第20話 ほのかの決断…①

 職員室での一件の後、各々が帰宅する。


 達也は自転車通学だがいのりは違う為、達也は自転車を押しながら帰宅する事となった。


 中等部は直ぐ近くにあるので、本来であればいのりも自転車通学なのだが、自転車に乗れないのでいのりはバス通学である。


 達也はバスで帰るのか?と、聞こうと考えたのだが、それならそれで、いのりから言ってくるだろうと考え直し、聞かなかった。


 学生鞄を二人分かごに入れ、カラカラと音を鳴らしながら自転車を押して歩く達也。


 そんな達也の腕にしがみついて離れない、いのり。


 非常に歩き辛いのだが、達也はそれを気にしなかった。


 拒む理由も嫌がる理由も、ないのだから…。


 いつもの公園を通り過ぎたところで、おもむろに達也は口を開く。


「なぁいのり。何か食べたい物はないか?」


 今日は赤飯だ!とまでは言わないが(というより、そんな事を言えば大問題である)いのりの反抗期が終わっためでたい日なので、いのりのリクエストに答えてやろうと、達也は考えたのだ。


 何でもいいぞ!


 ハンバ〜グ!ハンバ〜グが食べたぁい♡


 ふ。


 いのりはまだまだ子供だな。


 ダ、ダメ…かな?


 駄目じゃないさ。なんなら、お子様ランチ風にはたでも建ててやろうか?


 ほ、本当⁈あ、ありがと♡おにぃたん♡


 ふふふ。なぁに、お安い御用さ。


 …長かった。ホント〜に、長かった。


 キモい。ウザい。あっち行け。


 娘から言われて傷付く言葉ベスト5ぐらいにランクインするであろうこの言葉たち…。


 どれだけ、言われ続けた事か…泣。


 コレも、佐倉が嘘に協力してくれたおかげだな。


「あ、そうだ。佐倉とも喋ってくれて、その…ありがとな」


 自分に友達が出来たからこそ、いのりは変わったのだと思っている達也は、協力してくれたほのかに感謝していた。


 また、どんな形にせよ、いきなり友達を紹介されたにも関わらず、いのりは礼儀正しく佐倉と接してくれたので、その事に対して照れながらも、達也はお礼を告げる。


 達也のその考え(いのりが変わった事)は、正解であった。


 勿論、別の意味で。だ。


「……は?」


 達也にそう尋ねられたいのりは、しがみついていた腕を離し、離したかと思ったら、鋭い目つきで達也を見た。いや、睨みつけた。


「ん?どうした?」


「どうしたじゃないし。うっわ、何?キッモ。鼻の下なんか伸ばしちゃって」


「伸ばして何か…いないんですけど?」


 は?嘘ばっかり!


「伸ばしてたじゃん(私の胸に触れて)!」


「伸ばすか(大体、何にだよ)!」


 の、伸ばさない…だと⁉︎


 いのりに衝撃が走る。


 ほのかとイチャイチャしていたと思っているいのりからしてみれば、達也の回答は好ましいのだが、"自分の胸"という思考が真っ先にきてしまった為、ほのかとの一件は頭にない。


(んだよ全く…く、くそ…仕方ない)


 あまり気乗りはしない。いや、かなりだが、達也は聞かずにはいられなかった。


「どうしたんだ?今日のお前…何か変たぞ」


 だ、誰の所為よ‼︎


 達也にそう言われたいのりは、そう心の中でツッコむと、不意に、ふふふ。と、不気味な笑みを浮かべ始める。


「…分かった。食べたい物、だったわよね」


「あ、あぁ」


 達也はその表情に気付いていた。また、変だぞ?という質問に対し、違う答えを返されてしまい戸惑ってしまうも、先ほどの答えなので、こう言うしかなかったのだった。


「照り焼きローストチキン。ミルフィーユ添え」


「は?」


「だ・か・ら!照り焼きローストチキン。ミルフィーユ添えよ!!」


 聞いてなかったの?はん!みたいな態度をとるいのり。


 それに対し、達也はこめかみをヒクヒクさせながら、質問する。


「……ローストチキンって事か?」


「違うわよ!ミルフィーユ添えって、言ってるじゃない!!」


「つ、作れるか!!大体、何だよその食べ物は!?"ゴチになります"でしか聞いた事がないんですけど」


「あら?知ってるじゃない。それよ、それ」


 達也といのりは兄妹である。


 当然、見るテレビ番組は同じであり、いのりが言っている食べ物を、達也は充分理解していた。


 はぁ…。知ってるから、何なんだよ。


 でも、まぁ。


 結局、いつも通りのわがままな妹に戻り、先ほどの行動は謎のままではあるが、達也は何故か、ホッとするのであった。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 達也といのりが喧嘩?しているとは知らず、ほのかはトボトボと歩いていた。


「……はぁ。引っ越さないかなぁ」


 いのりがバスで帰ると言わなかったのは、達也と一緒に帰りたいという思いがあったのも勿論あるが、もしもほのかがバス通学だった場合や、自分達の家と帰る方向が同じだった場合を考えての事である。


 帰る方向も帰る方法も違う為、ほのかは一人寂しく帰宅していた。


 好きな人から妹を紹介され緊張してしまった事や、達也から肩を触れられ歓喜した事など、何だか色々あって今日は疲れた。


 しかし今のため息は、全く別の事からである。


「達也君…やっぱり」


 妹と仲が悪いと言っていたハズなのだが、どう見てもそうは見えなかった。


 むしろ、仲が良すぎるように見えた。


 妹と、あんなにべったりするだろうか?


 それに、妹さんのあの態度…。


 女の勘。というヤツではない。


 達也の事が好きだからこそ、気付いてしまったこと。


 勿論、正確かどうかは本人に聞かないと分からないだろう。


 達也の事が好きなのか?という事だ。


 しかし、なら、貴女はどうなのか?などと聞かれたら、どう答えればいいのだろうか。


「どうしよう…」


 好きな人の妹を味方につければという考えが、ほのかの中には多少あった。


 しかし、味方につけるどころか、敵となってしまった。


 いや、敵というと語弊がある為、恋のライバルと言い直そうか。


 勝機は勿論ある。


 相手が妹だという事だ。


 しかし、達也はどうなのか。


 駅のホームにあるベンチに座り、ほのかは考え続けた。


 不意に、ほのかの脳裏にある言葉が浮かぶ。


 "先輩って呼ばれたいなぁ"


 あの時の達也の言葉。


 達也は便利屋程度だと言っていたが、それが嘘だったとしたら?


 妹とのあの関係。


「…はは。駄目だ」


 目頭が熱くなる。


 顔を上げる事が出来ず、ホームのベンチで寝たフリをするほのか。


 達也は歳下好き。


 だとするならば、部活の先輩であり、同級生である自分。


 勝ち目は…ない。


 いけない、駄目だ。


 そう考えるも考えずにはいられないほのか。


 乗るはずの電車が来てもまだ、ほのかはベンチで考え続けた。

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