第32話 後輩…⑩
親しき仲にも礼儀あり。
この言葉の意味を簡単に説明するのであれば、仲が良いからといって、何でも許されると思ったら大間違いだからな!って事だ。
つまりはアレだ。
親しくないなら礼儀なんていらねーって事だ!
ふ…ぼっちで良かったな!俺(´ε` )
「……達也君。達也君!」
おっと⁉︎いかん、いかん。
考え事をするとどうも周りの声が聞こえなくなってしまう…いや、名前を呼ばれ慣れていないというのも理由としてはあるんだが…。
というより、凄まじい集中力だね☆と、褒めて欲しいものである。
「……何っすか?」
達也はそんな事を考えながら自分を呼ぶ方、ほのかへと視線を向ける。
「何ですかじゃないわよ。緑川さんが聞いているでしょ?親しい?って、私たち親しい?って」
「……二回も言わなくていいっす」
一体なんだってんだ。
那月からの質問を華麗にスルーしたハズなのに、そのパスを佐倉部長が返してきやがった。
しかも、ピンポイントパスでだ。
…んだよ!
俺がコミュ症だって知ってんだろ?
なら、親しくないって事ぐらい分かるだろうに…もしかして、嫌がらせなのだろうか?
勿論、嫌がらせか?などと聞けるハズもない。
「……普通……じゃないっすか?」
ここは、どちらにでも対応できる返答でいこうと思った達也は、敢えてこう返事を返したのだが、残念ながらそれは無駄な事となってしまう。
「……達也君。普通って今言ったけれど、いい?この世の中に普通なんてものはないの。そもそも普通って何?」
「……いや、普通は普通だろ?」
「そう。その普通っていうのは、貴方 基準の普通なのかしら?それとも、私 基準の普通なのかしら?もしくはサザエさん一家が基準なのかしら?」
「…………」
「料理を食べて普通に美味しいとか、映画を見て普通に面白いとか、それって作った人に対して失礼だと、そうは思わない?」
(…はて?不味いクッキーはきちんと不味いと、そう言ってくれと言っているのだろうか?)
「この世の中にはイエスかノーか、上か下か、す、好きか…嫌いか…」
そこまで言いかけた佐倉部長は、何故か急にプイっと顔を背けてしまった。
ど、どうやら…おかんむりのようだ。と、その態度を見た俺は思った。
はぁ。やはり嘘はよくない。
「……悪かった。緑川とは、そこまで親しくない」
一瞬の間が出来てしまったのは、那月が傷ついてしまうんじゃないかと考えた結果であったが、冷静に考えれば、親しくないのに親しいなどと言う方がおかしいという結論に至った達也は、謝罪の言葉を口にした。
謝罪の言葉を受け、ほのかは頬を赤らめながらも前を向く。
「……そ、そぅ」
ほのかが聞きたい返答ではなかったものの、違う答えを今ここで求めるのは間違っていると思った為、少しの間を空けて返事を返す。
顔を赤く染めてはいたものの、怒っているからだろうと考える三人は、特に疑問に感じる事はない。
気不味い空気がまた流れるのかと、心配する達也であったが、そうはならなかった…というのも、ほのかが動いたからだ。
「…おほん。緑川さん?そもそも、たくさんの部活がある中で、どうしてウチの部活動なのかしら?」
ごもっとも。と、内心思う達也。
我が高校に限らずだが、茶道部や美術部など、文化系の部活動はたくさんある。
その中で、こんな訳の解らない部活に入りたいなどと何故言っているのかが、達也には分からない事であり、ほのかがそんな質問をするのは至極当たり前の話しでもあった。
「そ、それは…」
「緑川先輩!」
「は、はい!!」
「すいませんが、私は那月さんにお聞きしているんです」
ほのかの質問に対し、妹を庇う形になった緑川先輩を、ほのかはピシャリと遮った。
ドンマイ!しょうがないよ…。
相手が悪すぎるぜ!
達也は心の中で呟いた。
「それで?緑川さん。どうしてなのかしら?」
シュン。と聞こえてきそうなほど、落ちこむ緑川先輩をほのかはあえて無視し、那月へと視線を向ける。
「………ら」
「………ら?」
「……私、漫画家だから」
「………はい?」
詰め寄るほのかに対し、那月はこう答えたのだった。
ーーーーーーーーーーーー
漫画家。
絵と文字で人々を魅了する素晴らしい職業であり、毎年多くの人々が漫画家を目指すのだが、漫画家になれる人は限られている。
絵の上手さもそうだが、ストーリー構成などが肝になっていて、どんなに絵が上手くても、ストーリーが面白くなくては話しにならない非常に難しい職業なのである。
逆に、多少下手でも、ストーリーが面白ければ漫画家になれるのだ。
多分…な。
保証はしないから、嘘つき!とか、そんなクレームはやめてね。
「…おほん。緑川さん。もう一度聞いてもいいかしら?」
達也がそんな事を考えていると思うはずもなく、那月からの答えに耳を疑うほのかは、再度同じ質問をぶつけるも、返ってくる言葉は同じであった。
緑川那月は漫画家である。
これはまぎれもない真実であるものの、いきなり「私、漫画家なの」と言われ、信じられるかと聞かれたら、信じられないが正解だろう。
「ちょっと待て。漫画家って、連載してるのか?」
少しだけ興奮しながら、達也は那月に質問をした。
「…………」
良く見ていないと気付かなかっただろう。
照れ臭いのか、そういう性格なのか。
那月は達也の質問に対し、小さく首を縦に振った。
す、すげー。
聞いたか?漫画家だってよ!?
目をキラキラと輝せる達也。
少年なら一度は憧れる職業、それが、漫画家というものである。
そんな達也を見て、ギラギラと目を燃やすほのか。
た、達也…くん!?
メラメラ。とが、正しい表現かもしれない。
何故かは言うまでもなく、達也が那月にご関心だからだ。
そんな二人を見て、胃が痛くなる緑川。
達也に対しては、誰にも言わないでくれよ。という思いを抱き、ほのかに対しては、なんか怒ってる…という思いを抱いたからだ。
しかし、ほのかからクギを刺されている為、口を開く事はない。
「そ、それで?漫画家さんが、我が相談部に何の用なのかしら?」
トゲトゲしく、ほのかは質問する。
漫画家の部分に、若干のアクセントがついている事に、達也も緑川先輩も気づいていた。
それを見て、達也と緑川先輩は思う。
"もしかして佐倉部長は、漫画家を目指しているのだろうか?"と…。
しかし、質問自体は間違っていない。
漫画家なのであれば、入る部活は漫画研究会、いわいる漫研か、絵の上達を志して美術部か、ストーリー構成を練る為に、文芸部かだろう。
相談部に入る動機、理由がないのでは?と、考えるのが普通である。
達也もそう考えた為、特に口を挟む事はなかった。
「…………ら」
「…………ら?」
ほのかの質問に対し、またしてもボソボソと答える那月。
これはアレだ。
こういう性格だということなのだろう。と、那月の受け答えを何回か聞いて、達也もほのかもそう思った。
「……気不味いから」
「…………」
緑川那月はそう答えた。
気不味いから、そういった部活には入りづらいのだと。
漫画研究会とは、漫画が好きな人達の集まりであり、漫画家を志して入部する者も多い。
そんな中に、漫画家である那月が入部したらどうだ?
最初は歓迎されるかもしれない。
しかし、月日が経つにつれ、孤立する可能性が充分考えられるだろう。
羨ましい、妬ましいという嫉妬。
実際に連載中の漫画を見て、こんなのが?などと言われたら、どれだけ傷つくか…。
同様に、美術部も文芸部も同じだ。
いや、漫研に比べれば多少孤立する可能性は低いと考えるものの、傷つく可能性は0ではない。
0でない限り、入部しづらいと考えるのは当たり前の話しだ。
兄である緑川先輩もそう考えているに違いない。と、緑川先輩の表情を見た達也とほのかはそう思った。
「……そうだとしてもよ。相談部に入るのとどう関係があるのかしら?」
那月や緑川先輩の気持ちを察してはいるものの、だからといってハイそうですかとは、いかないものである。
譲れないものが、佐倉ほのかにはあるのだから…。
ほのかの質問に対し、那月は学生鞄をゴソゴソとあさり、一冊の大学ノートを取り出した。
「……これ」
そう言って、テーブルの中央に大学ノートを広げる。
「…これは?」
身を乗り出して中身を確認したほのかは、何なのかと尋ねる。
質問された那月は頬を赤くしながら、こう答えるのであった。
「…ネーム帳」と。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ネーム帳。
ネーム帳とは何なのかと聞かれたら、漫画の下書きだと言った方が解りやすいだろう。
漫画を描くうえで、まずはストーリー構成から始め、軽く絵を描き、文章などを書いていき、それが全て出来上がったら、担当編集さんに確認をとるというのが、一般的である。
いきなりガッツリ描いて、ダメ出しをくらっては元も子もないだろ?
画材もタダではないし、時間もタダではないのだから…。
その為、まずは下書きとして漫画を完成させてから、担当編集さんにOKをもらってから漫画をガッツリ描く。それが一般的なのだ。
多分…な。
絶対とは言わないから、嘘つき!などと言ってこないで!お願いします!!
ふー。
ここは部下として、いや、いち相談部員として、役に立つじゃん!と思わせようではないか。
「これはネーム帳って言ってだな、漫画の下書きみたいなもんだ。いいか?コレをだな……」
人差し指を立て、得意気に語る達也。
先ほどの考えをほのかに教えるのであった。
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