第4話 ばきばき学年末 前編
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教室のドアを開けて自分の席へと進んでいく。朝礼までまだそこそこ時間があるのに、そこらには最後のあがきなのか、それとも最終確認なのか、机にしがみついて教科書やノートを見ているやつらが大勢いた。
「うっす」
オレは窓側のいちばんうしろの机にリュックを下ろすと、前に坐っていた弓峰 優心(ゆみみね ゆこ)がくるりと振り返った。
「おは」
弓峰がノートを片手に半身になった。ブレザーの袖口からセーターの袖が伸び、着こんでいるはずなのに腕まわりや肩にはかなりの余裕がある。胸くらいまであるクセのかかった髪に隠れて顔はよく見えねえが、高い鼻がぽこっとでていて、組んでいる足は真っ黒いタイツに包まれており、心配になるレベルで細かった。
「きょう、来るんだって?」
「おう」とオレは椅子に坐った。「あいつの邪魔にならねーようにする」
弓峰が笑いながら云った。「邪魔する元気なさそうだけどね。顔やばいよ? 寝てないの?」
「テスト勉強以外に考えごとしててよ……エナドリ飲んできたから頭は起きてんだけどな」とオレは筆箱などをだしながら云った。「飯、食ってから行くんだろ?」
「そ。ファミレス。ゲーセンの近くにあって」
「ん了解。つーか意外だったな、……プリ撮ったことないとか。一回は行くもんじゃねーの? 知らねーけど」
「偏見でしょそれ。ふつうにスマホの写真で済むし、記念に撮りたい人とかじゃない?……付き合ったことないから知らないけどさ」と弓峰が云った。「でも私、ゲーセンいるとこ想像できないわー」
「あーそれな。自撮りとかもしなさそうじゃね?」
「あの子が恥ずかしがり屋だからね。でも持ってるー私。ふたりが自撮りしたやつ」
「どういう流れでもらえんだよそれ……」
「応援がてら、文化祭のときちょいっとね」と弓峰がノートを見ながら云った。「まあ、いまではもう応援する必要ないくらい、なんだけど」
まわりに人がいるため、主語を濁しながらオレらは話をしていく。きょうで学年末も終わり、放課後は『あいつ』と『あの子』と弓峰を含めた四人でゲーセンへ遊びに行く予定になっていた。沼も誘われていたが、部活があるため今回は不参加だった。
「あ。マユー」
弓峰が廊下側を向きながら明るい声をだす。オレもそちらを向くと、満水 真癒子(みちみず まゆこ)がこちらへやってきた。風でやられたのか、崩れたワンレンボブが膨らみ、口が隠れるくらい青紫色のマフラーをぐるぐると巻いていて、鼻筋と涼しげな目元がでている。背はすこし低いくらい。ブレザーの第一ボタンを閉じ、スカートの長さは膝丈よりすこし上で、弓峰と同じく黒いタイツをはいていた。
「よっす」
「おはよー。寒いねー」と満水がマフラーをほどいていった。
「おはー。てかマユ、横髪。ハネてる」
「うんわかるわかる。寝癖なおしつけてもなおらなくて、アイロンあてる時間もないからもういいやーって」と満水が髪を撫でつけながらカバンを開けた。
「まとめちゃえば? ゴム使う?」
「ううん、だいじょうぶ。わたしもある。ありがと」と満水がほほえみながら云った。「でも結ぶと首寒くない? それにテスト終わったら遊びに行くから、んーって感じ」
満水がスカートを押さえながら弓峰のとなりの席に坐った。試験期間中の座席は名簿順になっていて、入学したときと同じになっている。当然だが、いまじゃすっかり友達らしくなっているこいつらも、その頃はまだかたさがあった。
「あーそうそうマユ。きょう若藤来るって」
「ほんと?」と満水が振り返った。「え……顔、ひどいけど、だいじょうぶ?」
「顔面偏差値てきな意味で云ってる?」
「違う違う違う」と満水が顔を真っ赤にして手を振った。「疲れてそう、だから」
「ああ、なんともねーよぜんぜん」とオレは笑ってみせた。「きょうでテストも終わりだしな」
「ドタキャンしてもぜんぜんいいからね?」
「オレ遠回しに避けられてる?」
「違う違う違う!……ねーユコ笑いすぎー」
「……っ、も、む、り……」と弓峰が口を押さえて肩を細かく上下させながら笑っていた。「はぁー……マジ、やばかった……」
「ツボ浅すぎだろ」
「黙れ顔面偏差値四十二」
「やかましいわ。おまえの中央値だれだよ云ってみ?」
「バッタ」
「センスやばくね。つかオレ昆虫に負けたんかい」
「いや冗談抜きにして、マユが心配するほど、マジで顔やばいからね?」
「知ってっから……朝、顔洗うとき見たし。心配すんな」
「いや、私は別に心配してない」
「なんなんだよ。心配しろや」
弓峰と話しているあいだ、満水は穏やかな表情を浮かべていたけれど、目がどこか心配そうな色を含んでいた。オレとしては、弓峰のように雑な軽い感じで接してくれたほうが逆に気が楽なんだが、満水はそういうことができるようなタイプの子じゃない。
弓峰とは同じ中学出身で二、三年のときにクラスがいっしょだった。それなりに関わった仲なので、オレの扱いを知っているせいか、いっしょにいて楽で、あんまり気を使わねえところがある。それに口は悪いが、表にはださないけど気にかけてくれてんだなと、話しててなんとなく思った。
ふたりと話していたら予鈴が鳴って、席を立っていたクラスメイトが自分の席へ戻っていく。担任が来るのを待つあいだ、オレは窓のほうへ顔を向けた。曇り空にうっすらと映る自分の顔を見て、ついつい苦笑が漏れちまう。
あいつらに心配されるくらい顔面がやばくなっているのは、学年末の勉強と泉センパイのことが噛み合わさっているからで。なにをしていても、ずっと、泉センパイのことが頭にあった。
塾仲間だった人が、もうすぐいなくなるとわかって、チョコを渡されてから急に意識するようになり――泉センパイをどう想っているのか、自分に問いつづけていた。
泉センパイのことは好きだ。でもそれは、異性として好きという意味じゃなかった。あくまで塾仲間としてという意味で、オレは泉センパイに恋愛感情を抱いたことはなかったのだ。
だけど最近になって、いろんなことが絡み合い、恋愛的な意味が混ざってきてる。そしてそれは、日に日に強くなっていた。
その気持ちを、素直に受け入れられない自分がいる。
好きになるのが、怖かった。
泉センパイには、嫌われてはいないと思う。だが、オレ自身がそうであったように、泉センパイもオレのことをただの塾仲間だとしか思っていないかもしれない。加えて、二コも年下のオレのことなんか、恋愛対象として見ていないかもしれない。
本気で好きになって、キモいと、思われたくなかった。
そんなふうにマイナスな方向へばかり考えてしまうのは、からっぽの自分に、自信がねえからだろう。
泉センパイの合格発表日。こんな気持ちで会いに行くべきか、ずっと迷って考えつづけてる。いっそこのまま会いに行かず、ただの塾仲間として終えていいんじゃねえかと。
その結果が、この顔だ。ただでさえよくねえツラなのに、やつれまくって目が死んでやがる。
遊びの誘いを受けたのは、ひとりでいると、いまみたいにまた考えちまうからで。結論をだすことから逃げてるだけかもしれねえが、気晴らしに、すこしでも気分転換になればいいと思った。
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