第30話 後輩…⑧

 両腕を組んで、達也は考える。


 緑川先輩が相談部に来たのは、妹さんの相談についてである。


 まだ詳しくは聞いていないが、妹について悩んでいるのではなく、妹の何かについて悩んでいるという事は、佐倉部長と緑川先輩の会話から分かった。


 ちなみに緑川先輩の妹さんは、俺や佐倉部長と同じクラスらしいのだが、俺には全くもって覚えがない。


 そもそも二年になってからまだ少ししか経っていないのだから、こればかりは仕方がないのではないだろうか?


 そんな中、緑川先輩から妹は普段どうだい?などという質問が飛んできてしまった。


 知らねえーよ。と、言いたいところだが、果たしてその答えはどうなのだろう…。


 仮に自分がいのりについて聞いたとして、知らないなどと言われたらどう思うだろうか?イジメられているのか?と、思ってしまうのではないだろうか?


 まぁ、イジメられているとまでは思わなくてもだ。心配になってしまうハズなのは間違いないハズである。


 チラリと佐倉部長に視線を向けるも、やはり口を開く気はないらしい。


 ま、当たり前か。


 現在、質問をされているのは自分であって佐倉部長ではないのだから、佐倉部長がだんまりなのは当然の行為といえるだろう。


 さて、丸く収まる答えは何なのか…。


「ん?どうしたんだい?」


 なかなか答えない俺に対し、緑川先輩が再び尋ねてきた。しかも、笑顔でだ。


「………⁉︎」


 その事が俺にとって、プレッシャーとなってしまう。


「…か、可愛いいんじゃ、ないかと思います」


「………!?」


 俺はそう答えた。


 仮にいのりについて聞いたとして、この答えなら自分は納得するだろうと考えての事である。


 可愛い。


 こう言われて喜ばない女子はいない。


 また、兄として妹が可愛いなどと言われたらどうだ?


 俺の妹がこんなに可愛いわけがない。


 と、そう思うだろうか?


「そ、そっか、そっか」


 俺からの返事を受け、頬を少しだけ赤く染めた緑川先輩は、照れくさそうにしながら笑った。


 兄として妹が褒められるという事は、決して嫌なハズがないのだ。


 よ、良し…乗り切った。と、内心ホッとする達也。


 つい最近 嘘の所為でエライ目にあった達也だが、誰も傷つけない嘘ならいいだろう。と、平気で嘘を付いてしまう。


 桐原達也とはそういう人間なのである。


 勿論、佐倉ほのかが傷ついている事など、達也には分からない事であった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 か、可愛い…ですって⁉︎


 と、ほのかは内心戸惑っていた。


 いや、戸惑うというより、ショックを受けてしまった。が、正しいだろう。


 それぐらいの衝撃が、ほのかを襲ったのであった。


 勿論、理由は説明するまでもなく、達也が他の女子に対して可愛いと言ったのが原因である。


 ホッ。良かった。


 缶ジュースを飲んでいるフリをしていて正解だった。


 もしも口に含んでいたら、ブーーーッと吹き出していた事だろう。


 コトッと手に持っていた缶ジュースをテーブルに置き、チラリと達也に目を向ける。


「…………」


 可愛いと思います。と、言ったが、それは、容姿についてなのか、または性格についてなのか…聞いてもいいだろうか?


 しかし、コミュ症である彼がだ。


 性格について知っている可能性の方が低いのだから、そう考えるのであれば聞くまでもなく…容姿…だという事に…!?


「……ひ⁉︎あ、あの?佐倉部長」


「…何かしら?」


「あ、い、いえ…」


「遠慮なんかしなくていいのよ?」


「な、何か…怒ってらっしゃいます?」


 怒ってるわよ!


 などとは言えない。


「…どうして、そう思うのかしら?」


 ならば、気づいてもらうしかない。


 貴方が他の女性に対して、可愛いと言ったからだと。


 ーーーーーーーーーーーー


 果たしてなんなのか。


 一難去ってまた一難。


 明らかに怒ってらっしゃる佐倉部長。


 どうしてそう思うのか?という問い。


 答えは簡単だ。


 俺が、嘘を付いてしまったからだろう。


 という事は何だ?


 緑川先輩の妹さんは、ブスだという事なのか?し、しかしだ。


 仮にそうだとしてもだ。


 緑川先輩に対して、妹さんはブスですぅ。などと言えるだろうか?


 断じて否だ。


 と言うより、俺が嘘を付いていると、なぜ分かったんだ?


 恐るべし部長…。


 さぁどうする?と、悩む達也であったが、ここで助け船が出された。


「さ、佐倉さんは、どうかな?」


 助け船もとい、緑川先輩である。


「…そうですね。いつも本を読んでいて、お淑やかなイメージです」


 怒っているほのかではあるが、質問をされてしまっては答えるしかない。


 また、怒っているのはヤキモチからであり、緑川先輩を無視する道理がないと、分かっていたからでもあった。


「そうだろうね。妹は本が大好きだから」


 佐倉の答えを聞いて、緑川先輩は納得したようだ。


 ほのかと緑川の話しを、達也は黙ったまま聞いていた。


 別におかしな話しではない。


 クラスに一人ぐらいはいるだろう…というより、佐倉部長も俺も、そちら側の人間だ。


「…緑川先輩。そろそろいいっすか?」


 ここまで分かれば、もう分かるだろ?


 ぼっちな妹さんの何かを心配して、緑川先輩は相談に来たというわけだ。


 ぼっち。つまり、友達が欲しい。というのが妹さんの悩みなのではないだろうか?


 ならば、佐倉が友達になれば万事解決という事になる。


 相談部の初仕事が、こんなにも早く解決できるだなんて…。と、少しだけ感動をしてしまった。


 まぁ、その感動は直ぐに無くなってしまう事になるのだが、この時の俺が知る由もない。


「…そうだね」


 達也からの質問というより、早く内容を話してくれというお願いを聞いて、緑川は自然と両手を組んだ。


 両肘をテーブルにつき、重ねた両手を口元へともっていく緑川。


 達也とほのかもそれに習い、スッと姿勢を正す。おそらくは友達になってくれ。という相談だろうと二人は思ったが、どんな相談にしろ相手は上級生。


 目上は敬え。


 姿勢を正したのは、無意識からであった。


「実は、妹をこの部活に加えてやってほしいんだ」


「……へ?」「……⁉︎」


 しかし、二人の考えは全くの的外れであった。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 静まり返る部室内。


 重い空気。


 張り詰めた空気。


「………」


 沈黙。


 やだなぁ…怖いなぁ。


 とは、達也の気持ちである。


 そんな気持ちにさせる人物ほのかを、チラリと見る達也。


「………」


 向けた視線の先には、何かを考え込んでいるほのかの姿があった。


 両腕を組み、何かを考えているのは見て分かる。


 いや、何かって、そりゃあ緑川先輩の相談についてか。


 ここで、今日の夕飯なにかなぁ?などと考えるハズがないだろ?


 というより、友達を作る為に部活に入るという選択は、全くもっておかしな話しではないハズだ。


 何をそんなに悩むってんだよ。なぁ?


 そう思いながら見続けるも、佐倉部長はだんまりであった。


 く、くそ、緑川先輩は…。


 考え込んでいるほのかから視線を外し、緑川先輩へと視線を移す達也。


「………ダ、ダメ……かな?」


 し、しまった!?


 視線を向けた事により、緑川先輩と目が合ってしまう。


 それだけならまだしも、ダメかな?と、質問までされてしまったではないか!


 俺の馬鹿!と、達也は心の中で愚痴った。


 緑川先輩がダメかな?と言ってきたのは、勿論、妹が相談部に入るのはダメかな?という意味もあるのだが、それとは別の意味が含まれているのだ。


 桐原君!この場をどうにかしよう!


 という意味が含まれている。


 現在進行形で場の空気は悪い。


 空気を悪くしたのは緑川先輩。


 空気を悪くしているのは佐倉ほのか。


 桐原達也は傍観者である。


 おぉ!何かラノベのタイトルっぽい♡って、違うだろ!


 そもそもだ。


 この場をどうにかしようとか、俺に言ってこないでほしい…大体、空気を悪くした責任感からの発言なのかは分からないが、俺を巻き混まないでいただきたい。


 考えてみろよ。


「一緒にこの場をどうにかしようじゃないか!」


「…緑川先輩。了解っす」


 と、俺が緑川先輩の仲間クルーになったところでだ。


「…何ですか?」


 と、佐倉様から言われるのは目に見えている事だろ?


「あ、いやぁ…み、緑川先輩」


 当然、俺の選択は逃げる一択だ。


 無論、逃げると言っても、その場を離れるわけではなく、緑川先輩の背後に隠れて様子を見る。みたいな感じだ。


「う、うん。妹を是非、この部活動に…」


 勿論、本題を言うべきなのは相談を持ってきた張本人であって、おかしな点はない。


 そうなった場合…。


「………!!」


「……ひ、ひぃぃ⁉︎」


 ほのかから"にらみつけられる"俺たち。


 こうかはばつぐんだ。


「…み、緑川、先輩」


「…い、妹を、是非」


「…………」


 更にギロりと睨まれてジ・エンド。


 こちらは泥舟。


 あちらは黒船。


 だ、誰が乗るかってんだ!


 けっ!と、考える達也であったが、先ほど緑川先輩から助け船を出してもらった恩義を考えると、気が引けてならなかった。


 助け船か…。


 だ、出せる気がしねぇが、だ、出すしかない状況だぞ…。


 恐らく、オレンジ色の髪をした航海士なら間違いなく出航の許可など出さないだろう。


 それでもだ。


 そんな状況だろうと出航しないといけない状況なんて、この世の中には星の数ほどあるハズなのだ。


 そもそもだ。


 恐らく彼女なら、お金ベリーを払えば出航するに違いない。


 ならばと、達也が口を開きかけたその時であった。


「………緑川先輩」


 佐倉部長が口を開いたのである。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 ボソりとだが、達也と緑川の耳にはきちんと届いていた。


 おかげで達也の決意は空を切ってしまう。


「うん。なんだい?」


 呼ばれた緑川先輩は佐倉部長に返事を返すのだが、若干 声が震えているように聞こえたのは、気の所為であってほしいっす。


「いくつか質問をさせてもらってもよろしいでしょうか?」


 そんな緑川先輩に気付いているのかは分からないが、組んでいた両腕をスッと解く佐倉部長。


 恐らく、両腕を組みながらでは失礼だろうとでも考えたのだろう。


 背筋をピンと伸ばし凛とした表情で、佐倉部長は質問を始めた。


「この部活に入りたいというのは、妹さん…いえ、那月さんのご意思なのですか?」


「そうだよ」


「何故、本人が来られないのでしょう?」


「…気に障ったならどうか謝らせて欲しい。桐原君も、申し訳ない」


「あ、いや、俺は別に…」


 違うよ?間違ってるよ緑川先輩。


 アイツにも話しを振ってやろう的なのは要らないから、今は佐倉部長の一問一答に集中してくらはい。


「達也君は、別に、よね?」


「…………」


 な、何だってんだ⁉︎


 トゲのある言い方しやがって…全く。


 ど、どう返すのが正解なんだよ…。


「ほ、本当に申し訳ない」


 悩む俺だったが、やはりここでも緑川先輩が俺を庇ってくれた。


 せ、先輩…(泣)と、感動すら覚えてしまう俺だったが、こうなってしまった原因は緑川先輩にあると思い出し、感動は何処かへ行ってしまった。


「………」


 庇ってもらう理由は分かるが、庇ってもらわないといけない理由が全くもって分からん。


 と言うよりここまでくると、俺が付いてしまった嘘の信憑性が増してしまうではないか。


 そんなに妹さんは可愛くないのだろうか?


 クラスの女子にそんなブスいたか?と、考える達也であったが、ほのかや上位カーストである女子数人しか覚えていなかった為、直ぐに断念する羽目になった。


 そもそも女子の可愛いと男子の可愛いは全くの別ものなのだから、考えるだけ無駄ってもんだろう。


 それにだ。


 チョ〜ウケるぅ〜とか、チョ〜可愛い〜とか、チョーが付いた時点でそれは嘘だと俺は思っている。


 だって、そうだろ?


 腹筋が痛くなったり、笑い過ぎて涙が出たりと、そうなってもいないくせになぁにがチョ〜ウケるぅ〜だよ!


 好きなタイプは草食系?


 嘘だ!嘘!


 それが本当だというのであれば、俺は今頃リア充だっての‼︎


「………君」 「………」


「……達也君」「………⁈」


 いかん。いかん。


 どうやら呼ばれていたようだ。


「…ちょっと、聞いてるの?」


「……あぁ」


 聞いてなかったなど言えるハズかない為、聞いていた事にしておくか。


 怒られたくないからね ^_−☆テヘ


 しかしこの後俺は、この事を後悔する羽目になってしまうのであった。

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