第9話 恋せよ乙女 その壱…③

 佐倉ほのかは神に祈っていた。


 何を?などと聞くのは、野暮ってもんだ。


 一生のお願い…と、良くある言葉を心の中で呟きながら、クジを引く。


「お⁉︎やったな。ほのか」


「………窓際の一番後ろですか」


 チラリと黒板を見ながら、ほのかは興味がなさそうに呟いた。


「おぃおい。生徒憧れの席なんだぞ?もっと喜んだらどうだ」


 まるで興味がありません。何処だっていいです。そんな態度で机を持って移動するほのか。


 …生徒憧れの席?それは、好きな人の隣に決まってるじゃないですか⁉︎


 と、泣きたい気分であった。


 好きな人の隣に座るという事は、忘れ物をしたら隣の人に見せてもらえたり、落とし物をしたら拾って貰えたり、給食の時間になれば机を引っ付けるので、正面から見れたりと、何かと特権を得る事ができるのだ。


 …け、けど、後ろか。


 好きな人の後ろに座るという事は、授業中にずっと背中を見つめていられたり、テストなどでプリントを配られたりするのが特権である。


 さて、どちらがいいかと考えたほのかは、後ろの席の方がいいのでは?と、考えた。


 何故なら、自分達は高校生だ。


 教科書などの忘れ物をしたら誰かに借りに行くのがルールであり、落とし物をした際に拾って貰えるかは分からない(無視されたら傷つくし、それなら後ろの席でも有効)うえに、給食時間の例えは中学生までの話しだからであった。


 そう考えた際、後ろの席の特権は、高校生でも使える事だ。


 授業中は堂々と見つめられ、プリントだって配られる。何なら、先生から"一番後ろから集めて来い"という嫌な言葉も、ありがとうございます!と、言ってしまいそうな気がしてしまう。


 席に座りチラリとではなく、堂々と前を向くほのか。当然、ほのかの前に座るのは達也である。


 もしかして、運命なのだろうか?


 クラスは全部で10クラス。


 300名の生徒だから、一クラス30人。


 その中で達也と同じクラスになる確率など、一体どのぐらいなのだろうか?しかも、同じクラスになり、後ろの席になりと、話しが上手くできすぎている気がしてならない。


 アニメやドラマなど、そういった架空の話しでもなければ、ドッキリとかそういった話しでもない。


 神さまはいると信じているが、日頃の行いが良いからとか、そんな話しでもないだろう。


 では、何なのか?


 もしもこの事を何かに例えるのであれば、きっと、この言葉が一番しっくりくるのではないだろうか。


 運命。と。


 佐倉ほのかが達也に告白しようと決心したのは、この事があったからである。


 無論、結果はあれだったが…。


 ーーーーーーーーーーーー


 日付けは変わり、自宅にて。


 佐倉ほのかは困っていた。


「はぁ。困ったなぁ…」


 お風呂に浸かりながら、今日の出来事を思い返すほのか。


 屋上に呼び出しておいて、何事も無く終わらせてしまった事に対する(貴重な時間を割かせてしまった事など)責めてもの償いにと、頑張ってクッキーを焼いてきたまではいい。


 達也も、美味しい、美味しいと、喜んでくれた。


「昨日、あれ…だったから」


 告白相手が自分だと、達也君は気付いただろうか?いっそ、どうなのかと聞けたら、どれほど楽な事か。


 勿論、聞けるハズがない。


 ほのかが困っていたのは、達也にソレを聞けずにいたからではない。


 新入生はいいのか?と、達也に訊ねられたからである。


「はぁ…そう、なるよね」


 新入生歓迎習慣。


 どの部も必死になって、新入生を獲得しようと躍起になる時期であった。


 相談部は、達也とほのかの二人だけの部である。


 恋するほのか からしてみれば、新入生などいらないという気持ちより(無論、嫌だ)も、達也が新入生が欲しいと言ってきた事が問題であった。


 ちなみにだが、達也は欲しいとは思っていない。


「ん…もぉ。ばか…」


 プクプクと泡をたてながら、ほのかは考える。


「達也先輩って呼ばれたい。かぁ…」


 別に、おかしな話しではない。


 達也から「ほのか」と呼ばれたいという思いと、何ら変わらない気持ちだろう。


 ーーーー後輩属性か…忘れてた。


 〇〇属性。


 ゲームなどで聞いた事があるかもしれないが、ほのかはゲームの話しをしているわけではない。


 好きなタイプの例えみたいなものだ。


 いや、フェチといった方が判り易いかもしれない。


 妹が好き=妹タイプより、妹が好き=妹フェチみたいな方がしっくりくるだろ?


 姉属性。妹属性。筋肉属性。眼鏡属性などなど、属性は無数に存在している。


「どうしよう…」


 何度目か分からないため息を吐きながら、ほのかは考える。


 部長という権限を使い、達也君と名前で呼ぶ権利を得たほのかだが、佐倉部長と呼ばれるようになってしまっていた。


 ぶ、部長なんて呼ばないで(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾


 と、思うものの、言い出しっぺは ほのかの為、諦めている。


 "き、桐原くん。部長として命じるわ"


 名前で呼びたいなぁ♡という思いから、かつてとった行動にたいする罰なのだろうか?


 先輩と呼ばれたいと願う達也。


 ーーなら、私が!って、無理な話し…か。


 達也先輩とほのかが呼ぶ為には、ほのかが達也より後輩になる必要があり、先に入部していたほのかには無理な話しである。


 また"部活で大切なのは、上下関係よ"


 これも、部長の権限を使う際にほのかが言った言葉であった。


 同級生の時は佐倉と呼ばれ、部活中は佐倉部長と呼ばれているほのか。


 逆に、同級生の時は桐原君と呼び、部活中は達也君と呼ぶほのか。


 名前で呼んで欲しいと願うほのかに、後輩が欲しいと願う達也。


 全てが上手くいく為には?と、考えていたほのかは、ある事に気付いてしまった。


「…何もしないわけには、いかないわよね」


 ポスターを貼るなり、入部しませんか?と、声をかけるなりしないと、達也に怪しまれてしまうかもしれない。


 俺と、二人っきりがいいのか?などと思われたらどうしよう⁉︎いや、思われるだけならまだいい。


 聞かれたら?


 さて、どう答えるべきなのか。


「ポーズだけでもとっておかなきゃ…ダメ…だよね?」


 これで入部してこなければハッピーだし、入部してくるのが男の子なら全く問題ない。


 可愛い女の子なら?


「ずるいよ…」


 お兄ちゃん♡とか、せ〜んパイ♡とかとか。


 勿論、年下であり後輩なのだから、達也君は名前で、しかも呼び捨てで呼ぶ事は間違いないはず。


 ほのかでは出来ない特権を兼ね備えた人物…それが、妹や後輩という存在なのである。


 どうするか?と、再び悩むほのか。


 その時であった。


「ほのか〜。いつまでお風呂に入っているの⁇」


「ご、ごめんなさーい。あとちょっとー」


「そう言えば、クッキーを作ってたみたいだけど、大丈夫だったのー?」


「なななな、何が⁉︎」


「何がって、砂糖と塩を間違えてたでしょ」


「…………!?」


「誰にあげたのかは知らないけどね、ああいうのはお父さんだけにしときなさって、な、何よ⁉︎」


「はぁ、はぁ、はぁ。ど、どういうこと」


「タオルぐらい巻きなさい。もぉ。どうもこうも、砂糖じゃなくて塩が減っていたわよ、ほら」


 母親が指差す方へと目を向けるほのか。


 目を向けた先は砂糖と塩が入った容器が2個並ぶ戸棚で、ほのかが目にしたのは、衝撃の事実であった。


 明らかに塩が減っているというより、砂糖は満タンの状態…つまり、達也君が美味しいと言っていたのは嘘だったという事実である。


「ほのかにも好きな子が出来たのかしら」


「そそそ、そんなんじゃないから」


 激しく動揺しつつ、急いで部屋へと避難するほのか。


 タオル!タオル!という母親の声は、最後までほのかに届く事はなかった。

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