第33話 緑川那月の目的…①
ネーム帳について一通りの説明をする達也に対し、緑川先輩やほのかは黙ってそれを聞き、那月はストローを使ってミルクティーをチビチビ飲みながら聞いていた。
「…ネーム帳についてはだいたい分かったわ。それで?このネーム帳が一体 何なのかしら?」
達也の話しを聞き終わったほのかは、両腕を組みながらそう口にする。
「よっと。どれどれ…」
一方 達也はというと、テーブルに身を乗り出しネーム帳に目を向けていた。
そのネーム帳には一本の線が縦にビッと引いてあり、ノートとその線の間には(かべ)と、可愛らしい字が縦に書いてあった。
その(かべ)と書かれた線の中央には、何やら人らしきモノが描かれている。
人らしきモノといったのは、頭らしき丸や、手や足らしき細長い丸が描いてあったからであり、人なのかどうかの判断が達也には出来なかったからだ。
最も、百人に聞けば百人が人だと言うこと間違いなしの出来栄えである。
「壁にもたれかかる…人…か?」
見たままの感想を告げる達也。
少しの間が出来てしまったのは、あの日の光景が蘇ったからだ。
夕焼けをバックに、金網にもたれかかる一人の少女。
下を向いてピクリとも動かないその少女のあの姿を思い出し、少しの間が出来てしまったのである。
「………見えない?」
そんな事を考えているなどと気付くはずもない那月。達也が間をあけたのは、コレが人に見えなかったからだろうと考え、そんな質問をするのであった。
「……⁉︎あ、いや、すまん。少し考え事をしていて……ひ、人に見えるぞ。で?このネーム帳が何だってんだ?」
何を考えていたの?と、聞かれないよう少しだけ早口で質問をする達也。
何を動揺してるのよ?と、ほのかは思ったが、ほのかが口を開く事は無かった。
何故なら、那月が口を開いたからである。
「……モデル」
「モデル?」「……!?」
質問を受け、何を考えているのか分からない表情(ポーカーフェイス)を浮かべながら、那月はそう告げる。
那月のその言葉を聞き、ほのかはピーンときた。
国語の問題文で良くみかけるあの問題文が、ほのかの脳裏を過ったのだ。
問題。
以下の単語を使い、短い文章を完成させなさい。
緑川那月。
相談部。
漫画家。
ネーム。
モデル。
解。漫画家である緑川那月は、ネームに困ってしまい相談部にモデルをしてくれないかと頼みに来た。
つまり、漫画のモデルになってほしいと言うのが、那月の相談内容ではないのかとほのかは考えたのだった。
最もネームとは、物語の話しの基礎的内容みたいな意味合い(漫画の一通りの流れ・物語の軸なる物、簡単に説明するならば、下書きみたいな物)な為、モデルに困っているという解釈は間違いなのだが、漫画をあまり知らないほのかが気付く事はない。
「モデルって、漫画の登場キャラに困っているって事か?」
ほのかとは違い、達也はきちんと那月の悩みを理解する。
その証拠に微かにではあるが、那月はコクリと頷いた……のだが、どうやら微妙に違っていたらしい。
「……構図」
「構図?」
新たなヒントを那月から聞いた二人は考えるも、漫画なるモノを書いた事がない二人には、ピーンとこなかったようだ。
「…な、那月は、ポージングに困っているんだよ」
ここまで黙っていた緑川であったが(ほのかに黙ってろと言われた為)三人のやり取りを見兼ねて助け船を出した。
「…ポ、ポージングっすか?」
「………!?」
その助け船を聞いた二人の反応は、全く別であった。
困惑気味の達也に対し、ほのかはビクッと肩を震わせる。幸い、達也が質問とも困ったぞともとれる発言をした為、緑川兄妹の視線がほのかに向けられる事はない。
「た、達也くん!」
「は、はい‼︎」
「……おほん。那月さんが入部するしないは置いといて、相談部として彼女の悩みを解決してあげましょう」
「…は、はぁ」
「…な、何かしら?相談部としての自覚が、あ、貴方にはないのかしら」
こちらの意図に気付いたのだろうか…と、心配するほのかであったが、杞憂に終わる。
「そうしてくれると助かるよ…な?那月」
緑川先輩が、そう提案してきたからである。
妹に甘い兄というのは、分からなくもない達也。何故なら、自分自身がそうなのだから…と、そう考えた達也は、同じ妹を持つ者として、一肌脱ぐ事を決意した。
「それで?どうしたらいいんだよ」
ネーム帳である大学ノートを手に取り、達也は壁がある所、丁度ほのかの真後ろへと移動する。
教室の窓際の真ん中にある柱の前へとポーカーフェイスを装いながら、ほのかも移動を開始した。
「さてと。ポージングって言われてもなぁ…」
ネーム帳には、柱にもたれかかる人らしきモノが描かれている。
(つまり那月は、柱にもたれかかる人を上手く描けないので、それを相談部に手伝って欲しいっていう事で来たんだろうが…はて?どうポージングを取ればいいんだよ)
ネーム帳には複数の丸が描かれているだけなので、どうすればいいのかが達也には分からなかったのである。
「た、達也くん‼︎」
「うわ!な、何っすか」
たちゅや君と聞こえた気がしたが、噛んだんですか?などと聞けない達也はそれをスルーした。
「よ、宜しくお願いします!」
ビシッ!っと聞こえそうなほどの素早さで、ほのかは深々と腰を折る。
「あ、あぁ…宜しくお願いします」
礼儀は大切に。
相談部のルールというか、社会人としてのルールというか…とにかくだ。常日頃から厳しくほのか から注意されている達也は、その行動を疑問に感じる事はない。
だからこそ、同じ学年なのに部活の時だけは、ほのかを部長として見ているのだから…。
スッと、壁に背中を預けるほのか。
ふわりと舞う白いカーテン。
カーテンが舞う事により、夕日がほのかを照らす。
良かった。と、ほのかは心の底からそう思った。
これなら、顔がほんのり赤くなっていたとしても、夕焼けのせいだろうと、勘違いしてくれるに違いない。
さぁ!達也くん。準備はいいわよ!
両手を腰の位置に持っていき、少しだけ顔を斜め下に向けながら、ほのかはそう決心する。
ありがとう。
那月様♡という思いとともに…。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
壁にもたれかかる人と向かい合う人。
向かい合う人は、壁に手を突いているかのようであった。
ネーム帳をジッと見ながら、達也はある事に気づく。
(おぃ、おい⁈ま、まさかこれって…か、壁ドンってヤツなんじゃねーか?)
ネーム帳に書かれていた丸だらけの人らしきものだけだと分かりづらかったが、ほのかが壁に背中を預ける姿を見て、ようやく那月の目的を達也は理解したのだった。
ポージング・構図。
つまり、壁ドンしている所が上手く描けないので手伝ってくれ。というのが、那月の相談内容だったというわけだ。
その見返りに、相談部に入部するという事なのか、もしくは今後もこういった相談をするのに対し、相談部に在籍しておくのが一番いいと考えたのか…と、そんな事はどうでもいい。
無論、壁ドン何てものをやった事もなければ、やられた事もない…って、やられた事があったらそれは、ラブコメというよりカツアゲ的な何かだよ。
お金持ってませんから、勘弁して下さい。
と、現実逃避している場合ではないな。
状況を整理しようか。
達也は考える。
那月は漫画家であり、壁ドンしている所の絵が描けないので実際にモデルとして、俺と佐倉部長に壁ドンし合ってくれと、言っているのだ。
出来るか!コンチキショー!!
モデルになってほしいなら、美術部に入部するのが一番だから!
ウチの美術部は問題ありませんから!!
そんな事を心の中で叫びながら、チラリと視線を前に向けると、サラサラと長い髪を揺らしながらジッと待っている、ほのかの姿が目に映る。
くっ…⁉︎
壁にピタッと背中を預ける訳ではなく、腰の辺りだけを壁につけ、上体をちょっぴり前に出しているほのか。
"く"の時みたいなと言った方が分かりやすいだろうか。
視線を上げる事はなく、ただ、ただ、ジッと待っているほのかの後頭部を見つめながら、達也は再度、ゴクリと唾を飲み込むのであった。
俺の青春ラブコメはややこしすぎる 伊達 虎浩 @hiroto-
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