「水平線のサンドイッチ、グラスジュース添え」

少女がだまりこんでしまったので、

今度はジョン太が少女にたずねる番でした。


「ねえ、ルナ…だっけ?君ってここに住んでるの?

 この建物もすごいよね。なんだかいろんな施設があるし。」


仲良くなれないかとちょっぴり下心を交えた質問。


でもそれを聞くと、ルナはどこか不満なのか、

カンっと分厚い木のサンダルのかかとを鳴らしました。


「全然。どれもこれもオンボロだし壊れて使えない場所がほとんど。

 食事だって全然美味しくないし…なんなら食べてみる?」


そう言って、ルナが床を指さすとそこにぽっかりと穴が開き、

すぐに白いテーブルに載ったグラスが生えてきました。


「どうぞ、本当は私の昼食だけど、

 今は食べたい気分じゃないから。」


それはピンク色をした一杯のジュースのようでした。


中にはプカプカと浮かぶ小さな固そうなパンも入っていますが、

…どうにもこうにも美味しそうには見えません。


ちょうどテーブルに椅子も付いていたので、

ジョン太は腰掛けながらおそるおそる匂いをかぎますが、

グラスの中からは、なんとも形容しがたい匂いがします。


「えっと、これ甘い?」


上目づかいに聞くジョン太。


「ううん、むしろ苦い。」


首をふるルナ。


ジョン太はグラスを手に取り、

ゆっくりと中身を飲んでみます。


とたんに、おじいさんの使っている入れ歯安定剤に近い、

すさまじい味のハーモニーが口いっぱいに広がりました。


「うおえ、けほっ…なにこれ、

 すごい味がするんだけど。」


そのあまりの不味さにジョン太は一口飲んだだけで、

グラスをテーブルに戻してしまいました。


それを見たルナは「うーん、やっぱり」と、

言いつつ大きくため息をつきます。


「…はっきり言って不味いよね。

 鉄分とか、ミネラルとか、食物繊維とか、

 体に良い栄養素をたっぷり入れてあるらしいけど、

 どうにもこうにも私の口には合わなくって。

 だから、こっそり栽培プラントにある果物をくすねて食べてるの。」


ペッペッと口に入った残りをハンカチに吐き出すジョン太。


「…なんでこんなの飲まなきゃいけないの。

 これなら、おじいさんのサンドイッチを一緒に食べた方がいいよ。」


そうして口元をぬぐいながら

ジョン太がリュックから取り出したのは、

紙箱タイプのランチボックス。


中を開ければトマトとレタスとチーズとハムを

はさんだサンドイッチが顔をのぞかせます。


「食べて、僕も口直ししたいから半分こになっちゃうけど。」


そう言って、その中の一つを手にとって食べ始めるジョン太。


ルナはサンドイッチを初めて見るのか、

しげしげと具の挟まったパンを眺めます。


「食べてもいいの?」


「…どうぞ。」


ジョン太の言葉に勧められ、

恐るおそる一つ手に取るとパクッと一口食べるルナ。


とたんに顔いっぱいに笑みが広がりました。


「おいしい。これ、すっごいおいしい。

 あなたのおじいさんってシェフなの?」


そう言ってサンドイッチを次々と食べるルナに、

ジョン太は大笑いして負けじとサンドイッチを

手に取りながら答えます。


「ないない、ただの海洋学者。

 家の近くにある港で船に乗って、

 海の生き物や海底の地形を調べているんだ。

 別にシェフでもなんでもないよ。」


すると、三つ目のサンドイッチを

くわえたルナは床に視線を落としました。


「そっか、おじいさんが海洋学者で、

 本物の海の近くに住んでいるんだ…いいな。」


最後のサンドイッチのかけらを口に放り込んだジョン太は、

指についたからしソースを舐めつつ首をかしげます。


「なんで?海なんてどこにでもあるじゃん。

 外に出ればすぐに見れるよ?」


ですが、ルナは首をふりました。


「ううん、私はダメなの。外に行けない。

 ここにいなきゃいけない、理由があるから…。」


そして、その言葉を合図にするかのように

テーブルは再び床に沈んでいき、

ジョン太はあわてて空のランチボックスを

置いていた机からリュックに戻します。


…後には静かな水面と、

ルナとジョン太だけが残されました。


「…それよりも犬を探しているんでしょう?

 サンドイッチも食べたし、そろそろ行かないと。」


ルナはそう言うと、

少しうつむきながら水面を歩き始めます。


ジョン太はその様子に驚きつつも彼女に言われるまま、

その後について行くことにしました…

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