「箱の中のダレか」

「え、何これ。」


それは、大人のベッドほどの

大きさはある筒型の箱でした。


表面は分厚いガラスにおおわれていて

曇っているせいで中はほとんどが見えませんが、

中にいる人の手はちょうど胸のあたりで結ばれています。


女性か男性かもわからない、

水色の服を着た箱の中の人。


「生きてる人…なのかな?」


おそるおそる箱に近づくジョン太。


その手にはシワと血管が浮き、

乾いた肌は老人のようにも見えました。


箱にはいくつものモニターが付いており、

ピコピコと波のような線が動いたり、

『現在:エリア3を散歩中』という表示や、

20とか30といった数字がめまぐるしく変わっていきます。


「この人、病気かな。

 ここって病院なのかな?」


ここはどこか。

自分はどうしてこんな場所にいるのか。


不安な気持ちに押しつぶされそうになりながらも、

ジョン太はその場から離れようと2、3歩後ろに下がります。


すると、カチッと靴が何かを踏みました。


「へ?」


みれば、床が左右に開いていき、

一つの長方形の箱が姿を現します。


それは、隣よりすこし小ぶりな大きさの

ジョン太ほどの身長の子供が横になれるくらいの箱。


「え?あ、うわ…え、ええ?」


あまりの急な出来事に、

どうしていいかわからないジョン太。


そして、箱はパカッとふたを開けると、

ジョン太に向かってこう言いました。


『記憶を移します、

 箱の中に入ってください。』


「へ?あ?」


『箱の中に入ってください。

 本体の記憶を植え込みます。』


それは、ジョン太に向けられた言葉。


しかし、本体とは誰か、

自分は何をされてしまうのか。


ジョン太は顔から汗を噴き出しながら、

必死に首を振ります。


「い、いや。それは多分人違いだよ。

 僕はそんな記憶を移せるほど頭も良くないし…」


自分で言ってなさけなくなってきますが、

機械が誰かとジョン太を取り違えてしまっているのは

間違いありません。


しかし、機械はたんたんと言葉を続けます。


『早く中に入ってください。

 入らないのなら警備ロボットを呼びます。

 中に入ってください。』


「いや、だから…」


すると、青い灯りのともっていた部屋が、

急に赤く点滅を始めました。


『警備ロボット、警備ロボット、

 クローンが逃げ出します。クローンが逃げ出します。

 ただちに捕獲し転写装置の中に入れてください。

 くりかえします…』


「え、え、ええー。」


ジョン太はヨタヨタと歩き出しながら、

部屋から出ようと必死に出口をさがします。


すると、たった一つの出入り口と

思しきガラス製の自動ドアが箱の反対側に見えました。


ジョン太は慌ててそこへ向かうと、

スライドするドアの向こうへと転がり込みます。


「ここから、は、早く逃げない…と?」


しかし、ジョン太は部屋に入った瞬間、

その足を止めます。


…そこは、女の子の部屋のようでした。


ぬいぐるみの置かれたベッド。

可愛らしいクッションやカバン。


よくわからない数式や

難しそうな言葉の書かれた本棚。


壁には何枚かの写真も

ホログラムで浮かんでいます。


そこに写るのは背の高い女性。

…いや、顔はあどけないので少女でしょうか。


施設と思しき部屋の中で遊んでいる写真。

ふくざつな知恵の輪で遊んでいる写真。

難しい本や映像を見て楽しんでいる写真。


ですが、ジョン太はその顔に見覚えがあります。

確かに、先ほどまで一緒にいた記憶もあります。


でも、その顔は。


「ルナ…?」


なぜか口をついて出てきた名前。


その瞬間、ジョン太はヘソのあたりから

ぐいっと何かに引っ張られるような感じがし、

…そのまま、意識がとぎれてしまいました。

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