「認証手続きとお化け」

『3###さまー、こちらへどうぞー』


 パッと3−1の受付にランプがつくと、ジョン太はどう読むのかもわからない用紙を受付にいる女性ロボットに渡します。


『あああ、ああありがとうございいます。ででは、ご、あ案内致ししますすす』


 ガクガクとうなずきながら受付から出てくる女性ロボットにジョン太は不安を覚えますが、ここで認証を受けることは自分が決めたことなのでついて行くしかありません。


 そして、歩きはじめて気づいたことでしたがフロアの床は自動で動くようで、ロボットの背後にただ立っているだけでジョン太の体はスルスルと前へと進んで行きます。


「こりゃあ、楽かも」


 歩かなくてすむなら、こんな楽なことはありません。

 ジョン太は気持ちに余裕ができたのでフロアを見渡します。


 …美味しそうな食べ物や飲み物のコマーシャルが流れる自販機。

 砂ぼこりが溜まっていますが、ふわふわのソファにアニメが流れる噴水。


 昔は人の活気であふれていたであろうフロアは暗い上に砂っぽく、ジョン太の不安と寂しさは募るばかりでした。


 コツッ


 そんな折り、近くで小さな音がしたのでジョン太は音のする方を見ます。


 …自販機の明かりに照らされる白い肌の女性。

 長い黒髪にどこかさみしげな目。


 その顔が一瞬だけジョン太の方を向いたかと思うと、ふいにスーッと足元から消えていき、数秒で完全にその姿が見えなくなりました。


「え…」


 目の前で起きたことに絶句するジョン太。 

 とたんに案内していた受付ロボットに肩を叩かれ、ジョン太は飛び上がります。


「きゃあ、おばけ!おばけがいた!」


 パニックになったジョン太はすぐさま受付のロボットに聞きました。


「ねえ、さっき自販機近くに女の人がいたよね、消えたりしなかったよね?」


 すると、ロボットは少しだけ自販機を見つめたあと首を振ります。


『い、い、いえ。いません。自動販売機の前には生体反応が、あ、ありません。それよりも、も、写真を撮影しますので、で、この中に入ってください』


 ジョン太の腕を取ったロボットは「撮影室」と書かれた部屋へと進みます。


「ちょっと、本当にいたんだってば!」


 ですがロボットの力は強く、ジョン太はなすすべなく部屋に押し込まれます。


「ねえって…!」


 バタンと閉まるドア。


 ロボットと一緒に入った部屋の中はさらに暗く、奥には伸び上がった巨大な影と大きく光る目玉のようなものが見えます。


『だ、大丈夫です。すすすすぐ、すみますから』


 ぼんやりとした明かりの中で顔を近づけるロボット。その顔は床下から当たる非常灯のランプのせいで何だかひどく恐ろしげに見えて…


「うわーん、こんなところごめんだよおー!」


 ジョン太はロボットの手を振りほどくと、マンガみたいに足を回転させて部屋から飛び出します。


 実は部屋にいた巨人は写真を撮るためのカメラであり、目玉は全体を撮るための照明だったのですがパニックになっているジョン太にとっては、そんなこと、知るよしもありません。


 そうして、散々右往左往してからの10分後。


『…でしたら、さっさと道案内をしてくれとお願いすれば良かったのに。たった一度だけボトルを押せばよかったんですよ。なのに手間ばっかりかけさせて』


 通路の二本線上を走るエレベータの中で、スキューマはため息をつきます。 

 その隣で涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったジョン太は何も言い返せません。


 エレベータの壁にはスキューマがシステムをハッキングして盗み出した建物のマップが表示され、ジョン太のいる階の端っこ…「管理棟」と書かれた場所には青く光る点と「パトリシアさま」という字が浮かび上がっていました。


『だいいち、お化けなんているわけないじゃないですか。そんなものは怖がっているからこそ見えるものなんです。知識を身につけて物事を正しい側面からとらえられるようになれれば、ずいぶんものの見方も変わってくるはずですよ!』


 そう説教を垂れながらも、手際よくエレベータを止めるスキューマ。


 ついで、エレベータのドアがスルスルと開き、スキューマはやれやれといった体でジョン太とともに箱から降ります。


『はい、この先の扉の向こうにお探しのパトリシアさまがいらっしゃいます。扉のロックはサービスで開けておきました。この願いで残りは98回。どうぞにお使いくださいませ!』


 そう言って、シュワワっと消えるスキューマ。


 ジョン太はがっくり肩を落とし、「管理棟行き通路」と書かれた扉へと入って行くのでした。

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