第21話 ほのかの決断…②

 正直に言うと、勘弁して欲しかった。


「ちょっと、ほのか。聞いてるの?」


「聞いてる、聞いてる」


 母親からの質問に対し、ほのかは雑に答えた。勿論、ほのかは聞いていない。


「まぁ、アンタの事だから心配いらないとは思うけど…いい?世の中 物騒なんだからね」


「もぉ、お母さん。小学生でも分かっている事じゃない。大丈夫だよ」


 世の中 物騒。


 これだけで、ほのかは母親が何を言っていたのかを推測した。


 駅のホームで考え事をしていたほのか。


 母親からのメールによって、帰宅する事となったのは認める。


 しかし、だからと言って、今更な事を言わないで欲しい。


 勿論、自分の身を案じてくれてのことだという事は、ほのかも充分 分かっている。


 女の子だからという理由からなのも、分かっている。


 だが、今日は別の事で頭がいっぱいであり、お節介せっきょうは勘弁して欲しいと、ほのかは思っていた。


「ごちそうさま。美味しかったです」


 両手を合わせ、作ってくれてありがとう。という気持ちを込めて、お礼を告げる。


「じゃぁ、私。宿題があるから」


 カチャッと食器を重ねそれを持ち、ほのかは台所へと向かう。


「洗うから置いときなさい」


「はーい」


 後から洗いやすい様にと茶わんに水を浸してから、ほのかは自室へと戻って行った。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 自室にて。


「…どうしよう」


 ほのかは考える。


 考えているのは数学の宿題の事ではなく、先ほどの続きである。


「連休か…」


 日めくりカレンダーを手に取り、パラパラっとカレンダーをめくるほのか。


 学校は土日休みだ。


「何か、いい方法…ないかなぁ」


 土日は休みだといっても、部活をやっている生徒は学校に行く。


 だが、相談部は別である。


 月曜〜金曜まで部活をし、相談に来た人は0人。これを受け、土日も部活をしよう!などとなるだろうか?


「はぁ。当初の予定では違ったのにな」


 また、ほのかは達也と付き合った事を想定していた為、土日は達也とデートをすると考えていた。


 その為、土日は休みでも構わないと考えていたのだが、結果は…言うまでもない。


「リア充?青春?何よそれ…」


 学園生活の中で、一番楽しいと言われているのは、二年生である。


 一年生は、慣れない学園や上級生に緊張し、三年生は、進路について考えないといけない。


 では、二年生は?


 一年間も学校に通えば、学園生活にも慣れてくる頃であり、三年生が部活を引退し、自分達の代になる頃でもある。


 他にも色々あるだろうが(修学旅行とか)以上の事から考えてみても、二年生が一番楽しいと言えるだろう。


 そんな二年生に、自分はなっている。


 勉強机に両肘を乗せ、両腕に顔を埋めながら、ポチッと、スマホのアドレス帳を開く。


 部長としての権限で、手に入れた彼のアドレスを、ぼ〜っとみつめるほのか。


「…楽しく、ない、わけじゃない」


 密かに片思いをし、毎日顔を見れる。


 それが、如何に幸せな事だろうか。


「それ、でも…私は…」


 それ以上を求めている。


 何とかして、彼を振り向かせたい。


 毎日、彼と一緒に居たい。


 朝から晩まで…ずっと。


「……って、無理だよね」


 四六時中一緒に居たいと考えたところで、ほのかは苦笑いを浮かべた。


 佐倉家ウチがいい例だ。


 出張が多いお父さん。


 お母さんと一緒にいる時間はあまりない。


 だが佐倉家ウチに限らず、四六時中一緒に居たいと願っていても、それが叶う家庭などあまりないだろう。


 何故かって?


「同じ職場じゃない限り………!?」


 そこまで口にしたほのかに、衝撃が走った。


 圧倒的閃き、天啓。


 そういった類いの衝撃。


 椅子をひっくり返すほどの勢いで立ち上がりながら、ほのかは天を仰ぐ。


「は、はははは。何で気付かなかったんだろう」


 ひっくり返してしまった椅子を元に戻し、ほのかはベッドへと、ダイブする。


 ボスン!という音と共に、長い黒髪がふわりと宙に舞う。


「落ち着け。落ち着いて、考えろ私」


 達也がバイトをしているのは知っている。


 部活をしていくなかで、たま〜にだが、達也が早退を申し出た時に聞いた話しだ。


 仮に、そこで働くとしたら?


 達也と同じ職場なら、四六時中とまでは言わないが、授業中も、部活中も、バイト中も、達也と一緒にいられる。


「ふ、ふふふ。となると」


 バイト先では後輩となるわけだ。


 達也せ〜んパイ♡と、脳内で呼びかけてみるほのか。


「うへ、へへへへ」


 何とも表現しづらい表情を浮かべながら、ほのかは嬉しそうに笑った。


 ーーーーーーーーーーーー


 日付けが変わり、達也はバイト先で制服に着替えていた。


 赤いポロシャツに、黒いズボン。


 動きやすい黒のスニーカー。


 髪が入らないようにと、サンバイザー風の帽子を装着したところで、鏡の前へと移動する。


 シャツは出ていないか?


 ポロシャツは汚くないか?


 サンバイザーの中心にあるWのマークは汚くないか?


 全てのチェックを自分一人で済ませた後、隣にある洗面台へと移動する。


 爪の中は汚くないか?


 爪は伸びていないか?


 髭はどうだ?


 上着から見えている腕の部分を丁寧に石けんで洗い、ようやく準備が終わる。


 面倒くさ。と、思う人がいるかもしれないが、達也はそうは思わない。


 この一連の作業の間も時給が発生しており、自らを綺麗にして、お金が手に入るのだ。


 文句を言うどころか、感謝するべき事だろう。無論、10分以上はノーカウントだ。


「おつかれ〜」


「あ、お疲れ様です」


 朝から働いている先輩から声をかけられ、達也は頭を下げながら返事を返す。


 コミュ障である達也。


 しかし、流石にこういった事は、普通に返せる。


 次々とバックヤードにやって来る先輩達に頭を下げながら、達也はとある部屋へと向かった。


 ーーーーーーーーーーーー


 店長室。


 そう書かれた扉の前で、達也は小さく深呼吸する。


 深呼吸が終わると、コン、コン。と、軽くノックをして返事をまった。


 しばらくすると、店長室から声が聞こえてくる。


 扉は閉ざされたままだ。


「よく来たな」


 閉ざされた扉の奥から、そんな声が聞こえてくる。


「さあ!合言葉を唱えるが良い」


「………はたらく魔王さま」


 顔を少しだけ赤く染めながら、達也はボソボソっとそう告げると、奥からまたしても声をかけられる。


「うむ。入るが良い」


「………失礼します」


 ガチャッと、扉のノブを捻りながら、達也は心の中で、盛大にため息を吐くのであった。

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