第2話対死神戦

 このコロニーに来たのは単純な偶然だった。

 たまたまここで列車がトラブルで止まり足止めを食らったのだ。

 ただ、俺はあまり考えがあって移動しているわけではないので不都合があるわけでもない。

 このアッシュワールドは総じて治安が悪い。

 どこでだって何かが起こっている。

 例の「愚者の使い事件」でカンパニーの上の方はだいぶドタバタしているらしい。なんでも「リブート」とかいうヤバい奴らがこの世界をぶっ壊すために動いているとかなんとか。正確な情報というか公式の情報は当然カンパニーからしか来ないのだがどうもあいまいだ。

 「リブート」の構成員は二十二人。それぞれタロットカードのコードネームを持つ。全員いかれてるが「世界」のコードネームを持つ者には忠誠を誓っている。具体的な能力はわかっているやつとわかっていないやつがいる。それも全てが分かっているわけでもないだろう。

 ただ、明らかに危険な奴は結構具体的な情報が公開されている。いや、公開と言うか、被害が報告されている。

 俺は街の繁華街にあるファストフード店でハンバーガーを食っていた。

 食えないほど不味いわけでも笑顔になるほど美味くもない。

 ここスクールデイズではいかにもな食い物だ。

 金の無い学生向けのジャンクフードがこのあたりの主食らしい。

 カンパニーからの命令は全ての「リブート」の抹殺。完全なる消滅。死。

 アッシュワールドには十二のコロニーがある。ここに二十二人の実力者が潜伏している。大体一つのコロニーに二人いると考えていい。どこにいても同じだ。

 本当はセキローに行こうと思っていたがどこに誰が潜伏しているのかわからないのなら、ここでもいいか。

 しかし。

 どごおおおおお。

 どおおおおん。

 どこか遠くで爆発音とか何かが崩れる大きな音がする。

 辺りを見ると。

 楽しそうに談笑する学生たち。

 だれも音について驚いたりはしていない。

 ここではこれが日常。か。

 これでは何かが起きても誰も気づかずに致命的な事態になるのではないか?

 「助けてくれえええ」

 「死にたくないいいいい」悲鳴と怒号が聞こえる。

 これは昨日から聞き飽きている。

 「愚者の使い」たちだ。

 彼らは必死に訴えている。

 しかし、それは自分の死期を速めている。

 このスクールデイズはその住人のほとんどがなんらかのチートを持っている。

 彼らの気まぐれに触れれば殺されるだろう。

 ほら。

 ぼろを着た愚者の使いに学生二人が近づいている。

 「俺は席を立った」音が消えた。

 「食べかけのハンバーガーはそこに置いて行く」

 「二階から階段を一段一段降りて出口まで歩く」

 「自動ドアは俺が近づくと息を吹き返す」

 「開く」と目の前にさっきの愚者の使いと学生二人。

 「何をしようとしているのかは一目瞭然だ」右手の炎の揺らめきは止まっている。

 「おそらく一般人なら即死するだろう力だ」誰も動かない。

 「チートはチートたる所以がある」すべては止まっている。まるで時間が止まったかのような。

 「俺は愚者の使いたちに向けられていた炎をもう一人いた連れの学生の方へ向けて固定した」これで、次の瞬間には。

 「   」息を吐いた。

 すべてが動き出す。

 「ぎゃああああ」という悲鳴。それは見るまでもなく学生の片方が発した悲鳴だった。それに気づいた炎使いは自分が何をしたのかわからないという顔していた。いや、何をされたのかは理解しただろう。

 ここはチートの街だ。

 誰かが時間を止めてこうしたということくらい簡単に想像がつく。問題は誰がそれをしたか、だ。

 もっと思考を進めよう。

 さっきの二人は明らかに愚者の使いに攻撃しようとしていた。それでこうなったわけだから、愚者の使いに危害を加えれば同じことが起こることは容易に想像がつく。

 雑踏に雑音が戻った。

 誰も何も見ない。

 誰も愚者の使いを見ない。

 無視する。

 丸焦げになってのた打ち回っている学生も無視されている。

 それがここの日常。

 反吐が出るが。

 これが俺が守らないといけない奴らだった。


 この街では常にどこかで何かしらの戦闘が行われている。

 しかし、コロニーマスターの力でその破壊された町はすぐに修復されるというから外から見ると殺伐とはしていない。日本の地方都市と言った趣だ。

 最近は難民も増えたと聞く。

 それに紛れればこのコロニーで何かするのはたやすい。

 ここの主役である学生たちは自分たちの力に自信を持っている。だから滅多なことでは動揺しない。必ず勝てるというチートがあるからだ。

 街を。

 あても無く歩く。

 「リブート」たちは世界を壊す方法を熟知したリセット部隊でこれまで数々の異世界を滅ぼしてきたという。

 そんな奴らがこの町のどこかに隠れて機をうかがっている。

 それなのに街はいたって平穏だ。

 顔写真も、外見的特徴も、名前さえも判明しているのは数名。

 一応それを探してはいるが。

 今日も徒労に終わりそうだ。

 街の北から歩いて行って南の端まで行って。今日も収穫なし。

 宿に戻ろうとしたとき。

 異変に気付いた。

 「?」明らかにおかしい。

 何かが。

 いや。

 明白だ。

 血の匂いがする。

 しかもかなりの量だ。

 走る。

 辺りを見ると人が苦しそうに倒れていく。

 血を吐き。

 がくがくと足を震わせ、全身が痙攣している。

 そして街の中心に近づくと「ぼん」とビニール袋を爆発させたような音が響いた。

 「な」見ると倒れていた人々が爆発し始めたのだ。

 血と肉をまき散らしながら。

 ぼん。

 ぼん。

 ぼん。

 ぼん。

 ここまでくれば何が起きているのかわかった。

 このコロニーはリブートに攻撃されている。

 しかもかなりの強さ。

 いや、ヤバさのやつだ。

 たぶん星四つ以上。

 おそらく単体で異世界に生きる生物を殺しきることが出来るほどの能力。

 これが何らかの魔法によるものなのか生化学兵器的なものなのかは不明だが、さっきまで平和だったところを見ると時限式の能力だろう。

 数人の人間がこの地獄絵図に呆然としている。

 おそらく能力の相性的にこの災害を免れたチート達だろう。

 数人の生き残りたちは体から少し光を放っている。

 推察するに自動で発動する回復系魔法。

 と言うことはこれは何らかの毒、呪いということだ。彼らも今まさにダメージを受けているのだが瞬時回復で無事なのだ。

 該当する奴は一人しかいない。

 「死神」

 こいつだけは能力のヤバさからかなりの情報が公開されていた。

 自分の体内で殺人ウィルスを生成する能力。

 無差別に感染しているところから見ると資料にあった「完全暴走型ウィルス」を使った可能性が高い。となるともう死神は死んでいる。

 「くそ」こうなってはもうどうにもできない。

 生き残っているやつらを外に出す?

 それで被害が拡大するのでは?

 では・・・

 何ができる?

 「お困りのようだねえ?」嫌な声が頭の中に響く。

 そう頭の中にだ。

 これは実際の音ではない。

 空気の振動ではない。

 意識に直接語りかけているから耳をふさいでも聞こえる。たちが悪い。

 「君の困っている顔はいつみてもいい」そいつは黒いローブに黒の三角帽子をかぶった。まるでおとぎ話に出てくる魔女のような恰好した少女だった。

 「シン。お前が来たということはまだ何も始まってないんだな」

 「それを決めるのは君さ」

 「・・・何をすればいい」

 「私を愉しませればいい」くそが。

 「これを防げるのか」

 「場合によっては。未来の完全な確定は私たち(時の魔女)でも難しいって何度も言ってるでしょ?」そうは見えない。いつも。いつだって。完全に解決できる力をこいつらは持っている。

 「お前を愉しませるのは癪だが。これを放っては置けない」

 「さすが、正義の味方は話が速いね」

 「で、どうするんだ。完全に詰んでいるぞ」

 「簡単な話さ」そして奴はゆっくりと簡単そうに。

 「やり直せばいい」

 その瞬間に俺の意識はとんだ。


 あれから俺たちはどのくらい時間を過ごしたのか。

 正直覚えていない。

 話は簡単だ。

 時間を巻き戻し、事件が起こる原因を探し、事が起きる前に終わらせるのだ。

 言うは易し。

 この広いコロニーのどこかにいる「死神」を見つけるのは砂漠で針を探すようなものだ。しかし、無限の時間があればできないというものではない。

 俺たちは何度も何度もループを繰り返し、ついに死神を見つけた。

 そいつは身長は普通、やや痩せた感じでボロボロのコートを身にまとっていた。近くで見ると青白い肌と灰色の髪などの特徴がある。

 こいつは放課後でにぎわう街の中心部であても無いようにふらふらしていた。そして突然爆発し血肉を四散させた。

 最初の爆発だ。

 最初はいつものつまらないケンカだと思われ誰も見向きもしなかったが、三十分後そこにいた人々が苦しみだし、血を吐きながら全身けいれん。最後は爆発だ。

 最初は最初の爆発がただの感染者なのか死神なのかは不明だった

 だが、何度ループしてもそいつが最初に爆発する。

 俺はそいつが死神と決めて接触した。

 「死神と思われる男に俺は近づいた」雑踏の音が消える。時間が止まっているのだ。俺の能力「フリーズトーク」は俺が喋っている間時間を止める。

 「止まっている人をよけながら進むのは意外と手間取る」しかし。

 「よく見るとボロボロのコートはまるで白衣のようだった」時が動き出す。

 死神は突然俺が現れたことに気付いたが驚かなかった。

 俺が何を探しているのか、どんな能力なのかを瞬時に理解したらしい。

 「僕をお探しと言うわけか?ハンター」と小さいがよく通る声で言った。俺が無言でいると。

 「僕が何者で、つまりどんな能力を持っているのか、あなたは知っているらしい。確かにカンパニーは僕の能力を公開したが、それが僕だという確証はどうやって得たんだい?」この人物の喋り方は何か妙だった。悟った風でもあるし、すべてをどうでもいいと思っている風でもある。

 「まぁ、大体の想像はつく。あなたは時間操作系能力者だ。そして何度もこの時間をループしている。僕を見つけたのもその力があれば可能だ。相当な労力だったろうがね。おめでとう」と無感情に言った。そういわれると皮肉を言われているという気もしない。この男にとって世界は心底どうでもいいように見える。

 「でも、残念だ。ぼくの力はもう発動している。あと三十分もすれば僕は爆発して辺りにウィルスをまき散らす。完全暴走型の殺人ウィルスだ。どうするんだい?」

 「何もしゃべらないところを見ると、喋ることで能力を発動するのかな。しかもそれはあなた以外に感知できない。さっき近づいてきた時に使った能力だ。となると時間停止だろうね」すらすらと俺の能力を言い当ててた。しかし俺の能力はわかったところで弱点にはならない。

 「僕を殺すのは造作もないだろうな。でもあらかじめ言っておくと僕を殺しても何も変わらないよ。すでに殺人ウィルスはできてるんだ。後は体から出るだけ」

 「そうなればこのコロニーだけじゃないこの世界全部の人間が死ぬ」機械のように無感情な声で事実を告げる。

 「僕が爆発する前にどこかに隔離するくらいしか対処策はないよ」

 「・・・とりあえずそうしてみるか」俺は死神を抱えた。想像よりも軽い。

 「どこか、こいつを完全隔離できる場所・・・」

 それから数十回のループでわかったことはそんな場所がないということだった。もしかしたら、それを知ってこのコロニーに来たのかもしれない。だとしたら。

 俺は詰んでいる。

 「さて、とそろそろ諦めたら?」とシンが俺の周りを飛びながら言う。

 「それはできない。何か手があるはずだ。ここまで来たんだ。死神を特定した。対処策もわかってる」

 「でも無理じゃないかなー」

 「俺はやる」

 「ノンノン。ファニー君は何かを勘違いしている」と言って俺の前に降り立った魔女は告げた。

 「これは君が苦しむための舞台装置だってことさ。正直飽きてきた。主導権は誰にある?私だ。最初の頃は、人が爆発するのを防げない君の姿は痛々しく愉快だったよ。でも今はどうだ?必ず助けるとそういう決意を堅くしていくだけじゃないか?私が見たいのは絶望する苦悩する君の姿なんだ。そんな希望があるような顔は見たくないんだよ」

 「このコロニーの人々を、この世界を見捨てるのか」

 「それはそれで面白そうだと思っているよ。何もできずに。今度こそ何もできずに苦しむ人々の悲鳴を聞きながら一人だけ生き残る。血の海で君が見せる顔は。はは想像するだに笑える」

 「・・・くそが」

 「そうそう。それそれ。そういう顔をもっと見せておくれよ。でもま。正直ここまで君が強情だとは思わなかったよ」

 「どういうことだ」

 「どこかで諦めるかと思ったからさ。しかし君は死神を追い詰めた。それはすごいことだ。だから、努力賞を挙げよう」

 「どういうことだ」

 「ループは次で終わりにする。その代り」

 「・・・」

 魔女は右手をやや左前に出して横にスライドさせた。すると光の帯が掌からひかれた。そこに現れたのは剣だ。短剣と言った方がいいだろう。

 「逆巻の剣。とでも呼ぼうか」

 「どういうことだ」

 「これで切ると切られたモノは一か月時間が巻戻る」なるほど。

 「これでケリをつけろと?」

 「こんなチート使ってしくじったら、それこそ愉快な見ものだね」

 「わかった」

 「ついでに未来視の魔眼も貸してあげよう」

 「これは?」

 「一時間後までの未来が見える。ウィルスに感染してる奴を見つける手助けになるでしょう?うーん至れり尽くせりー」

 「気味が悪いな」

 「君の頑張る姿に心打たれたのさ」

 「その冗談が冷めないうちに仕事に取り掛かろう」


 時間移動のめまいは二秒と続かない。

 俺は意識を取り戻し、死神のいる広場に向かった。

 広場には難民たちが路上で物乞いをしている。

 そこに死神も混じっている。

 完全に溶け込んでいる。

 これであいつを無力化するまで切りまくれば、誰も感染させないことも可能だ。

 「死神を見つけた近づく」

 「どんどん近くなる」

 「どんどん」目の前だ。

 しかし、一拍息を吐いてしまった。

 その瞬間。

 死神は俺を認識た。そしてその一瞬でやつは全てを悟り爆発した。

 「っちい」血肉はあたりの難民たちにぶちまけられた。

 「すぐに俺は死神を攻撃する」一振りして腹にさす。すると映画を巻き戻すみたいに死神が復元されていった。

 「あたりを見る」しかし、奴がまき散らした血肉はそのままだった。シンのやつ何を考えてやがる。

 「しかし今は。切って」二振り。

 「切って」音はしない。俺が切っていることを周りは認識できない。時が止まっているからだ。

 「なぁ、死神!お前はなで世界を滅ぼそうとしたんだ」

 「世界が憎いのか」

 「お前には感情が無いように見えた」

 「なら世界なんてどうでもいいんじゃないのか」

 「ああそうか。どうでもいいから殺しても滅ぼしても平気なのか」死神は何もできない、たまに息づきをする時に一瞬だけ時間が動くが、もうすでに自爆できなくなっている。

 このまま切り続け。

 切り続け。

 そうすれば。

 完全に無害化できる。

 それはつまり。

 「はぁはぁはぁ。こいついくつだよ」

 「喋りながら動くのはきついんだよ。くそ」しかし、その容姿がどんどん幼くなっていく。

 リブートのメンバーは完全抹殺。これがカンパニーの指令だ。

 「俺はこいつを生まれる前まで戻す。まで」切り続ける。

 どれくらい経ったろうか。

 赤ん坊になっていた。

 しかし手を緩めない。どんどん小さくなっていく。そしてついには見えなくなった。

 「はぁはぁはぁはぁはあああ」大きく息をはく。

 しかし。

 これで終わりではない。

 魔眼は常時発動らしい。

 日常の風景に地獄が重なって見える。

 見慣れた地獄だ。

 「まずは手近な学生に一振り」切りつけられると学生は倒れた。

 「次」と「血に濡れている難民に」一振り。

 「きゃあああああ」と悲鳴。

 「ん?」と気づく。周りの人間がみんなこちらを向いている。怯えているもの。武器を構える者。

 「通り魔だぁああああ」

 「そいつを捕まえろ」

 おう、と応じる声。

 「俺はよける」と言った時何が起きたのかわかった。

 「シンっ」

 「はいよ」とそいつは何もないかのように俺の前に現れた。

 「どういうことだ」

 「どういうとは?」言いながら敵の攻撃をよけて魔眼で感知した感染者を切る。

 「俺の力を止めたな」

 「はい」とあっさりと認める。

 「なぜだ」

 「面白いから」まぁ、大体わかっていた解答だ。

 「俺の仕事を失敗させることがか」

 「いやーそれはそれで面白そうだけど。ほらよく考えてごらんよ」といってシンは口に一指し指をあて内緒話をするかのように言った。

 「君は感染者を治しているつもりでそれで切りつけて回ってるけれど。何の事情も知らない人が君を見たらどう思うだろうねぇ?」そういうことか。

 「君は正しい。絶対的に正しい。なのに世界はそれを理解しない。ああ、悲しいねえ?笑えるねえ?」

 「確かに納得いかないが」次。

 「いくらでも悪党になってやるよ!」そして俺は切り続けた。

 切って。

 切って。

 切って。

 切りまくる。

 魔眼が見せる地獄を少しずつ削る。

 俺には様々な攻撃がなされた。

 炎の柱がいきなり目の前に現れる。しかし俺に触れた瞬間に消える。

 雷撃が直撃する。しかし、俺にはノーダメージ。

 シンのやつが何かしてるんだろう。

 チート連中も俺に攻撃が効かないと理解したらしい。そうなると逃げ惑う難民と同じだ。蜘蛛の子のようにわっと逃げ出す。

 俺は一人も残さずに切りつけていった。

 そして一人の少女の前にたどり着いた。

 少女は怯えている。

 俺の右手には血にぬれた短剣。

 できるだけ何も言わずに近づく。

 少女は逃げようとしていたが足が動かないようだ。

 そして目の前まで来て。

 一振り。

 「きゃああ」と悲鳴。

 次に行く。

 と。

 「   ?」どういうことだ。異変に気付く。

 少女の未来が変わっていない。つまり。

 「シンっ!どういうことだ!!」

 「あは。おめでとう」シンが現れる。奴は俺の頭上をふわふわと箒に腰かけて浮かんでいる。

 「どういうことだ」

 「剣の力をなくしたこと?」

 「そうだ」

 「だって、その子で最後だもん。だから、サービスはここまでさ」

 「それじゃ俺は何のために。この子が発症したらいずれにしても世界は終わるだろうが!!」

 「あははは。良い顔だ。本気で怒ってる顔も面白いねえ?」

 「俺が悪役になるのが条件じゃないのか!」

 「それはそれで楽しませてもらったよ。でもここでこの子が助からない方が面白いかなーって」

 「ふざけるな!」

 「あははは。ここで世界が終わるのはあまりにもかわいそうだから。譲歩しよう。死ぬのはこの子だけにしてあげるよ」

 「どういうことだ」

 「ウィルスは拡散しない。ただ死ぬだけだ。それでいいじゃないか?すべての人間を救うなんてどんな英雄(ヒーロー)でも難しい物だし諦め?妥協が大事だよ?特に君は私と取引してるんだからね?私を愉しませることで力を引き出す。せいぜい面白く立ち回ってくれたまえよ」

 「くそ、ふざけるなよ・・・くそ」

 「今、考えたね?」

 「な!」

 「今、君は考えた。その子の命と今まで助けた人たちの数を計算した。そしてそれを一瞬でもした自分を。くふはははは。自分に失望した。正義の味方よ。良い顔だ。良い顔だよ。でも慰めに言ってあげよう君は正しい。正しいよどこまでもね。その子の犠牲でこのコロニーひいてはこのアッシュワールド全体が助かるのならば君は私にたてつかず自分の無力に絶望する姿をさらすのが正しい。君は正しい。はははははあはっはははははは」

 「くそ。何もできない。まただ。また俺は救えないのか」

 「何を言っているんだい?ファニー。君は今まで多くの人たちを救ってきたじゃないか?」

 「ああ、そうだ。俺は今まで多くの人を助けてきた。救ってきた。だが。だが。だからなんだ?正しいからなんだ?俺は救えなかった。救えなかったんだ!苦しんでいる人々を!力がありながらだ!」

 「何を言っている。君の力じゃない。君にできるのは私をうまく楽しませて出来うる限りの力を引き出して人を救うことだけだ。今回はここまでだよ」

 「くそ」俺は短剣を落とした。

 カランと思ったよりも軽い音がした。

 おびえた目で少女はこちらを見ている。たぶんシンのことは見えてない。俺の独り言を聞いていたわけだ。

 傍から見たら俺はいきなり人を切りまくった通り魔でおまけに空中に独り言を叫ぶ頭のおかしい奴だろう。

 シンがささやく。

 「こんな連中のことをここまで守る必要なんてあるのかい?君の努力。君の苦悩。何一つ理解していないこんなやつらのことを。どうして君はここまで守ろうとするんだ?彼らから見れば君はいきなり現れた犯罪者だ。でも本当は違う。このコロニーを、アッシュワールドを守るために何回私たちはループした?君は何度地獄を見た?それを止められない絶望を何度味わった?そして最後はこうして悪役に落ちても世界を救おうとしているのに、この仕打ちだ。誰ひとり君の味方はいない。その中でどうして君はまだ戦える?」

 「俺がしたいからするだけだ。俺が出来るからやるだけだ。俺は。俺は苦しんでいる人を見捨てられない。そういう生まれなんだろう。いや、人間のそういう善の部分を信じたいんだ。俺は俺の信じたいもののために戦っている。困ってる人がいたら誰かが助けるということ。人に親切にするということが人間の強さなんだということを信じたい。心から。信じたいから。俺は。出来ることを諦めたくないんだ」俺は膝をついた。そして。

 「頼む。お願いだ。助けてくれ。お前を愉しませる方法なんて思いつかない。でも頼む。この子を。この世界を。助けてくれ。お願いだ。頼む。俺は誰も。誰も見捨てられないんだ。計算したくない。数で扱えない。人間を。そんな風には扱えないんだ。お願いだ。頼む」頭を地面に押し付けて。ただ、祈るように。頼んだ。

 「ふふ。美しい姿だ。これを見れただけでも収穫ということにするか」天井から声が下りてくる。

 「いいだろう。君の信じたいものを信じるといい。それが裏切られるところを見るのも楽しそうだ。今回は君の美しい人間愛に免じてその剣の力を戻してあげよう」

 俺はバッと顔をあげた。

 目の前には血に汚れた短剣。

 俺は急いでそれを手に取り少女に向かう。

 少女は逃げることもできずにそこにいた。

 だから切るのは簡単だった。腕を一傷。出来るだけ傷つかないように。

 魔眼は彼女の未来が変わったことを知らせた。

 「・・・」

 「おめでとう。ミッションコンプリートだね」

 「・・・・ああ。死神のウィルスは全滅した・・・これで」ん?

 少女を見る。

 仄かに光っている。

 この剣の魔法が発動している証拠だ。

 しかし、おかしい。今までそれは一瞬光るだけだった。それが今ずっと光っている。

 そして。

 「おい。まさかこれは」シンは嗤う。

 「あははは。そうさ。そうさ。私がそんなに君に甘いわけないだろう?君が苦しみ絶望する姿が見たいんだから君を助けるときは相応の取引が行われているのさ」

 「この若返りを止めろ!」

 「私はこの剣の力を戻すとは言ったけど。それがどういうレベルかは言っていないよ?」

 「戯言を!」

 「あはは最初からこうするつもりだったけど。うまく引っかかってくれてよかったよ。一度落として持ち上げてぇええ。も一回落とす。うん。うん。やっぱり君は弄びがいがあるね。」

 そして俺は気づく。

 「力が戻ってる」俺の力「フリーズトーク」が戻ってる。

 「そうさ。喋り続けていればこの退行現象は止められるけど。ずっとってわけにはいかないよね?どうする時間を止めている間に私をこれ以上楽しませる方法でも考えるかい?」

 「くそ!くそ!くそ!止めろ。止めろ!!」

 「最後に助けようとした人間を自分で消し去ってしまう。ううん。いいねこの悲劇感」見る間に少女は小さく小さくなり。

 「くそおおおお」

 消えてしまった。

 「痛みも苦しみも無かったろうね自分がどうなったかすら認識してはいないだろうよ」

 「くそ。くそ。くそ。くそ。ふざけるな!ふざけるな!くそおおおおおおお!!」

 「ふふ。あはははは。最高だ。その慟哭。これが見たかった。全く君は最高の玩具(おもちゃ)だよ!」ひらひらと飛びながら奴は空に消えていった。

 俺は膝をつき両手をついて何度も地面を叩いた。

 痛みがない。

 血も出ない。

 俺に対する物理非物理干渉は任意で無効化される。あいつがそうやって自動的な加護を行っている。

 そのせいで俺は死ぬこともできない。

 誰かに殺されることもない。

 たぶん、おれが完全に絶望して諦めきったら。

 あいつは俺のことを興味をなくしたオモチャ見たく捨てるんだろう。そうやって今まで何人ものセイギノミカタたちが捨てられた。たぶん。

 だから俺は。

 この意地を張る。

 俺の信じるモノを。

 絶対信じる。

 諦めない。

 絶望しても。

 この思いを手放したりはしない。

 それだけが。

 今まで救えなかったすべの者たちに俺が出来るただ一つの事だ。

 「君は何でもかんでも背負いすぎだよ」と声がした。

 「俺は俺にできることをするだけだ」と答えた。


 通り魔が出たという話を聞いた警察官たちが現場に着くとそこには倒れた学生と難民が十数人いるだけだった。

 彼らは腕や足に軽い切り傷を受けただけで命に別状はなかった。

 しかし奇妙なことにここ一か月の記憶がすっぽりと抜けているのだった。

 事件の犯人はこの世界の住人から何度も攻撃を受けていたがあらゆるチート攻撃を無効化したという。

 その強さの割にはやったことが小さい。

 ちぐはぐな印象受ける。

 記憶を消すのが目的だったのか?

 しかし、その犯人の男は最後に少女を切りつけたのだが、その少女は跡形もなく消えてしまっている。

 この二つから類推するに犯人の力は時間を退行させるものだという。

 最初の数十人への攻撃は一か月の退行。最後の少女だけ何故、存在が消えるまで退行させたのかは依然として謎だが、この能力者がかなり危険なのは間違いない。

 目撃者たちから集めた情報をもとにモンタージュが作られることになった。

 目撃者たちは口々にこう言った。

 「ああ、変だった」

 「変と言うか。なんだろう。おかしい?」

 「そうずっと笑ってて」

 「最初はいかれてるやつか何かだと思ったんだけど」

 「なんか張り付いたみたいな笑顔で」

 「笑ってるけど笑ってないみたいな」

 「まるで・・・」


 検問は簡単な持ち物検査だけだった。

 監視カメラに映っていた短剣を探しているのだろう。

 俺の顔写真はまだ出回っていないだろうがいずれにせよここに長居はできない。今度は俺がハンターから狙われる側になってしまっている可能性がある。

 「おいあんた」俺の番が来たらしい。俺はカバンを開ける。中は着替えと筆記用具くらいだ。

 「あんた荷物はこれだけか?旅人か?」俺は喋らずうなずく。

 「ん?あんた喋れないのか」うなずく。

 「大変だな。筆談はできるか?」首を横に振る。文字の読み書きができない人間も珍しくない。誤魔化すのは簡単だ。検査官は荷物を調べる。それが終わると「通っていいぞ」と道を開けられる。

 が。

 少しだけ動けなかった。

 「ん?どうしたあんた。大丈夫か?」検査官が心配そうに聞いてくる。しかし俺はそれに目が釘付けになった。

 「あんたどこか悪いのか?」俺は首を横に振り否定する。

 「じゃあ、なんで泣いているんだ」俺は見た。そこには消えてしまった少女とうり二つの少女がいた。

 双子だったのか・・・

 彼女は誰かを探している。

 きっと自分の片割れを。

 探している。

 俺はその子の前に言って謝りたい気持ちにとりつかれた。

 しかし、何を言っても無意味だ。

 それに俺は力のせいで俺は他者と喋れない。

 この世界を救った人間がいるとすればそれは俺じゃなくて彼女の片割れ。姉か妹か知らないが。彼女の大切な人がこの世界を救った。しかし、それに気づくものは誰もいない。あの少女の姉妹さえそれを知らず行方知らずになった姉妹を探すのだろう。

 だから俺だけは。

 俺だけはせめて。

 忘れない。

 意識すらされないそういう人々を。俺は。

 俺だけは・・・・。

 「本当に大丈夫なのか」俺はうなずいて歩き出す。

 「おかしなやつだ。泣いているのに。顔は笑ってやがる」

 背中で検視官の言葉を聞きながら思う。

 そうさ。

 俺はファニー(おかしな)・スマイル(笑顔)。

 出来ることをするだけだ。


■対死神戦了

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「ファニー・スマイル」アッシュワールド・ハンター 白Ⅱ @shironi

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