徐々に列が動いていった。数十分後には制服を着た係員がジェットコースターの車両に誘導する光景が見えてきて、私は期待半分怖さ半分のなぞの高揚感に包まれながら列が消化されていくのを待つ。
ほどなくして「お待たせいたしましたー。お次の方、足元に気をつけながらどうぞお進みくださーい」と係員が呼びかけてきた。ゲートが開き、私たちより前にいた人たちが次々に乗りこんでいくと、列がどんどん動いていく。
「もうすぐか……」
「覚悟決めたか?」
「ああ。俺は中央に乗るぞ」
「情報収集ばっちりだね」と小暮が沼を励ますように背中をやさしくたたいた。
乗り場を区切る柵へ若藤と沼がそれぞれ進んでいくと、小暮だけが立ち止まって順番を譲ってくれる。私は「ありがと」と小声で伝えて横を通り過ぎた。
「マユ」
乗り場はうしろの二列が空いていて、私は移動しながらマユの腰を軽く押し、うしろから二番目のところへ誘導させた。
「うん。ありがと」
マユがゲートの最前列に並ぶと、私はひらひらと手を振りながら最後尾の乗り場へ。直美ちゃんは私のあとを追うようについてきて、最後の小暮がマユのとなりに立ち止まると、若藤と沼、小暮とマユ、私と直美ちゃんという並びで順番を待つことになった。
「はぁ……ちょっと、怖くなってきた……」
「だいじょうぶ? 無理そうだったら目、閉じててもいいと思うけど」
「うん、そうする。恵大怖くないの?」
「そこまでかな? 意外とこういうの愉しめるタイプかも」
「ほんとにー? 無理してない?」
「ほんとほんと」
横にいるマユと小暮の愉しそうな会話が聞こえてくると、頰がちょっとゆるみそうになって唇を引き締める。
このふたりが付き合ってから、心の底からうまく云ってほしいと思いながら接してきた。それが応援になっていたのかはちょっとよくわからないけど、私は私なりのやり方でふたりの恋路を見守ってきた。
だけど、マユと小暮のお泊まりを協力してから、私の役目は終わったというか、私がいちいちなにかをする必要なんてないんじゃないかなと思うようになった。
カレシのいない私がこの先、できることなんてないんじゃないかって。
それがなんか、ほんのちょっと、さみしい。
……あーなんかいま、ものすごく。
吉屋に、会いたいなぁ。
「大変お待たせいたしました。足元にお気をつけて、奥のほうまでお進みください」
この場に似つかわしくないことを考えていると、目の前に車両が止まり、係員の人がチェックをしてからゲートが開いた。
私は座席に坐り、アナウンスに従いながらベルトを締めてバーを下ろす。しっかりと固定ができているかを係員が入念に確認し、すべての準備が整ったところでガイド役の人が明るい声で「それでは、いってらっしゃーい!」と促した。
車両がガコンと動きだす。不気味なくらいゆっくりゆっくり進んでいくと、視界が一気に開けて、すこし曲がったあとに青空へ向かうようにレールの角度が上向きになっていく。
「弓峰、ちゃん。だい、じょうぶ?」
「あ、え、うん。まあ」
「そ、っか。ずっと、黙ってる、から、だいじょうぶかな、って」
「あー。ごめん」
直美ちゃんに云われてはっとする。なんで関係ないことばかり考えているんだ私は。きょうはそういうこといっさい忘れて遊ぼうと決めたのに。
吉屋のことは考えない。考えない。考えない。
頂上は、もうすぐ。
なんかいま、ものすごく叫びたい気分だ。
「あんちゃぉあああぁあぁあ!」
入口のドアを開き、気持ち程度の明かりが点いた暗い通路を歩いていくと、壁から突然煙が噴出してきて若藤が大絶叫。つられて私も悲鳴を上げてしまって「ちょっとねえびっくりするじゃん!?」と若藤の腕を軽くたたいてしまう。
「オレダメなんだよこういうの……」と若藤が細々とした声で云った。「弓峰おまえこういうの平気?」
私はゆっくりと歩きながら云った。「正直あんまり好きじゃないけど……でもまあ乗り物系ほぼ乗っちゃったしねえ……」
「だな……。時間も時間だしこれ終わちゃぉあぁアぉぁぁあ……んだよー人形かー……ビビるわーマジで」
「あんたの声がいちばんビビるよ私は……」
若藤と並びながら順路に従って進んでいく。お昼を食べ終わってからあれこれまわって閉園時間も迫ってきた頃、最後にみんなでお化け屋敷へ入ることになった。だけど二人一組じゃないと入れないらしく、同性同士だとひとりあふれてしまうので、男女でペアになり、まあ当然だけどマユは小暮と、直美ちゃんは沼と、私は若藤と組むことになった。
「あー、なんかいる……なんかいるぞあそこー」
「意外とビビりじゃん」
「うるせえわ……」
首の取れた着物を着た人形が通路の真ん中に倒れており、若藤がそろーっとまたごうとすると、突然女の人の不気味な笑い声がどこからか聞こえてきて、若藤の身体がびくって反応する。
「めっちゃ怖がってんじゃん」と私は人形をまたぎながら云った。
「いや逆におまえ怖くねえの?」
「あんた見てると逆に怖くなくなってきた」
「どういうことだよ……」
若藤と話しながら角を曲がった途端、真横の古びた戸からガタゴトガタゴトっと音がして「きゃ」と声がでてしまい、さささっと身を引いたら、若藤と肩と肩がぶつかってしまう。
「あ、ごめん」
「いや、別にいいけどよ……あんまくっつくなよな。オレ、一応カノジョできたからよ」と若藤が若干ためらいがちに云った。
「……は? えっマジ? マジで?」
お化け屋敷でまさか若藤から驚かされるとは思わず、私はすかさずそちらへ目線を向けたけれど、暗いせいでほとんど表情はうかがえなかった。
「マジマジ」と若藤が歩きながら云った。「ちょい前にゲーセン行ったろ。あんとき、まあ、悩んでて。そのことで」
「あー……? あー」と私は若藤の髪がさっぱりしたのを急に思いだした。「そういうこと。え、てかだれだれ。同じクラスの人?」
「いや。塾のセンパぃぃィぃええァアアぁああああぁぁああ!」と若藤が上から落ちてきた頭部の模型にびくってなりながら云った。「あーもうやだ……もうやだ……ゴールまだかよマジで……」
『うぉおああぁあぁおああ』と私は障子の横からでてきた腕を無視しながら云った。「え、それ私以外みんな知ってる感じ?」
「ちょ、え、おまスルースキルやばくね……?」と若藤が飛びでている腕を避けながら答えた。「あーっと。ケイと沼には話した」
「なんで教えてくれなかったのさー」
「だっておまえ、絶対気ぃ使いだすだろがー」
その一言に、とくんと心臓が跳ねる。ここまでまったくドキドキしなかったのに、急に脈がはやくなってきて、私は唇同士を強く合わせながら鼻で深く息を吸いこんだ。
「いやだったんだよ。恋人できて、距離感変わんのが」と若藤が云った。「どーせあれだろ、おまえ教えてたらオレとお化け屋敷入ってなかったろ?」
私はすぐに返事ができなかった。そのとおりだったから。だって、そのカノジョのことを考えれば、いくら私が若藤をそういう目で見ていないとしても、いっしょにお化け屋敷に入っていたらきっといやだろうから。
「やっぱな……ったくよーそういうのマジでやめろよなー」と若藤がこちらを振り返った。「気ぃ使わねぇで、いままで通りでいてくれよ。楽だし、おまえといると。オレもいつも通りでいるからよ」
「……うん」
「ま。おまえらいるのに、遊びに行くのゆるしてくれるような人だから心配すんな。だからって、オレも甘えるつもりねえし。あとでそれなりのことはするつもりだからよ」
「なにそれノロケー?」
「ちげえわ」
若藤が顔をそむけて、ぼりぼりと襟足をかく。付け加えた言葉が私を気遣ったものだとわかって、うっかり表情が綻びそうになったけれど、私はきつく唇を結び合わせてどうにか堪えた。
「……おめでと」
「……ん。サンキュ」
「なに照れてんの……キモ」
「いや……そんなこと云われると思ってなかったからよ」
「いいでしょ、別に……」
それから、お互い照れくさいからなのか無言で歩き進めていく。近くもなく、離れ過ぎてもいない距離で肩を並べながら歩いているその時間が、ほんのちょっとだけ心地よかった。男女に友情なんてないと云われているけれど、私は若藤とはある気がした。
ありがとね、若藤。それで、ごめん。気を使わせちゃって。でもおかげで大切なことに気づけて、肩の力が抜けたよ。
いままで通りで、いいんだって。
「っしゃあ! 出口だぜ!」
若藤が出口の扉を手でゆっくり押していくと、隙間から入ってくる光の筋が暗闇を切り裂き、そのまばゆさに思わず目を細める。
世界が、輝いていた。
真上にはマリーゴールドを敷き詰めたような空が広がり、視界はうっすらと黄色味がかる。暮れの夕日に染まった遊園地はそこかしこに照明が点り、幽玄に輪郭を滲ませていた。
「あっ、ユコー。きたー」
出口からすこし離れたところで、先に終えたみんなが輪を作りながら待っていて、その中心にいたマユがほほえみながら手を振ってくる。
友達に恋人がいるから、なんだというのだろう。
焦る必要なんてどこにもないのに。カレシがいないと話が合わなくなるのが不安で、気を使われたくなくて、自分が遅れているように感じて、だけどその気持ちを悟られたくなくて、すこしずつ心の距離がマユから離れてしまっていた。
右手が、上がる。
マユは、遠い存在になんか、なっていない。
卑屈な私が、そういう風に見ていただけで。
あの子はずっと、いままで通り接してくれていた。
「マユー」
なんだか久しぶりに、心から笑顔があふれでて、私はぶんぶんと大きく手を振り返した。
恋人がいないことを引け目に感じなくていい。いつも通りの私でいい。恋に恋して、私は大切なことを見落とすところだった。
カレシがほしいという気持ちばかりが先走って、私は吉屋とちゃんと向き合えていなかった。
過去に告られたからって、まだ私のことを好きなのかなって自惚れて、もしかしたら付き合えるかもって淡い期待を抱いてた。
吉屋『で』いいとか、何様だ。
直美ちゃんのように美人でもなければ、マユのようにやさしくもなくて。小心者で、ケーキひとつ選ぶのに迷うくらい優柔不断で、卑屈で天邪鬼で――いいところなんてひとつもないダメダメな私が、たった一度告白されたくらいで調子に乗るな。
告白された『私』は、仮面をかぶっていた『むかしの私』で『いまの私』じゃないのに。
あーもう!
せっかくみんなで遊園地へ来たのに、考えないようにしていても、吉屋のことがどうしても、頭から離れないや。
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