「引いた砂と飛行船」

「すごい、本当にみるみる砂が引いていく。」


ジョン太は手すりにつかまりながら、

傾きの直っていく島の周囲を見渡します。


砂の全体量はすでに半分以下になり下にあった建物や水路、

装飾された巨大な数字となぜか島の地面以上に広がる、

黒い長短のついた二本の板状の物体がよく見えました。


島の端にそびえ立っていた白いウミユリも姿を消し、

今は砂によって集められた建物の中の機械の残骸が

山となって積まれています。


「うう、この中からオリジナルの『ルナ』を探すのか。

 かなり骨が折れるだろうな。」


そんなことをジョン太がつぶやいていると、

周囲のジョン太たちから悲鳴のような声が上がりました。


「うわわわわー」


「吸い込まれるー。」


とたんに、ボンボンとジョン太の姿がはじけ、

砂となって下へとザラザラと落ちていきます。


砂は落下した先で流砂に飲まれ、

ロボットの残骸の方へとなだれ込んで行きました。


「作戦がうまくいったみたいだから分身を解除したの。

 性格も同じだから本人たちには、

 ちょっとかわいそうな気もするけどね。」


みれば、後ろのドアを開けて

パトリシアをかかえながらルナがやってきます。


どうやらあの傾きの中でも

ちゃんとどこかにつかまってようで、

体に傷一つありません。


「よかった。もし建物の中で

 怪我でもしたらと思ってたんだ。」


その言葉にルナはジョン太の体をながめまわし、

少し残念そうな顔をしました。


「でも、ジョン太はすり傷だらけになっちゃったね。」


「えっ」と思って体を調べてみると、

確かに膝やら頬に細かいすり傷があります。


どうやら、分身たちが押し合いへし合いしているうちに負った傷が

積もりに積もってジョン太の体についてしまったようです。


ジョン太は心配かけまいと、

傷の近くのホコリを払いながら、

ルナに笑いかけます。


「大丈夫。大きな怪我は一つもないから。

 ルナにも怪我はないし、これで『ルナ』に…」


と、言葉を続けようとしたジョン太は

その先の言葉を飲み込みます。


そうです、これから下へと降りて、

オリジナルの『ルナ』の入っている機械を

探さないといけないのです。


そして、無事に動くようなら、

ルナは将来的に『ルナ』の記憶を移植して…


「どうしたの?下に行かないの?」


みれば、すでにルナは下へと続く

階段を降りている途中であり、

ジョン太は急いでその後に続きます。


「…ねえ、ルナ。」


「何、ジョン太。」


砂と同じ色をした真っ白な階段は、

今や太陽の光を受けてキラキラと輝いています。


「記憶を移植するって怖くないの?」


ルナは少し考えたようでしたが、

すぐに首を振りました。


「ううん、だって私は医療用に造られたクローンだもの。

 彼女のために勉強し、彼女のために体を維持する。

 それが仕事であり役割なのだから文句を言っちゃいけないわ。」


それでも、ジョン太には納得がいきません。


「でも、ルナがルナだった時の記憶は消えちゃうんだろ?

 そんなの…僕がさみしいよ。せっかくできた友達なのに。」


その瞬間、ルナは大きく目を見開き、

ジョン太に何か言おうとしました。


ですが、それを口にする前に、

ジョン太が前方からやってくる物体に気づき、

声をあげました。


「…あれ、飛行船じゃないか。

 しかも何機もこっちに向かってくる。」


それは、巨大な飛行船。


側面には図を描くためのコンパスと

学制帽を組み合わせたエンブレムが入っており、

ジョン太はその紋章をどこかで見たような気がします。


「あれは、青少年学習機構が所有している飛行船よ。

 図書室の資料に載っていたけれど、

 昔はあの飛行船にたくさんの学生や学者が乗ってきて、

 島の開拓の技術開発を手伝っていたの。

 砂が落ちてこなくなったから、ここの様子を見に来たのだわ。」


飛行船はまだ動く流砂に停める場所を決めかねているようでしたが、

やがて高台より下の広場に砂のない場所を見つけると、そこに着陸しました。


「行きましょう。中にかなりの人が乗っているはずだから、

 いっしょに機械を掘り出してくれるかも。」


足をはやめながら階段を駆け下りるルナに

ジョン太は聞きます。


「ルナ、向こうの人たちは

 君が生きていることを知っているのかい?」


その言葉にルナは顔を曇らせます。


「…正直、分からない。

 私が物心つく頃にはすでに青少年学習機構と

 通信もできないような状態だったし、

 私がクローンのルナであることを知らないかもしれない。」


そう言って、足を鈍らせるルナに

ジョン太はだんだん不安になっていきますが、

ルナはあわてたように言葉を続けました。


「でも、理事長なら事情を知っているはずよ。

 何しろこの島の開拓事業に早いうちから関わっていたし、

 『ルナ』の話を持ちかけたのも彼だって、

 資料に書いてあったから。」


二人が広場に向かうとすでに飛行船は到着し、

中から何人かの人が降りてくるのが見えました。


その中の一人、

背広に黒手袋の深いシワのきざまれた老人がこちらを向くと、

ジョン太はその顔に見覚えがあることに気がつきます。


「あ、理事長ってこの人か…」


ジョン太は講堂で見た老人のことを思い出し、

思わずそうつぶやきます。


確かに、この人なら

ルナの助けになってくれそうです。


しかし、ジョン太がそれ以上近づく前に、

突然、パトリシアがルナのうでから飛び出し、

ジョン太と理事長のあいだに立ちはだかりました。


ううううう…


それは、今までパトリシアが見せたことのない顔。

明らかな敵意のある顔でした。


「え、パトリシア。どうしたの?」


あわてて駆け寄るジョン太に、

理事長は二人に気がつくと声をあげます。


「おお、君はジョン太くんじゃないか!

 よく無事だったね。おとものワンちゃんも一緒なようで。

 …ところで、その女の子は誰かね。」


そう言って、近づいてくる理事長とは裏腹に、

ジョン太はなぜかルナが自分の背後に

回ったことに気がつきます。


「見たことのない子だが、

 彼女もここにさらわれてきた子なのかい?

 まあ、こちらで事情を聞けばいいだけの話だけれど。」


そして、伸ばしてくる理事長の手に、

ジョン太はあわてて後ろに下がります。


理事長のしている黒手袋。

なんだかそれを見てひどく嫌な感じがしたのです。


それに気づいた理事長は自分の手袋を見つめてから、

ホッホとどこか楽しげに笑いました。


「ああ、この手袋が気になるのかい?

 …まあ、他に聞いている人間もいないから話せるが、

 これは私が開発したシステム干渉型の特別デバイスでね、

 ほれ、そこの機械にさわってみようか。」


みれば、高台には砂から取り残されたのか、

一台の警備ロボットがぐったりと床に横たわっています。


それに理事長が手をかざすと、

ガクガクと軽く痙攣してから

元のようにすっくと立ち上がりました。


「これ、この通り。多少壊れた機械でも

 元のように直して動かすことができる。それにほれ、」


そう言うなり、理事長がクイッと指を動かすと、

警備ロボットは警棒を手に持ちながらゆっくりと歩き始めます。


「一度手をかざしたものは電波が届く限りオート操作もできる。

 マコトに便利なアイテムなんだよ。」


得意げに胸を張る理事長。


「…はあ。」


ジョン太は理事長のその行動を見ていても、

イマイチその便利さがわかりません。


すると、その様子を見ていた理事長は、

なんだかガッカリした顔でジョン太を見ます。


「え、サイトー博士の孫なのにスゴさがわからんの?

 …この頭ならわざわざ門下生にする必要もないかもな。」


ちろりと言った言葉に、

ジョン太はどこか馬鹿にされた気がしましたが、

逆に何か助かったような気もしたので黙っていることにしました。


そして理事長が次に何か言おうとした時、

周囲に大きな音が響きます。


それは、物を派手に壊す音。


みれば、次に来た飛行船から次々とロボットが降り立ち、

最初に降りてきた数人の指揮のもと、

下に積み上がったロボットの残骸をスクラップにしたり、

難しげな機器を持ち込みながら建物の内部へと

入り込んでいくのが見えました。


それを見たルナは真っ青になります。


「なぜ、あんなことをするんです!

 あれはこの島のロボットですよ。

 何で青少年学習機構が勝手に壊しているんですか!」


すると理事長は「ほう、こっちの方が頭の出来はいいのか」

とつぶやきながら、こう続けました。


「いやね。この島の責任者とは以前契約を結んでいてね、

 島の権利の半分は青少年学習機構のものなんだよ。

 今現在、どー見たって島は機能しているようには見えないし、

 そうなるとこちらが今後の判断をするべきだと思ってね。」


「…え?」


呆然とするルナに、

彼女の顔をちらりと見た理事長はこう言いました。


「それにしても、君はこの島の最高責任者だった

 シギヤマ博士の娘さんにそっくりだ。

 …でもおかしいな?娘さんは病気のはずだったし、

 あれほど手紙で止めていた非合法のクローンにでも

 手を出したかなあ、そうでもなければここまでそっくりには…」


非合法のクローン?


ジョン太はルナの顔を見ますが、

ルナもショックな顔で理事長を見ます。


「え?何で、クローンを造らなければ

 助からないと言ったのは青少年学習機構そちらじゃないんですか?」

 

それに対し、ホッホと理事長は笑います。


「そうかのう、そうだったのかのお?

 でも非合法は非合法。君が自身をクローンだと認めるならば、

 それ相応の場所に連れて行かねばならんのが、こちらの仕事。

 ちょいとついてきてくれるかい?」


そう言うなり、

理事長はルナを捕まえようと手を伸ばします。


なぜか、その瞬間にとてつもなく嫌な感じがし、

とっさにルナをかばおうと前に進んだジョン太ですが、

その時、足もとから怒声が響き渡ります。


『くぉら、サカモトよ!

 青少年学習機構の理事長の身分になりながら、

 ワシの島で何をしている!無礼にもほどがあるぞ!』


ジョン太は声のする方を向き、

ギョッとしました。


そう、ルナやジョン太が立っている

飛行船の乗った高台。


その高台の床いっぱいに憤怒の表情でサカモトをにらみつける、

巨大な老人の顔があったのです…

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