第29話 後輩…⑦

 ほのかから差し出された缶ジュースを手に取る達也。


「……よっ」


 傾けた事により、コポコポと音をたてるレモンティー。


 そろそろだろうか?


 レモンティーは缶ジュースなので、どれくらいの量が残っているのかが達也には分からない。


 その為、感覚で判断する達也。


(大丈夫…だよな?)


 半分ずつとは言ったものの"半分って言ったよね?半分って意味、解りますぅ?笑"などと、流石にそんな事を言ってくる人などいないと思うのだが…。


 まぁ、言ってきそうな人物に心当たりがないわけでも…ない…か。


「……ほら」


 言ってきそうな人物である妹の顔を思い浮かべながら、達也は手に持っていた缶ジュースをほのかに手渡した。


「…………」


 達也から手渡された缶ジュースを無言で受け取るほのか。


「…………」


 じ〜っと無言のまま、ほのかは缶ジュースをみつめる。


 その視線は、缶ジュースのある一点に集中していた。


「……?何か問題ありましたか?」


「……⁉︎い、いえ。問題ないわ」


「……そうですか」


 問題ない…はて?一体 何を気にしていたのだろうか?


 レモンティーを入れた紙コップを手に取り口へと運びながら、達也はそんな事を考えていた。


「………」


 ふー。っと、小さく深呼吸を吐き、ほのかが口を開く。


「……緑川先輩。お待たせしてすいませんでした」


 ホントにな…待たせすぎだから。


 とは、達也が思った事である。


「いや。全然気にしていないから、気にしないでよ。桐…原君も、コレ、ありがとな」


「…あ、いえ」


 少しは気にしてよ。


 とは、達也とほのかが思った事である。


 たかが飲み物ごときで。と、思うかもしれないが、コミュ症である二人にとっては、されど飲み物、なのだ。


「それで?緑川先輩は、何か用だったんっすか?」


 このままほのかに任せても良かったのだが、なぜか機嫌が悪そうに見えた為、仕方なく自ら口を開く達也。


 早く帰りたいという気持ちも勿論あったが、最大の理由は、ほのかの機嫌が悪かったから。である。


 また、相談部に。と、ワザとらしくアクセントをつける事により、相談部に用なのか。それとも、佐倉ほのかに用なのか。もしくは、自分に用があるのか。それを、達也は最初に聞いておきたかったのだ。


 長々と話しをし、結局のところ自分には関係がない話しだったとは、よくある話しであり、人生で一番無駄な時間だと言ってもいいのではないだろうか。


 時は金なりという言葉があるのだから、金を寄越せってんだよ、コンチキショー!と、ほとんどの人が思っているに違いない。


 それにだ!


 もしも佐倉に用があるのだとすれば、自分はこの場を離れるべきだろ?


 ふふふ。気を使える男、桐原達也。


 自分で自分を褒めてやりたい。


 なんなら、この考えオレを見習ってほしいもんだぜ!なぁ、佐倉部長さんよ〜。


 蘇る記憶。


 夕暮れ時の校舎の屋上。


 会話がないまま、終わりを迎えたあの日。


 もしも…。


 もしもの話しだ。


 あの時、声をかけていたら、何かが変わっていたのだろうか?


「さ、佐倉…悪いんだけど、今からここで、告白をされるかもしれないから、帰ってくれないか?」


「あら、そうなの?じゃあ、邪魔しちゃ悪いから…頑張ってね」


「ありがとな」


 互いに手を振り、佐倉を見送ってからしばらくして、待ち人が現れる。


 そんな未来が、あったのかもしれない。


 一つの行動によって、未来は複数あるという話しだ。


 つまり、緑川先輩と佐倉の未来を現在、握っているということになる。


 君たちの未来を俺が握っている。


 うむ。


 何だか、ちょっとカッコいい…。


 そんな事を考える達也であったが勿論それは、緑川やほのかにも言える事であり、彼と彼女の未来を握っている人物、緑川が口を開いた。


「相談部に…かな?」


 口を開く緑川だったのだが、何故かその回答は、自信が無さげであった。


 口調もそうだが何よりその、それを物語っている。


 その事に、ほのかと達也は当然 気付く。


「…と、言いますと?」


 と、ほのかが続きを促す。


「…うん。実は、相談したいのは僕じゃなくてね、妹なんだ」


 妹。


 この単語にビクッとしたのは、ほのかである。


「妹、さん…ですか?」


 あまり気乗りがしないほのか。


「う、うん…」


 妹という単語に、若干のアクセントがついている事に、緑川と達也は気づいていた。


 まぁ、アクセントをつけてしまうのも、こればかりは仕方がないのではないだろうか?


 相談部に相談にやって来た。


 相談者の兄が代理で、だ。


 悩みを他人に任せるのが悪いとは言えないが、良い事だとも言えない。


 だからこそ、ほのかはワザと妹という単語にアクセントをつけたのではないだろうか?


 緑川と達也はそう考えた為、ほのかのアクセントについて思う事はない。


 しいて思う事をあげるのであれば、達也をチラ見した事だろう。


 最も、それについてほのかに聞く事はなかった。


「…緑川先輩。失礼ですが、詳しくお話し願えますでしょうか?」


 聞けなかったからではなく、ほのかから質問の声があがったからであった。


 ーーーーーーーーーーーー


 張り詰めた空気であったが、上級生としての立場からか、あるいは気にしていないのか…とにかくどうなのかは分からない。


 そんな中、緑川先輩は事情を話しだした。


「実は、妹が悩んでいるみたいなんだけどね、それに対して相談に乗ってほしくて…」


「妹さんに対して、ですか?」


「あぁ、ごめん、ごめん。妹の悩みに対して相談に乗ってほしいんだ」


 なるほど。つまり、緑川先輩が妹に対して悩んでるのではなく、妹さんの悩みを知った緑川先輩が悩み、相談に来たというわけだ。


「それは、妹さんは知っているのですか?」


 妹について悩んでいるが、悩んでいるのは妹自身にではなく、妹のとある悩みについて緑川先輩が悩んでいるのだと、佐倉も理解したようで、妹さんは知っているのか?とは、その妹の悩みについて自分達に話してもいいのか?という意味だと思われる。


 無論、許可なくやって来るような人ではないと思うので、この佐倉の質問は、それについての確認みたいなものだろう。


「あぁ…きちんと話してあるよ。そう言えば浅倉先生から聞いたんだけど、君たちは守秘義務ってのは、守ってくれる…よね?」


「勿論です」


 というより、俺たちには言いふらすような相手が居ません!まぁ、居ても言わないがな。


 チラリと緑川先輩がコチラを見てきたので、コクリと頷いて返事を返す達也。


「ありがとう。何だか、申し訳ない」


「…何がでしょうか?」


「あ、いや、ほら?相談しに来ておいて、守秘義務がどうとかさ…」


「…気にしないで下さい」


 まぁ、相手は上級生であり、自分達の立場を考えるのであれば、そう言うしかないだろうな…。


「妹は君たちと同じ学年なんだ」


「へぇ。そうなんっすか」


 緑川先輩が自分達の学年について知っているのは、冬美に聞いたからか、上履きを見たからか…。


 達也はどっちなんだろう?と、考える。


 そんな能天気な事を考える達也とは違い、ほのかは少しだけ焦っていた。


「…緑川先輩、待って下さい!もしかして妹さんの名前って」


「あぁ。那月だよ」


「みどりかわ…なつき…ですか?」


 はて?聞いた事…あったか?


「なるほど。緑川那月さんですか」


 え?知ってんの?


「佐倉さんは、那月を知っているのかい?」


「はい。同じクラスですから」


 え、え?そ、そうなの⁉︎


「へぇ〜そっか、そっか」


 佐倉からの情報を受け、ホッとした表情を浮かべる緑川先輩。


「緑川先輩。達也君も、同じクラスですよ」


 げ⁉︎や、やっべ!


「え!?そうなのかい?」


 パァー!と、明るくなる表情を浮かべる緑川先輩。


「そ、そう、なんっす」


 佐倉がそう言うのだから違うとは言えない俺は、頬を痙攣らせつつ、そう答える羽目になった。


「正直に答えて欲しいんだけど、那月は、いや、妹はどうだい?」


 どうだい?と言われても、知らないんですけど…。


 そもそも学年が変わってから1ヶ月も経っていないんだぜ?


 ま、まぁ、自己紹介をきちんと聞いていなかった俺が悪いんだろうけどさ…ん?悪いのか?


 緑川先輩からの質問に、達也はどう返すべきかで悩む。


 緑川先輩は、妹が普段どうなのかを気にしているようであり、それは兄として当然の心配だと言えるだろう。


 しかし、どう?などという質問は、逆にどうなのだろうか。


 知らないです。などとは言えない雰囲気であり、こうなんですぅ〜と、嘘を吐けない雰囲気でもある。


 何て質問をしてきやがると思う達也とは違い、ほのかはナイス!と、心の中で緑川先輩に対して賞賛を送る。


 達也が他の女性に対してどう思っているのか?


 恋する乙女なら当然といえる、恋心である。


「え、え〜っと」


 答えを探す達也。


 探すと言っても、脳内の記憶からではなく、左に座る佐倉ほのか からである。


 た・す・け・て!


 と、テレパシーもとい、アイコンタクトを送る達也。


 こ・た・え・て!


 ほのかが先に質問に答えてくれれば、達也はその答えに便乗できるのだ。


「…………」


 しかし、チラチラとほのかを見るも、ほのかはコチラを見ようとはしなかった。


 達也の視線の先では、先ほど手渡した缶ジュースを手に取り、口へと運ぶほのかの姿が映っている。


 ジュ、ジュースなど、飲んでいる場合か!と、ツッコミたい衝動に駆られる達也だが、ジュースを飲んではいけない状況なのは自分だけだと直ぐに理解した。


「ん?どうしたんだい?遠慮なんかしないでいいよ?」


 え、遠慮なんかしてないっす。


 嘘を吐いてしまったのは、佐倉ほのかではなく、自分なのだから…。

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