「青空の下の少女」
「管理棟」に入ってすぐ、ジョン太は目をパチクリとさせます。
扉の先に広がる青い海。
波一つない穏やかな水面はどこまでも続き、上には青空が広がっています。
「ここ、管理棟だよね。ドアを開けたのは確かだし」
念のため、後ろ手でドアノブをさわろうとしますがなぜかノブをつかむどころか扉の輪郭すら見つけることができません。
「…どうしよう。これじゃあパトリシアを見つけても帰れないよ」
オロオロしながら扉を探そうと必死に空気をかき回すジョン太。
何もない空間、まるで扉そのものがなくなってしまったかのようです。
「ええっと」
ジョン太は一瞬、持っているボトルにちらりと目をやりますが泡の妖精を呼ぶにはもったいないと首をふります。
「いや、これくらいの問題は何とか自分で解決しないと…あれ?そういえばなんで水の上なのに歩けるんだろう」
不思議なことに水面は歩いても靴がぬれず、水の中に沈むこともありません。
透き通った水の中を覗き込めばサンゴ礁の中を小さな魚が泳いでいました。
「…ガラスでも張ってあるのかな?」
さらに覗き込もうと四つん這いになったジョン太の前にバサバサっという音を立てて、背負っていたリュックの中身がこぼれます。
パジャマにお弁当のサンドイッチの箱、それに…
「げ、夏休みの宿題じゃん…うーん、どうしようかな。どうせ解けっこないような問題ばかりだし、ここに置いて無くしたと言い訳するのもアリかもしれないな」
そんなセコい考えを口に出すジョン太にクスクスと笑い声がかぶります。
「えー、そんな簡単な問題冊子じゃあ、私の暇つぶしにもならないじゃない」
可愛らしい声にジョン太は顔を上げました。
「それに足元に見えるのはただの映像。空も海もみんな本物じゃないの…まあ、私も似たようなものだけどね」
そこにいたのは白いワンピース姿の少女。
ジョン太とそう年の変わらない少女はジョン太の顔を見て首を傾げます。
「この管理棟に来たワンちゃんはパトリシアっていうの?道に迷っているみたいだし、君と一緒に私もその子を見つけてあげる」
長い黒髪。パッチリとした目元。
少女の白い肌は透き通るようにキレイでした。
「…どうしたの、ボーッとして。犬を探しに行くんじゃないの?」
素早く足元の宿題をひろい、ジョン太に押し付けてから歩き出そうとする少女に対し、ようやく動き出したジョン太はあわててパチンと口を閉じます。
「ええっと、ごめん。話が見えないんだけどさ。なんで僕がパトリシアを探しているってわかったの?」
大口をだらしなく開けていたこともさる事ながら、自分の顔が赤くなっているのを気づかれないように、そそくさと少女の後に続くジョン太。
その質問に対し、少女は涼やかな声で答えます。
「管理棟の監視モニターに犬が映っていたの。ここは、迷い犬が入り込むような場所ではないし、首輪もしていたから飼い主がいるのかなと思ってね。それに犬を見かけてから建物のどこもかしこも生体反応がどんどん増えていくし、原因を調べようと外に出ようとしたら…ちょうどあなたに出食わしたってわけ」
その話を聞いて、ジョン太は首を傾げます。
犬はおそらくパトリシアのことでしょうが、生体反応が増えるとはどういう事なのでしょうか…もしかして、ジョン太やパトリシアを追って数人の救助隊でもこの建物内に入り込んできたということでしょうか?
そんなことを考えているうちに少女は振り返り、ジョン太にこう尋ねます。
「私はルナ。あなたは?」
ようやく、ジョン太は自分の名前を聞かれていることに気づきます。
「えっと、僕はジョン太。本名は違うんだけれど、おじいさんも友達も僕のことをジョン太って呼ぶから自分でもそう呼んでいるんだ」
それを聞くと少女は「ふーん」と言って、ちょっぴり寂しげな顔をします。
「ジョン太があだ名か…いいな、友達がいて」
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