第8話 恋せよ乙女 その壱…②


 ほのかの幸せは、長くは続かなかった。


 達也と喧嘩したとか、ほのかがやらかしてしまったとか、そんな理由ではなく、とある人物の登場の所為であった。


 ーーーーーーーーーーーー


 授業開始のチャイムの音が鳴り、生徒全員がそれぞれの席に座り出す。


 静かにとはいかず、多少のお喋りはあるものの、騒ぎ出す生徒はいない。


 いつもであれば、うるさいなぁと、思うほのかなのだが、今日は違っていた。


 説明するまでもなく、達也がいるからだ。


 チラッと隣に視線を向け、ここは私も便乗しようかな?と考えるほのか。


 しかし、達也に嫌われたらどうしよう…という考えが、ほのかの思考を鈍らせてしまう。


 いけ!いくんだ私!と、考える私と、先生が来るまで黙っていられる女の子(優等生みたい)なのだと、思われたくないの⁉︎と、考える私。


 天使と悪魔の囁き声が、ほのかの脳内を駆け巡る。


 達也がそういった女性がタイプなのかは分からないが、騒ぐタイプが好きだと言う人の方が、少ないだろうと考えるほのか。


 なら…ここは。


 天使の囁き声が、勝った瞬間であった。


「やぁ、やぁ、待たせたね」


 ガラガラガラ。と、ドアを開けながら、浅倉冬美がやって来たのであった。


「冬美ちゃんが担任だって。やったね」


「冬美先生かよ…マジか…」


 喜ぶ女生徒に、怒られた記憶を蘇らせた男子生徒の声が聞こえてくる。


 さて、達也君はどちらだろうか?と、ほのかは視線だけを隣に向けた。


「………」


 ね、寝ている⁉︎起こした方がいい…わよね?


「良ーし!皆んな揃ってるな。っと」


 パコンという音とともに、冬美は教室内を見渡す。


「………⁉︎」


 げっ⁉︎という表情を浮かべる達也。


 その表情を見て、ホッとするほのか。


「さてと。まずは首席確認がてら、自己紹介でもするか」


「えーー!!」


「やれやれ。君たちはこれからこのクラスで、一年間を共に過ごす事になるのだから…と言うより、こんなのはお約束みたいなもんではないか」


 始業式というより、小中高と、最初に行う授業は自己紹介からなのが決まりみたいなものだ。


 五月に入って、そろそろ自己紹介をしよう!などとはならないハズである。


「じゃあさ、じゃあさ、先生からっしょ」


「私か?自己紹介の必要があるとは思えんが…」


 浅倉冬美は美人である。


 コレは、この学校の生徒のみならず、浅倉冬美を見た人全員が、共感できる事だろう。


 女性が憧れるスタイルの持ち主であり、憧れる職業の上位である教師であり、優しく、時に厳しくと、人として尊敬できる部分の多い女性。それが、浅倉冬美という人間だと、ほのかは思っていた。


 年頃の男子生徒だけではなく、女生徒からも人気が高い冬美。勿論、ほのかも冬美の事が好きだ。


 では、達也はどうなのだろうか?


「おほん。まぁ、お約束みたいなものだしな。私の名は、浅倉冬美だ。浅倉南じゃないからな!間違えるなよ!」


「…………」


「何だ?君たちはタッチを知らないのかね?ん?なぁ、桐原。君は知ってるよな?」


「……スベっただけっすよ。あ、いえ、知ってるであります」


「MIX世代なのか…くっ‼︎……あぁ、おほん。生活指導を任されており、相談部という部活の顧問をしている。担当科目は国語だ」


「……⁉︎」


「相談部だって」


 クスクスと笑い声が聞こえてくる。


 いつもの事だ。


 私は気にしないが、達也君はどうだろうか。


 相談部の部員として、頭にきていないだろうかと心配するほのかであったが、頭にきたのは、顧問の方であった。


「可笑しいかね?」


「……………」


 ギロリと睨みつけるように、教室内を見渡す冬美。


「ふむ。自己紹介の前に相談部について、少し話しをしておこうか。君たちは、何かに悩んだ時に 、頼りになる人はいるかね?」


 質問をする冬美。


 答えは返ってこない。


 しかし、ソレを気にする素振りすら見せず、冬美は続ける。


「親でもいい。兄弟(兄妹、姉妹)や親戚、友人でもいい。先輩や後輩でもいい。勿論、私でもいい。とにかくだ。君たちが何かに悩み、誰かに相談したいと考えた時にだ。相談できる相手がいない場合の為にと作られた部活なのだよ」


 茶化す事もなく、真剣な表情、真剣な声で、浅倉冬美は告げる。


「先生がいるじゃんYOー」


 空気が読めない男子生徒は、どのクラスにも存在するものである。


 ソレをきっかけに、確かに…と言う声が聞こえてきた。


 茶化すな!と、怒鳴りつける事もなく、浅倉冬美はその生徒の質問?に答えた。


「ふむ。先生というのは、いつまでも君たちの側にいてやれる存在ではないのだよ」


 その答えを聞いて、え?と、ざわつき出す生徒たち。


 先生という職業は、転勤が多い職業である。


 四年が目安とされている職業である教師。


 一つの学校で、ずっと教師をしている先生などいないと言っていい。


 それは、一つ一つの都道府県ごとに文化があり、風習があってと、それに合わせた教育方針というものを学ぶ為である。


 分かりやすく説明するのであれば、沖縄で受ける体育の授業と、北海道で受ける体育の授業とでは違う。みたいなものだ。


 一般的な五教科は同じでも、雪を使った授業もあれば、農作物を使った授業もありと、各地によって授業内容は異なっている。


「それにだ。私に頼ってくれるのは嬉しい話しだがな、私に対して悩んだ場合はどうする?ん?出張で、私がいない場合もあるな」


 つまりは、そういう事だ。


 浅倉冬美が立ち上げた相談部という訳の分からない部活動は、何かに悩んだ生徒の為にと、作られた部活動なのである。


 ぼっちな者もいれば、両親がいない者もいる。色々な事情を抱える生徒達は一人で悩み、苦しみ、自殺をしてしまう生徒も残念ながら多いのが現実だ。


「同年代である君たちにしか、分からない事や解決できない事がある。逆に、大人でしか分からない事や解決できない事だってある。気軽に話しかけてきたまえ。なぁに、守秘義務ぐらい、心得ているさ」


 "自殺を食い止めろとまでは言わないさ。悩みを聞くだけでいい。それで、救われる者は確かに存在するのだよ"


 達也が入部した経緯とは違い、佐倉ほのかはこの事に共感して、相談部に在籍している。


「…………先生」


 浅倉冬美の熱弁とも言える喋りに、流石に茶化したりする者はいなかった。


 流石だな。と、ほのかは冬美に尊敬の眼差しを送る。相談部って何?と、聞かれ、自分ではこう上手くは説明できないだろう。


「っと。時間があまりなくなってしまったな。入学式についての説明もある事だし、まずは席替えからしておくか」


「え〜マジかよーー」


「………!?」


「出席番号順だとどうしても、あ行の生徒が一番前になってしまうからな。それは平等ではない。公平にする為にも、必要な事だ。さ、出席番号1番からクジを引きたまえ」


 後ろの席の生徒が、不満の声をあげる。


 な⁉︎よ、余計な事を!!と、ほのかは思うのであった。

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