「島の支配者?イデア博士」

ジョン太たちの足元いっぱいに映る

白いヒゲの生えた老人の巨大な顔。


これだけでも驚きですが、

ジョン太にはその顔にどこか見覚えがあります。


「どこだったかなあ?

 なんかほんの先週あたりにこの顔を見た気がする。」


うーんとうなるジョン太ですが、

記憶力に自信がないのでイマイチ思い出せません。


ですが、どうやらその効果は絶大だったようで、

目の前の黒手袋の理事長はジョン太たちには目もくれず、

驚いた顔で床にへたりこんでいます。


「ど、どうして貴方がここに。

 だって貴方はすでに50年以上も前に亡くなって…」


理事長のその言葉が聞こえているのか、

床に映った老人はフンと鼻を鳴らします。


『ワシの人工知能の開発を忘れたのか?

 自分の意思を愛娘のような機械達に受け継がんわけがなかろう。

 記憶をインストールし来るべき日に備えていただけのこと。

 ワシの教え子であるお前のような青二才が勝手に島に入り込み、

 荒らしまわるなど言語道断だ!』


理事長は必死に笑顔を浮かべつつ両手を揉みながら、

まるで小者のように弁解の言葉を述べます。

 

「そ、そんな…創設者にして初代青少年学習機構の

 理事長であらせられるイデア博士が設計したこの島を、

 我々がいたずらに荒らすはずがないじゃありませんか。

 私どもはただただ、この島の異常事態の実態を確かめようと。」


その言葉にイデア博士と呼ばれた老人は、

フンと鼻をならすと、怒った顔のままで指をパチンとならします。


『ほほお、これでもそうだと言えるかの?』


その瞬間、中央に積まれたロボットの残骸の中から

何かがロケットのように飛び出し、

ドスンとジョン太たちの目の前に落ちます。


すると、それを見た理事長は「ひゃあ」と言って

床にひっくり返りました。


それは、奇妙な形をしたアンテナを持った物体。

何かに例えるなら、そうレーダーに似た機械でした。


『これが何か、お前さんはわかるだろう?

 この島をずーっと見てきたワシも知っているぞ。

 これは、シギヤマご夫妻の開発したワームホール装置だ。

 もっとも、その中身は数年前にお前さんによって、

 書き換えられたものだがな…』


ですが、それ以上の言葉をイデア博士が続ける前に、

理事長は自身の手袋から強力な電流を発すると、

鬼のような形相をしながら床に広がる画面に触ろうとしました。


「それ以上は言わせん!

 手袋ならこの程度の人工知能、最大値でショート可能だ!

 無論、ここにいるガキども道連れだ!

 何しろここに来ている人間はこのガキども以外、

 全員、私の手袋で脳波を操作されているからな。

 誰も私を止めるものはいない…!」

 

しかし、それ以上の言葉を

理事長は続けることはできませんでした。


瞬間、理事長の両手にバシッと何かがはりつき、

そのはずみで理事長はでんぐりがえりの要領で

無様に床に転がりました。


「あ、腕が…私のうでがああ!」


みれば、天高くかかげられたその両手には

巨大な包帯のようなゴムバンドが巻き付いていました。


それは相当頑丈らしく、

理事長がどう暴れてもそれはほどけませんでした。


「誰だ!こんなことをしたのは!」


すると、飛行船の後ろから、

一人の赤い縁取りメガネの女性が出てきます。


…名前は確かクロサキ、

ジョン太のおじいさんの元教え子のはずです。


彼女は片手にタブレットを、

片手には矢の代わりにゴムのついた

ボウガンのような道具を持って、

サカモトの方へと歩み寄ります。


「クロサキ、なんでお前は

 私の言うことを聞かないんだ!」


口角泡を飛ばしてクロサキにさけぶ理事長。


それにクロサキは赤いメガネを外しながら、

さらりとこう答えました。


「ああ、この飛行船に乗った時に私の頭部に触れて何か言っていましたが、

 私、個人としては悪質なセクハラだと思っていましたよ。

 …これ、頭部を守るバリアーの役割をする絶縁体のメガネでしてね、

 つけている限り私に機械で干渉することはできないんです。」


そしてクロサキは手に持った、

ゴム付きのボウガンを見やります。


「理事長、あなたの手に巻きついているのは

 電子機器を使えなくする専用のバンドです。

 先ほどの発言、手袋を使えばロボットだけでなく、

 ここに来ている人間の脳を操作できるといいましたね?

 その言葉に噓いつわりはありませんか?」


「な、なんだ?なんの話だ!?」


目を白黒させる理事長。


その時、周囲を見渡したジョン太は驚きます。


なんと先ほどまでロボットを指揮していた

人々のほぼ全員が地面に倒れ伏せて動かなくなっていたのです。


それを見渡したクロサキはフーッと息を吐くと、

上着から『政府公認電子機器調査員』と書かれた

電子手帳を取り出しました。


「…状況証拠は十分なようですね。

 青少年学習機構の理事長であるサカモト博士、

 あなたを電子機器法、第12条の違反及び、

 機械による人格操作の現行犯で逮捕します。」


その瞬間、サカモトが叫びました。


「くそ、さてはお前マル電の調査員だったな!

 いつから分かっていたんだ。」


その言葉に涼しい顔をするクロサキ。


「それをあなたに言う必要はありません。

 私たち政府公認電子機器調査員は電子機器による

 非合法の犯罪が行われていないかを調査する人間。

 こうして状況証拠がそろった以上、

 あなたを野放しにすることはできませんから。」


そう言って、立ち上がったクロサキは

ジョン太のほうを向くとにこりと笑います。


「大丈夫?そっちのお嬢さんも怪我はない?」


ジョン太はルナの方を見て、

ルナもジョン太の方を見ます。


お互い怪我はないようでしたが床に視線を落としたジョン太は

足元のイデア博士の映像が全く動かないことに気がつきます。

 

それには気づいていないのか、

クロサキは理事長が逃げ出さないように

両手両足をきっちり縛り上げるとゴロンと床に転がし、

ボウガンを折りたたんでから、大きく息を吐きます。


「まあ、ひとまずは大丈夫みたいね。

 このサカモトって奴はね非合法のデバイスを開発して

 青少年学習機構の生徒や教員を自分の装置で洗脳して

 自分のいいように使っていたみたいなの。」


カシャカシャとタブレットに付いたカメラで

現場の写真を撮っていくクロサキ。


「入った生徒の様子がおかしいという保護者のタレコミで

 こっちも調査に入ったんだけどなかなか尻尾を出さなくてね。

 でも、こいつのした悪さはこれだけじゃあなかったみたいね。

 …ねえ、あなたもそう思っているんでしょう、

 そこの階段を上っているロボットの看護士さん?」


その言葉の通り、

階段を見たジョン太は驚きます。


階段を上る一体のロボット。


それは、数時間前にルナが寝泊まりしていたという

図書室に置かれていた看護ロボットで間違いありませんでした。


しかし、あの時見た姿は完全に壊れていたようにも見え、

このようにキビキビと階段を上ってくるなんて想像もしません。


そして、大きな瞳を持つロボットは広場までくるとぺこりと一礼し、

スピーカーの音声でジョン太たちに語りかけました。


『島を守ってくださってありがとうございます。

 私の父ト母はこの男に騙されて私の病気を治す交換条件としテ

 惑星の開拓地にあるワームホールの装置ニ近づけてしまったのでス。

 …それが、この島の不幸の始まりでしタ。』


たどたどしいながらも、

キビキビとした発言。


ジョン太は、突然現れた

ロボットの言葉に心底驚きます。


「ちょ、ちょっと待って…君は一体。」


すると、ルナが先へと進み、

信じられないという表情でロボットを見ます。


「『ルナ』…あなた、オリジナルの『ルナ』なの?」


ロボットはルナの顔を見ると、

こくんと小さくうなずきました。


『ソウです、私の体はすでに

 あなたが生まれた時に朽ち果てていました。

 意識だけを機械に残し、この島をさまよっていたのです。』


その時、ジョン太は積み上げられたロボットの中で

見覚えのある箱が落ちていくのを見ました。


それは、『ルナ』と呼ばれた

人の入れられていた箱。


彼女の生命維持装置とも言える箱。


それは山となっていた残骸の中を転がり落ち、

砂のなくなった地面の上で粉々に砕け散りました。


…しかし、その瞬間にジョン太は知りました。


箱の中に入っていたのが、

ただの砂だという事実に。


真っ白な砂以外、

ガラスの表面に映し出された人の映像以外、

箱の中には何もないという事実に。


『私の名前はシギヤマ・ルナ。

 …惑星フロンティアで生まれた唯一の人間でした。』


ロボットはそうつぶやくと、

この島に起きた出来事を淡々と語り始めました。

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