第5話 ばきばき学年末 後編
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飯を食い終わってゲーセンへ向けて歩いていく。二月も下旬へさしかかり、そろそろ春の足音が聞こえてもよさそうなもんだが、きょうは真冬へ逆戻りしたような寒い日だった。空模様も鬱々とした曇り空で、オレはブレザーのポケットに手をつっこみ、寒さをしのぎながら、すこし前を行く弓峰と満水のうしろをついていく。
「カノジョのとなり取られてんぞ」
「別にいいよ。きょうは僕、おまけみたいなものだから。食べる?」
「サンキュ」
となりを歩いていたケイがタブレットを差しだしてきたので、手を広げると、その上に数粒だしてくれる。オレはもらった粒をボリボリと噛み砕きながら、こういうこと、満水といるときもさらっとやってそうだな、となんとなく思った。
「満水とゲーセン行ったことなかったんだな」
「うん、まあ。僕もあんまり行かないし」とケイが言葉を探すように間を取った。「真癒子、苦手かなと思って。ああいうところ」
「たしかに。行かなそうだな」とオレは笑った。「てか、きのう悪かったな。最初断っちまって。グループラインで誘われたからよ、男三人で撮りに行くんかって思っちまって」
「あれはほんとごめん。つづき送る前に返信くると思わなくて」とケイが申し訳なさそうな口調で云った。「でも僕、ふたりに断られたら、行かないことにしてたんだよね」
「えマジ、そうだったん? ふつうに行くと思ってた」
「悩んだけどね。真癒子が来てほしそうだったから。でも女子ふたりとプリクラは……」
ケイから聞いた流れとしては、そもそもは弓峰と満水だけで遊びに行く予定だったらしい。きょうと同じくプリクラを撮りに行くことになってたそうだが、満水が彼氏のケイといっしょに撮ったことがない、と云ったようで、弓峰が「じゃあ小暮も誘う?」と提案し、そっから満水がケイを誘い、ひとりだと気まずいので、ケイがグループラインで『プリクラ撮りに行かない?』とオレと沼を誘って、タイミングの合ったオレが行くことになった。
ケイと話しながら歩いていたら、クレーンゲームの前で弓峰と満水が立ち止まっているのが見え、オレらは早歩きでそちらへ向かった。
「なあ、なんでわざわざちょい離れたとこ来たんだよ」
「調べたら、近くでいちばん機種多いらしいから」と弓峰がスマホを持ちながら云った。「ここの三階にあるみたい」
弓峰が先導するように進み、自動ドアが開くと、騒々しい音があちこちから聞こえてくる。店内は若干うす暗く、対戦や体験型の筐体が多くあり、画面に映る映像や筐体の光が浮かび上がっていた。歩いていると、音ゲーをしている人で凄まじい動きをしている強者が見え、ちょいテンションが上がり、目がついそっちへ泳いでしまう。
「恵大。あ――、な――?」と満水がケイのブレザーの裾を引っ張った。
「ん、なに?」
「――るの、なに?」
「ご――、わ――ない。あ――でや――みる?」
「――、――るー」
先頭を行く弓峰と、最後尾のオレのあいだに挟まれて、満水とケイが小さな声でも聞こえるように顔を近づけ、ほほえみ合いながらなにかを話していた。
付き合ってから、ずっと名字で呼び合っていたケイと満水だが、冬休みが明けて、どちらも名前で呼び合うようになった。オレらといるときも、前はどこか遠慮しているような雰囲気だったが、いまでは当たり前のように、人前でも恋人同士の特有の雰囲気をだしている。
オレはそんなふたりを見ないように顔を背けて一歩下がった。三人とすこし距離を空けて奥にある階段を上がっていくと、すこしずつ音の激しさがうすれていく。
三階に到着すると、クレーンゲームや小さな子どもでも遊べるようなものが多く目についた。そのなかの一角に、プリクラコーナーが設けられている。
「マジでめっちゃたくさんあんな」
「ね。どれがいいとかあるの?」
「わたし、あんまり撮ったことないから……」と満水が助けを求めるように弓峰へ顔を向けた。
「いやいやいや。私もそんなに撮らないし」と弓峰が云った。「あっ。これとかいいんじゃない?」
弓峰が指さしたのは、ほかと比べてやや大きめの箱だった。モデルのアップが映っている垂れ幕に書かれた売り文句には、カメラを動かせるのが特徴で、さらに撮影スペースが広く、大人数の撮影に向いているらしい。
「いいんじゃね? ちょうど四人で割り切れるし」
ケイと満水も同意して、それぞれ小銭を入れていく。弓峰と満水が外に設置されているモニターを操作してモード選択をしたあと、オレらはなかへ入っていった。真っしろい空間には強烈な光を放っているライト、取っ手のついたでかいカメラがあり、カバンをうしろにおいて四人が入っても、まったく狭苦しさは感じない。
弓峰がガイドに従いながらカメラを動かし、大きめのモニターを操作していくと、なにやらごちゃごちゃ云ってきたあと『準備ができたら、ボタンを押してね』と告げてきた。
「どうする?」
「どうしよっか?」
撮り慣れてねえからなのか、全員が顔色をうかがうように探りを入れ、軽い緊張感とかたい雰囲気が漂う。無理無理。オレこういう空気マジで耐えられねえ。
「ケイ、おまえそっち行け」とオレはケイの肩を押した。
「あ、うん」
「満水。ほら」
「う、うん……」
満水がちらっとケイを見て、はにかみながら横に並ぶ。なかなか動こうとしないこいつらを誘導し、オレとケイが左右の端、内側に弓峰と満水という立ち位置になった。
「いいね? いくよ」と弓峰がボタンを押して位置についた。「若藤。もうちょいそっち」
「痛ってちょ『⑤』おま肘打ちすんな?」
「なにそれフリ?」
「違えわ『④』えてかその鋭さなんなの。三角定規入れてんの?」とオレは早口で云った。「『③』気をつけろ満水。こいつ邪魔してくるぞ」
「若藤くん、やめて……」と満水が笑いそうになるのを耐えているような声で云った。『②』
「オッケ。……あれ、オレだけ変顔してね?」『①』
弓峰が噴きだした。「ちょ、っ」
ガイドがカウントダウンを告げ終わり、シャッターが切られる。各々適当にポーズを決めていたが、撮影が終わると皆いっせいにポーズを解き、弓峰が「ねー邪魔しないって云ってたじゃんかー」と云いながらオレの肩をたたいてきた。
「ケイを見習えケイを。こいつだけまったく動じてなかったぞ」
満水がパタパタと手を扇ぎながら云った。「恵大すごいね……」
「慣れてるからね」とケイがにっこりと笑いながら云った。
「てゆうかなに三角定規って。はぁーもーあ、っつー。こんなに話しながら撮ったのはじめて私」と弓峰が鼻の下を拭きながら云った。「あっねえ。次くる次」
勝手にカウントダウンがはじまって、そそくさと準備をして撮影に備える。そのあとは立ち位置を変えたり、カメラの位置を動かしてそろってポーズをしたりと、ガイドに従いながら終始笑い合って撮影をつづけていった。最初どうなるかと軽く心配したが、最初の一枚でだいぶ緊張もほぐれたようで、撮るたびにかたかった雰囲気は徐々にやわらかくなり、ケイと満水も、ふたりっきりのときほどじゃねえとは思うが、最後はくっつき合うくらいになっていた。
『おつかれさま。外にある落書きコーナーへ移動してね』
「落書きする人ー?」
「僕はいいかな。真癒子いい?」
「うん、いいよー」と満水がケイにカバンを渡しながら云った。「ね。あとで撮りに行きたい」
「いいよ。じゃあ、先によさそうなの探しておく」
「うん。ありがと」
「オレもパス。弓峰。頼んだ」
「ごめん。あんたにやらせるつもりまったくなかった」
「おまえオレの顔に絶対落書きすんなよ!?」
カバンを持ち、垂れ幕をぺらっと上げて外へでる。オレは一息吐くために、すこし離れたところにあった自販機へ向かった。缶コーラを買ってその場で一口飲むと、強い炭酸が喉を駆け抜けていき、思わずゲップがでてしまう。
近くにあったベンチへ腰かけ、くいくいと飲み進めていくと、ケイが歩いているのが見えて「おーい」と声をかけた。
「よさそうなのあったか?」
「うん、まあ。撮ってみないとわからないけど」とケイがこっちへやってきた。「さっきみたいに撮れるといいなー」
「カップル撮りはまた違うもんじゃね?」とオレは云った。「不安なら、オレでいろいろ練習しとくか?」
「いやいや。いい、いい」
オレは笑いながら云った。「ま、おまえならだいじょうぶだろ」
「ありがとう。がんばってみるよ」
ケイがとなりに腰を下ろし、話しながら残りをちびちび飲んでいると、遠くで満水と弓峰がだれかを探しているように顔を動かしながら歩いてるのが見えて、オレはケイの背中を押した。
「若藤。きょう、調子悪いのに、来てくれてありがとう。僕だけだったら、さっきみたいに愉しく撮れなかった」
去り際に、ケイがほほえみながらそんなことを云ってきたので、オレは照れくさくて「いいからはやく行け」と目をそらしながら手をひらひらと振った。
「ったく。あいつは……」
よくもまあ、あんなことをさらりと云えるもんだ。オレは下を向きながら襟足をがしがしかいていると、だれかの足音が近づいてくる。顔を上げると、弓峰がカバンから財布をだし、自販機でペットボトルのホットのお茶を買ってから横に坐った。
「はぁー」と弓峰がキャップをひねった。「私も休憩」
「どんな感じになったよ?」
「ん。見る?」
弓峰がブレザーのポケットに入れていたプリクラを差しだしてきた。受け取って見てみると、大小さまざまな写真には、加工されて実物とかけ離れたオレたちの顔が映っている。落書きは控えめで、きょうの日付とそれぞれの名前、あとは多少のスタンプとコメントが書かれているくらいだった。
「ひっでえ顔だな」
「あんただけね」と弓峰がキャップを閉じた。「なにに悩んでるのか知らないけど、あんまり考えすぎないようにしなよ」
「ん。サンキュ」とオレはプリクラを返した。
「また、撮る機会あったらさ」と弓峰が受け取りながら云った。「そのときは、元気な顔に戻っておいてよね」
弓峰が足を擦り合わせる。突然そんな恥ずいことを云ってくるもんだから、急に身体がむず痒くなって、オレは照れ隠しで缶を一気に傾けた。
「じゃ!」
自分で云っておいて恥ずかしくなったのか、弓峰がすくっと立ち上がり、逃げるように早足で去っていった。
「……サンキューな」
オレは缶から口を離し、ゆっくりとつぶやいた。
心配、してくれてよ。オレひとりだったら、ダメになってたかもしれねえ。
中身が空になった缶を見つめながら、うだうだ悩んでたからっぽの自分をぶっ潰すように、決意をこめて強く握ると、バキッと音が鳴った。
泉センパイがオレのことをどう思ってるかなんて、ぶっちゃけ本人に訊いてみなくちゃわからねえ。オレはその真実を訊く覚悟がなくて――キモいと思われるかもとか、ごちゃごちゃといろいろ考えてきた。
バキッと、音が鳴る。
泉センパイは、オレにとって大切な存在で。そんな人から、そんな人だからこそ、オレの好意を「キモい」「無理」「ごめん」などなどの一言で一蹴されてしまったらどうしようと、ついマイナスな方向へ頭が傾いてしまう。
バキッと、音が鳴る。
チョコをもらっても、義理か本命かわかんねえだけで、一歩を踏みだせないくらい、オレは自分に自信がねえ。
じゃあいったい、いつになったら自分に自信が持てるようになんだよ。テストで学年一位を取ったらか? 一流大学に進学したらか? だれもが憧れるような、高収入で安定した大企業に就職したらか? 整形してイケメンになったらか? 大金持ちになって、何不自由なく暮らせるようになったらか?
そんな肩書きやステータスに頼らなくちゃ自分に自信が持てねえからっぽな人間にオレは絶対なりたくねえ。そんなもんがなくても、頼らなくても、泉センパイを幸せにすることに関してだけは、この世のどんな男にも、絶対に負けない自信があんだよ。
バキッと、音が鳴る。
いまなら堂々と、胸張って云える。あのチョコが義理か本命かなんてどうでもいい。
オレは、泉センパイが好きだ。
バキッと、音が鳴らなくなった。
潰しすぎてバキバキになった空き缶を持ちながら、オレはベンチから立ち上がり、過去の自分と決別するようにゴミ箱へ捨てた。
「答えはだしたぜ、泉センパイ」
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