第19話 いのりとほのか…⑥

 おい、おい。


 だから何なんだこの空気は⁉︎


 赤の他人。第三者。


 私は木ですと言わんばかりに沈黙を貫く冬美であったが、流石に黙ってはいられなかった。


 一触即発とまでは言わないかもしれないが、空気が悪いのは明白である。


 いのりとほのかは、喧嘩をしているわけではない。


 ただ互いに、自己紹介をしているだけである。


 その為、冬美は注意が出来ずにいたのだが、流石に耐えられなかったのであった。


「…すまないが、時間も時間だ。そろそろ帰ってくれないか?」


 ここは大人として、教師として、何とかしなくてはと考えた冬美は、一度 解散させる事を選んだ。


 勿論、下校時刻をとうに過ぎてしまっていたのも理由の一つではある。


「あ!は、はい」


 冬美にそう言われ、ホッとする達也。


 冬美と同じ様に、達也もこの気不味い空気を感じとっていたのだった。


 無論、冬美とは違い、自分が吐いてしまった嘘。吐かせてしまった嘘。吐かされてしまった嘘。それらを理解していた分、何とも言えない心境である。


 女友達がいるなどと嘘を吐かなければ、こうはならかったのかもしれない。


 兄としてのプライドから、吐いてしまった嘘ではあるものの、しかし、まさかこんな重たい空気になるなどと、誰が予想できただろうか?


 ゲッターズさんなら可能だろうか?


 ん?


 無理か?


 はぁ…分かってますとも。


 現実逃避している場合ではないとため息を吐きながら、達也はいのりとほのかに声をかけた。


「二人とも、行こうか」


 頭を下げているほのかの肩を叩きながら、達也は冬美に軽く頭を下げる。


『………なっ!?』


 勿論、その行動によって、衝撃が走る二人。


(たたた、達也君が、達也君が、私のかかか、肩を、ポンって!ポンって触った!!)


 嘘を吐かれた‼︎という気持ちなど、一瞬で吹き飛んだ。


 私はもう一生肩を洗いません!という思考と共に、脳内でハレルヤを奏でるほのか。


 無論、大袈裟な話しであった。


 そもそも肩を叩かれたといっても、制服の上から叩かれたのだから、その考え方はおかしいと、ほのかは後になって気付く事となる。


 そんなほのかとは対象的に、いのりの気持ちは最悪であった。


 友達の"と"の字も見せない兄だったはずなのだが、気がつけば友達を作っており、作っているだけならいざ知らず、その友達がまさかの女友達…更につけ加えるのであれば、どう見ても友達同士には見えない。


 付き合っているのを自分に隠しているように感じていたところでのこの対応…どうも鼻につく。


(ふ、ふざけんな⁉︎な、何を私の前で、イチャイチャとしてくれちゃってるわけ‼︎)


 うらやまけしからん!と言わんばかりに、いのりはほのかを睨みつける。


 達也は頭を下げている為、気付かない。


 ハーレールヤ!ハーレールヤ!と、有頂天のほのかもまた、気付かない。


 私は貝になりたい。と、よく分からない事を考えていた冬美もまた、気付かない。


(………そ、そっちがその気なら)


 いのりは勢いよく立ち上がると、ダッ!と、達也の元へと駆け寄った。


「………な!?」


「……⁉︎お、おい‼︎」


 その行動を見て(受け)達也とほのかに動揺が走る。


(ななななな、何て、羨ましい事を!!)


 口をパクパクさせながら、ほのかは固まった。


(どどど、どうしたんだ⁉︎そ、外面って、こんなんなのか?)


 口をパクパクさせながら、達也は固まった。


 いのりが世間体を気にしているのかは分からないが、周りから良い子に見られようとしているのは、達也にも分かる。


 何故なら、絶対にいのりがこんな行動に出る事はないのだから。


「えへへ。おにぃたん。かぁえろ♡」


 達也の左腕をガシッと両手で抱え込み、見た事もない笑顔を向けるいのり。


 いのりのファンであれば鼻血もの…いや、昇天してしまいそうな、そんな笑顔であった。


「………あ、あぁ」


 達也は更に動揺する。


 それは、周りから見ても明らかなぐらいの動揺っぷりであった。


 それを見て、ニヤリと微笑えむいのり。


(…ふふ。所詮は男の子。私の胸に触れただけでこんなに動揺しちゃって)


 ク、ク、ク。と、心の中で微笑むいのり。


(…はん‼︎ざまぁー。と、心の中でほのかに向かって、あかんべぇー。をする)


 ちなみにだが、あたっている感触は達也にはないし、仮にもし胸にあたっていたとしても、特には何も感じなかっただろう。


 勿論、達也以外の人からしてみれば、そんな事が分かるわけもなく、ほのかの目がどんどん鋭くなっていく。


(や、やっぱり…達也君は…)


「………」


 その視線に気付くだけの余裕が達也にはなかったのは、不幸中の幸いなのかどうか…それは、ほのかにしか分からない事である。


 ーーーーーーーーーー


 職員室を後にする三人。


 離れてほしぃなぁ。やだなぁ。怖いなぁ。と、思う達也であったが、口には出来なかった。


 理由を説明するのであれば、いのりの行動が不可解だからである。


(ま、まさか…コレが、最近、妹のようすがちょっとおかしいんだが。というヤツなのだろうか?)


 いやいや、まさかそんなそんな…ないない。


 最近どころではない。


 今日なのだ。


 確認する方法はあると言えばあるが、流石に確認する勇気は達也にはなかった。


(お、落ち着け俺…アニメで例えている場合じゃないぞ!と、とりあえず…佐倉のおかげで助かった)


 いのりに女友達を紹介するという、達也の嘘から始まった今回の騒動。


 色々とあったものの、当初の目的はクリアー出来ており、ほのかがいたからこそ、クリアー出来た事なのは、説明するまでもない事だろう。


 本来であれば、ほのかにお礼を告げるべきなのだが、いのりがこれだけ近くにいるとなると、お礼を告げる事は不可能である。


 また、今はいのりの方が気になってしまっていた為、ほのかの事を考える余裕がなかったのも理由の一つであった。


(もしや、アレか?)


 いのりが変なのは、俺に友達が出来たからなのか?


 良くやったわ!ご褒美よ!みたいな。


 いや、どんなご褒美だよ…。と、達也はその考えを却下する。


「…桐原君」


「…あ、ああ」


「私はコレで失礼させてもらうわ」


「ああ。わざわざ悪かったな」


「いえ。妹さんも。また今度」


「ええ。また今度」


 また今度、ゆっくりと話しましょう。と、いのりとほのかは約束を交わす。


 勿論、達也がそれに気付く事はなく、また今度ね。という社交辞令か何かだろうと、考えるのであった。

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