第7話 恋せよ乙女 その壱…①

 季節は春です。


 雪が溶け、暖かな日差しと心地よい風が吹き、綺麗な桜の花びらが舞う、そんな季節。


 今日は高校の入学式であり、始業式でもあり、私にとって、大切な日でもあった。


 いや、私ではなく、女の子なら…かな?


 女の子にとって、一年で一番大切な日だと言っても過言ではないと、私は思っている。


 バレンタインや誕生日。ホワイトデーなんかよりも大切な日…。


 そう。クラス発表の日である。


 生徒が登校してまずやる事は、自分が何処のクラスに変わったのかを確認する事からであり、確認が済んだら、それぞれが自分のクラスへと、登校していくのです。


「やった!また、同じクラスだね」


「げ!?マ、マジかよ…」


「………」


 デカデカと張り出されたクラス別け一覧表を見て、歓喜する者。落ち込む者。何も考えない者。何を考えているのか分からない者…さて、私はどうなるのだろうか…。


 じ〜っと、クラス別け一覧表を見つめる私、佐倉ほのか。探すのは当然、上の方(さ行)である。


 出席番号順に並ぶ名前。


「あった………」


 自分の名前を発見し、次に探すのは隣の列の上の方…男子の列だ。


 勿論、男子の列に顔を向けて、とある男の子を探してます!などと気付かれないように、目線だけで探す事を忘れてはならない。


 ほのかが探すのは、か行である桐原達也という男子生徒の名前である。ドキドキとしながら、上から下へとほのかは視線を下げていく。


「…………」


 無言の作業であった。しかしコレは、仕方がない事である。何故なら、口に出せば最後、明日から学校に来れなくなるかもしれないからだ。


 ポーカーフェイスを何とか保ちつつ(出来ているのか、出来ていないのかは判らない)心の中で、ボソボソと呟き続ける。


 岡崎…織田…神田……き、き、き。


 あ行が終わりを告げ、か行に入ったところで、ほのかの胸が、キューッと締めつけられていく。


「………!?」


 私は、きちんと呼吸が出来ているだろうか?


 周りから、おかしなヤツだと思われていないだろうか?


 ほんのり頬を赤く染めながら、ほのかは目的の人物の名前を、遂に発見するのであった。


 桐原達也 佐倉ほのか。


 や、やったぁ♡と、心の中でガッツポーズをとるほのか。


「…ふ、ふ〜ん」


 勿論、決して表(表情)には出してはならない事なので、あくまで素っ気ない態度。まるで興味がない。そんな態度でだ。


 み、見間違いじゃ…ないよね?


 再度、クラスを確認し、自分の名前を探し、自分の名前を発見したら、すぐ隣の名前を確認する。


 桐原達也 佐倉ほのか。


「………あ!?」


 と、声をあげたところで、ほのかは急いでその場を離れた。


 私の馬鹿!と、自分を責めるほのか。


 その場を離れたのは、声をあげた事により、何事かと周りから視線を向けられた所為である。


 声をあげてしまったのは、ある事に気付いてしまったからであった。


「な、並んで…た」


 探していた人物 桐原達也と自分の名前である 佐倉ほのか。


 か行とさ行である名前。


 期待していなかったと言えば、嘘になってしまうだろう。


 並んでいる名前…つまりそれは、出席番号が男子と女子とで同じだという事であり、ほのかにとってそれは、歓喜の瞬間である。


 や、やった♡やった♡


 校舎の隅っこで、誰もいない事を確認したほのかは、一人小さくガッツポーズをとるのであった。


 ーーーーーーーーーーーー


 るんるん♡と、ウキウキウォッチングのほのか。勿論、内心でだ。


 下駄箱に靴を入れ、上履きに履き替え、廊下を歩けば、いよいよお待ちかねの時である。


 先に来ているだろうか?


 達也君の事だから、後からやって来るかな?


「………」


 自分が行くべき教室をスルーし、まずは女子トイレへと避難するほのか。


 髪は乱れていないだろうか?ネクタイはどうだろう?と、身だしなみをチェックする為である。


 女の子の必需品である手鏡をスッと、ポーチに戻し、小さく深呼吸をするほのか。


 落ちついて!いつも通りよ、ほのか!


 小さくパチンと両頬を叩き、ニヤケているかもしれない顔を、キリッと引き締める。


 よ、良し!と、意を決したほのかは、何事も無かったかのように、女子トイレを後にした。


 ーーーーーーーーーー


 教室に着くと、まずは黒板へと向かう。


 丁寧に綺麗な字で書かれた座席表を見て、自分が座る場所の確認をするのである。


 一番…前か。


 さ行の悲しき宿命と呼ぶべき瞬間。


 …大丈夫。いつもの事でしょ。


 出席番号順に書かれた座席表。さ行である佐倉ほのかは、一番前の席になる確率が非常に多い為、特には気にしなかった。


 そんな事よりも…。


 チラッと、自分の席の隣の名前を見るほのか。


 当然、隣の席の名は桐原達也である。


「…………」


 緩んでしまいそうになる口元を必死におさえ、ほのかは自分の席へと向かう。


 本音を言えば、写メりたい気分である。


 自分と達也以外の座席表を消して、相合い傘を描きたい気分である。


 カタッと椅子を引き、スッと椅子に座ると、チラッと隣に目を向けるほのか。


「………」


 達也はまだ来ていない。


 ふー。と、静かに息を吐いたほのかは、学生鞄から筆記用具などを引き出しに仕舞い、頭の中で、達也が来た時の事をシュミレーションするのであった。


 ーーーーーーーーーー


 ガラガラと扉の音が鳴る度に、ドキッとしてしまう。


 心拍数が1上がった。みたいな感覚だ。


 律儀に、扉を毎回締めるクラスメイトを心の中で罵倒しながら、音が鳴る、スッと姿勢を正す、チラッと視線を向け、がっかりする。を、繰り返すほのか。


 勿論、周りに気付かれない程度にだ。


「…………!?」


 何度目の音かなど覚えてはいないが、遂に目的の人物である達也が登校してきた。


 心拍数が100上がった。みたいな感覚だ。


 テクテクと黒板の前まで歩く達也を、目だけで追うほのか。


 さて、達也はどんな反応をするのだろうか?


 がっかりした顔を浮かべた場合、それは、一番前の席だから…だよね?


「………⁉︎」


 達也は明らかにがっかりした顔を浮かべた。


 ギュッと、心臓を鷲掴みされた…そんな気分だ。


 違う。大丈夫。私の隣が嫌だからではない…はず。


 達也ががっかりした表情を浮かべたのは、一番前の席だったからだと決めつけ、ほのかは脳内シュミレーションを思い出す。


 ここが一番肝心だと言ってもいい。


 本日初の、達也とのファーストコンタクト。


 ほのかはクラス別け一覧表を見た際に、自分と達也の名前を探し、発見していた。


 その為、達也と同じクラスだと知っているという事である。


 つまり、あれ?同じクラスだったんだぁ?とは、ならないという事であり、仮に相手たつやがそうなった場合は、自分ほのかと同じクラスだと、今知った。という事になるのだ。


 何とかそれは避けたいというより、考えたくない事なのだが、ならもし仮に、達也が自分と同じように名前を探していたとしたら?


 …どどど、どうしよう。


 さて、どう返すのが正解なのか。


 ガタッ。と、隣から椅子を引く音が鳴る。


 ビクッ!と、ならなかった自分を褒めてやりたい。


 チラッと視線を向けるほのか。


 相変わらずカッコいい…。ハッ⁉︎


 いかん。いかん。


 見惚れている場合ではない。何か喋りかけなくっちゃ!と、思ったほのかは、勇気を振り絞って声をかける。


「あら?桐原君…」


「ん?あぁ。佐倉か…」


 あぁ?さてこれは、良い意味なのだろうか。


「一年間宜しくな」


 一年とは言わず、ずっとこれからも‼︎と、考えるほのかだが、そんな事を口に出来るハズもない。


「えぇ」


 短い返事。


 普通であれば、しまった⁉︎と、なるところなのだが、た、達也君が私に話しかけてくれた…と、ほのかは満足するのであった。

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