第6話 兄妹
キーンコーンカーンコーンと、下校時刻を知らせるチャイムの音が学校内に鳴り響き、チャイムの音が鳴り止むと、下校時刻になりました…と、校内放送が流れ始める。
それを合図に、生徒達は各々が帰り支度をして、学校を後にするのがお決まりのパターンである。
勿論それは、相談部も例外ではない。
「…結局、誰も来なかったな」
相談部の活動は単純だ。
やって来た生徒の相談にのってあげること。以上である。
相談に来るヤツなど滅多にいない…というより、来た事があっただろうか?
「そうね。達也君」
「あぁ。途中まで一緒に帰ろうか」
パタン。と、お互い読んでいた本を閉じ、戸締りの確認をして部室を後にする。
部室の鍵を閉め、学生鞄を手に持ち下駄箱まで歩く二人。
途中まで一緒に帰ろうか。と、達也はそう言ったが、外が薄暗くなり始めていて、ほのかの事が心配だから…とかではなく、部室から下駄箱までは帰る方向が同じであり、別々に帰る理由がないからである。
「じゃあ俺、あっちだから」
「えぇ…また明日」
また、達也は自転車通学であり、ほのかは電車通学と、帰る方法に帰る方向も違うので、途中までとは下駄箱を出るまでであった。
下駄箱を出て、達也とほのかはそれぞれの帰路へと別れて行く。
「…………」
自転車置き場へと歩く達也。
やる気なさそうな、そんな達也の後ろ姿を、ほのかは無言で見つめていた。
達也と家が近ければいいのにな…と、ほのかは思うのだが、流石にそれは無理な事だと分かっている。
好きな人と一緒に帰りたいから、好きな人の家の近くに引越したい!などと、両親に言えるハズがないし、そんな事を言って、じゃぁ引っ越すか!などとなる家庭などまずないだろう。
何を考えているんだ!と、怒られてしまうこと間違いなしである。
けど、今日はいい夢が見れそうだ。
うふふ。あんなに沢山クッキーを食べてくれた…嬉しいなぁ。結婚して夜ご飯とか作ったら毎日…って、わわ、私、も、もぉ!!
気が早すぎる妄想を抱いてしまい、その所為で顔を赤くしたほのかは、早足で帰って行く。
最も、夕焼け空のおかげで、ほのかの頬が赤く染まっていた事は、幸い誰にも気付かれる事はなかった。
ーーーーーーーーーーーー
一方、達也はというと、顔を青くさせながら、昨日と同じ公園の前で携帯を取り出して電話をかけていた。
相手は言うまでもなく、いのりである。
「………何?」
「あ、あぁ。悪い。達也だけど」
「は?分かってるし。キッモ」
「………今日の夕飯の献立なんだけど」
「……………」
プツ。ツー。ツー。ツー。
ふ。流石だぜ。マイシスター。
俺でキモい。達也でキモい。では、何と言えばいいのだろうか?
上杉だけど…だろうか?
流石にキッモなどと言ってきたらブチ切れ案件ですわ!などと考えながら、達也は自転車を出来るだけゆっくり走らせるのであった。
ーーーーーーーーーー
家に帰り着き、顔を青くしながら夕飯の準備へと取り掛かる達也。
ただいまぁと言いながらリビングに入ると、珍しくいのりから声をかけられる。
「ちょっと、ここに座って」
ツン、ツン。と、右手人差し指で床を指差すいのり。
夕飯の準備が…とか、体調が…とか、言いたい事は色々あったものの、やはり最初にかける言葉はコレだろう。
「座ってって、フローリング何ですけど?」
「は?だから何?」
だからも何も、足が痛くなるじゃないっすかぁと、思った達也だったが、いのりから話しかけてきたという重大差を考えれば、確かにだから何だと言うのだろうかと考え直した。
言われるがままに床に座る達也。
あぐらをかきたいところではあったが、いちゃもんをつけられてはたまらんと、正座をする。
そんな達也とは対象的ないのり。ソファーの上で片足を組み、両腕を組んで口をへの字に曲げていた。ちなみに今日は制服姿ではなく、部屋着である。
「…………」
さて、一体なんなのだろうか?もしかして、人生相談ってヤツなのだろうか?しかしそれならそれで、夜中に俺の部屋にやって来て頬を叩く…いや、深夜3時に起こされても困ってしまうので、勘弁してほしいっす。
では何だ?先ほどの電話の件か?まぁ、聞いた方が早いか…。
そんな事を一通り考えていた達也が、何か用か?と口を開きかけた時である。
「アンタさ。何で毎回、毎回、電話してくるわけ?」
「何でって、そりゃあ、お前が食べたい物を作ってやりたいという気持ちがあってだな」
「は?お前?」
「いのりちゃんが食べたい物を」
「キッモ。マジやめて」
「……いのりが食べたいと思ってるのを作ってやりたいと思ってるからだよ」
イラッとする達也だが、怒ったりはしない。
というのも、達也はいのりに対して思うところがあるからである。
恐らくいのりは、反抗期なのだろう。
反抗期とは、中学生の頃におとずれる一種の病気みたいなものであり、思春期や成長期みたいなものである。
反抗期を一種の病気と表現したのは、思春期や成長期は必ずおとずれるが、反抗期はおとずれない人もいるからだ。
何に対しても反発(反抗)しないと気が済まない。自分が全て正しいと考えてしまう。そんな病気…それが、反抗期というヤツなのだろうと達也は考えていた。
ちなみにこの頃に中二病にかかる人もいて、後々大人になった頃に、この事を黒歴史として思い出し、悶え苦しくむ事になる。
アンタとか女王様みたいなこの態度も反抗期だからであって、根気強く付き合っていれば、いつかは昔みたいにお兄ちゃん♡と呼ばれると信じている為、達也が怒る事は滅多にない。
つまり、反抗期なら仕方がない。と、達也はそう思っていたのである。
「私が食べたい物を作ってやりたいって、私が食べたい物を一度だって口にした事があった?」
「ない…な」
「でしょ?なら、分かるよね」
つまり、電話をしてくるな!と、いのりは言いたいのだろう。
「け、けど、電話しなかったらしなかったで、何で電話しなかったんだ!って、怒るじゃねぇか」
理不尽な!と、流石に達也は反論した。
「は?当たり前でしょ?買ってきて欲しい物があったらどうするのよ」
「…………」
コイツは何を言っていやがる。誰か分かるヤツがいたら是非、分かるように説明してくれ。
当然、そんな人など現れる訳がないのだから、自分で何とかするしかない。と、達也は口を開く。
「……なら、俺が電話するのは、今言った事の為なんだろ?」
「は?アンタ何言ってんの?」
コッチの台詞ですけど(笑)などとは言えない達也。頬を引きつらせながら、何とか答える。
「…だから、俺が毎日いのりに電話をするのは、いのりが買って来て欲しい物があった時の為だって事だろ」
「は?そんなこと、一言も言ってきた事ないじゃん」
「……!?……す、すいません」
いのりの言う通りである。
達也が電話をかけていたのは、いのりが食べたい物を作ってやりたいという気持ちからであり、いのりが何か買ってきて欲しい物があった時の為ではない。
何か買ってきて欲しい物があった時の為に、毎日、毎回、電話をしているわけではないのだから、今の会話は可笑しいんですけど(笑)と、言われても仕方ない事だと理解する。
後付け、言い訳。
それは良くない事なのだからと、達也は素直に謝罪した。
「そもそもメールでよくない?私だって友達とメールとか、仕事の確認とかで忙しいんだからさ」
友達とメールするのが忙しいのであれば、俺とのメールなどしなければ良いのでは?と、達也は思ったが、ここでそんな事を言えば、いのりから怒られる未来しか見えないので自重する。
「分からんくもないが…」
ここはいのりに賛同しつつ、軽く注意を…いや、提案してます的なスタンスをとりつつ注意をするか…。
「は?分かるって、アンタ友達いないじゃん」
グサッ!という音が聞こえた気がする。
ちきしょうと、達也は顔を背けながら、ボソボソと反論する。
「……いやいや、友達の一人ぐらい、いるから」
兄としての威厳。いや、見栄というヤツであった。
「………!?」
達也が頬を引攣らせながらそう言うと、カッ!と、目を見開くいのり。顔を背けていた為、達也はそれに気付かない。
短い沈黙。
それに耐えきれず、お、怒らせちゃったかなぁ?と、恐る恐る目だけでいのりをチラリと見ると、うつむいているいのりの姿に気付いてしまった。しかも、肩をプルプルと震わせている事まで気付いてしまう。
…マズイ。コレは怒ってんなぁ。
兄妹として、それなりの付き合いである為こうなった場合は、怒っているんだと直ぐに気付く達也。
…う、嘘じゃないんだよ?ほ、本当にいるからな?エアー友達のトモちゃんという素晴らしい友達がな。
「……ふ、ふーん。それってさ、アンタの勘違いってヤツじゃないの?」
な、何て酷い事を言いやがるのだ。
明らかに、いのりは俺を疑っている。
しかし、一度ついてしまった
引っ込みが付かなくなってしまった。
「ば、馬鹿なこと、い、言うなよな。アイツとはマブダチってヤツなんだぜ」
はん。と、鼻で笑いながらではない。背中に冷たい何かを感じながら、達也は嘘を貫き通す。
ここで嘘だとバレたら、嘘をついたな!と、激おこプンプン丸になってしまうだろう。それだけは避けねばなるまい。
「……!?……男?女?」
「……!?」
益々いのりの機嫌が悪くなっていると理解しながらも、達也は嘘を貫き通した。
「お、女の子…」
男友達と言うより女友達と言った方が、何だかランクが上のような気がした為、達也はそう言ってしまう。
「……こ、今度、しょ、紹介…しなさいよ」
「…え?」
「紹介しろって言ってんのよ!馬鹿!!」
「は、はい!!」
バシン!というテーブルの音と共に、怒声を浴びせられる達也。
その所為で、上ずった声で返事をしてしまった。
「私。部屋に居るから」
フン!と言いながら、自室へと戻って行くいのり。
結局、これからは電話なのか、今度からメールなのか、何も分からずじまいであった。
ただ分かった事というより、強制的に決まってしまった事は、達也が女友達をいのりに紹介しなくてはならないという事である。
何処の世界に、妹に女友達を紹介する兄がいるというのだろうか…はぁ。
く、くそ…な、何故、こうなった。と、達也は別の意味で、顔を青くしてしまうのであった。
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