第22話 片桐 さくらは〇〇である

 店長室。


「あ、あの…」


 部屋に入った達也は部屋に入るなり、部屋にいる人物に声をかけた。


 声をかけられた人物は、くるりと座っていた椅子を反転させ、達也に声をかける。


「うむ。よく来たな。キリトよ」


「……いや、タツヤですけど」


 よく来たなも何もシフトに入ってますし…と、考えた達也だったが、その前に訂正するべき事を訂正する。


「ク、ク、ク。なぁに。あだ名みたいなものだ。気にするでない」


「…一応言っておきますけど、最初と最後をくっつけて作ったあだ名、いや、ハンドルネームであってですね、その場合で考えるのであれば、俺はキリヤですよ」


 きりはらたつやなのだから、最初の桐と最後の也で桐也というわけであり、SA○の彼とは違う。


「細かい事を気にするでないわ」


「細かい事って……はぁ」


 怒られても知らねぇーぞと、考えた達也だったが、誰が誰に対して怒るのかと、考えたところで考えるのをやめた。


 自分はきっと怒られない。そもそも、自分が怒られる理由がない…はずだ。


「それで、店長。今日の自分の持ち場は、何処ですか?」


 レジを担当する者。


 調理する者。


 配達に行く者。


 と、ワクドナルド秋葉原店は、この3つの持ち場が主である。


 達也のバイト歴は約一年であり、この3つの持ち場全てを担当できる為、出勤する度に彼は店長室に行って、店長から指示を受けてから持ち場に行くのであった。


「あ、あの……店長?」


店長てんちょう?おぃおぃ、キリトよ。忘れてしもうたのか?店長とは仮の姿よ」


「だから、タツヤですよ。店長ボス


「うむ。達也よ。今日は調理を担当してくれ」


 はぁ…やれやれ。


 どうやら、ようやく折れてくれたようだ。


 全く。


 周りの目ってものを、もっと気にしてほしいものだぜ。


 一応説明しておくと、彼女は俺が働くワクドナルド秋葉原店の店長である、片桐かたぎり さくらといって、俺と同い年である。


 17歳で店長?と、思うかもしれないが、我が社は実力が全てであり、俺が働くワクドナルド秋葉原店は、全国でベスト10に入るほどの店舗である。


 それも、彼女がフロアリーダーになった時からである。


 まぁ、その話しは長くなってしまうので、またの機会にでも話そうか。


「おい、達也!」


「は、はい!な、何でしょう?」


「何でしょうではない。ホレ。忘れておるぞ」


 決して忘れていたわけではなく、あえてスルーしたのだが、どうやらそうはいかないらしい。


「す、すいません。つい、うっかりしてました」


 勿論、嘘である。


 しかし、ワザとですなどと馬鹿正直には言えないので、仕方がない。


「ク、ク、ク。ならば仕方あるまいな。どれ、我も参加しようかの」


「ありがとうございます」


 くそ。別にいいのに。


 内心ではそう思いながら、達也はお礼を告げた。


 スッと、達也の前に立った店長は、両手を腰にまわし、両足をスッと広げて立つ。


 一方達也は、両足をきちんと揃え、両手をビシッと真っ直ぐ下に伸ばして立つ。


「お客様は!?」


 と、大きな声で店長であるさくらが唱和し、それに答えるかのように、達也が唱和する。


ゴッドです!!」


「飲食業界は!?」


「戦場です!!」


「世は正に!?」


「海賊時代です!!」


「では、アイドルは!?」


「戦国時代です!!」


「千石と言えば!?」


「なーで、こ、だYOー」


「ク、ク、ク。良い。良い!実に良いわ!あはははは!」


 腹からきちんと声を出している事に満足したのか、遊び?に付き合ってもらえたのが嬉しかったのか、店長はとても嬉しそうであった。


 勿論、彼女には遊んでいるという自覚はない。むしろ真剣だ。


 仕事をするうえで、腹から声を出すという事は最も大切な事であり、他の職場であれば、いらっしゃいませ。とか、ありがとうございました。とか、そう言った事を勤務前に唱和するだろう。


 要はそれと同じである。


 その為、達也は真面目にコレをこなしている。


 最も、最後のは "さすらいのDJなでこ" であって、千石撫子ではないのだが、達也はあえて何も言わなかった。


「店長。そろそろやめませんか?」


 椅子に座り直す店長。


 そんな店長に対し、顔を赤く染めながら達也は提案する。


「ク、ク、ク。我だってやめたいわ」


 クルッと椅子を反転させる店長。丁度、達也に背中を見せる格好だ。


「そうですよ!いつか怒られちゃいますって」


「ふむ。怒られるのは嫌じゃな。しかし、達也よ。妙に優し⁉︎……お、お主。もしや、店長席ここを、ね、狙って、おるのか?」


「は、はい?」


「一生懸命、我に奉仕していたのはその為だったのか⁉︎な、何てヤツじゃ!恐ろしい」


「……あの?もしもし?」


「だが、残念じゃったな!我がおる限り、お主にここはやらん!あっはははははは‼︎」


 両手を腰にあて、高らかに笑う店長。


 会話が全くなりたっておらず、コレさえなければ…と、思う達也。


 よくわからんが、もういいや。と、思った達也は軽く一礼をしてから、店長室を後にした。何処に行く!話しはまだ…と、聞こえたような気がしたが、きっと気の所為だろうと、自分に言い聞かせながら、達也は持ち場へと向かうのであった。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 ワクドナルドでの勤務について語るといっても、これといって特にはない。


 レジ係の人が注文を受け、タッチパネルを操作する。


 その操作が終了し、終了ボタンを押すと、厨房のモニターに先ほどの注文内容が映し出される。


 レジ係の人がお会計や新商品の案内などをしている間に、調理係が素早く注文されたものを調理する。


 レジでお会計が済み、ドリンクやアイスなどがあれば作って渡し、なければ番号札を渡すか、調理が済んでいればそれを渡す。


 配達の人は、配達の注文がくるまで特にやる事がない為、店内を掃除したり、クーポン券を配ったりと、雑務が多い。


 しかし、あくまでコレは、一般的なワクドナルドだった場合の話しである。


 残念ながら俺が通うワクドナルドは、そうではない。


 全国でベスト10に入るほどの店舗だという事も勿論あるが、それ以前にアレだ。


 店長が、アレなのだ。


「ク、ク、ク。こちら司令室。こちら司令室。各自、定時連絡をせよ。繰り返す。定時連絡をせよ。どうぞ」


 インカムから流れる店長の声を聞き、それぞれの担当責任者が答える。


「こちら、厨房。こちら、厨房。応答願います」


「ふむ。我だ」


「ピクルスがきれかけています」


「ピ、ピクルスがか!?ピクルスを怒らせるとは…流石はタツヤじゃ」


「…すいません。ピクルスの在庫が、きれかけています」


「なんじゃつまらん。後で補充に向かわす」


「………」


 つまらんって何だよ!?


 後、クスクス笑われちゃってるから!


 ホント、やめて。


「レジは特に問題ありません」


「配達も、問題ありません」


「うむ。ご苦労。良いか?もうすぐヤツ等がくる。体力は充分、残しておけよ」


「イエッサー」


「…イエッサー」


 定時連絡が済んだところで、達也は周りに目を向ける。


「佐藤さんと加藤さんは休憩に入って下さい」


「うふふ。はいよ」


 パートのおば様にテキパキと指示を出しながら、達也は時計に目を向ける。


「ランチタイムになれば忙しくなりますので、在庫の補充等、今のうちに宜しくお願いします」


 インカムを通し、厨房にいる全員に指示を出す達也。


 一応説明しておくと、厨房の責任者は達也であり、忙しくなるのはランチタイムに入るからであって、ヤツ等とはサラリーマンとかOLとかの事である。


 最も、今日は土曜日。


 学生や家族連れの団体客も多く、忙しいといえば既に忙しい。


 店長室から防犯カメラを見て指示を出す店長。


 責任者として任された三人がソレを補佐する。


 先ほど来たばかりの達也だが、シフト表を見れば優先的に休憩にいかす人など直ぐにわかるし、いつもの事なので、特に問題はないのであった。

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