「泡の妖精、一世一代の大仕事」

『あーあーあー、できる仕事はやりますけど、

 故障して失敗に終わっても知りませんよ?』


妖精スキューマはボトルから出ると同時に高台の下へと、

ナノロボットのひしめく砂の海へと飛び込みました。


普通の人であれば砂の中などもぐれば何も見えないはずですが、

スキューマはもともと陸海空どこでも行けるように作られた

応用型ナノロボットのはしくれ。


内部に搭載したレーダーで周囲を見渡せば、

数キロ先まで視界はクリアになります。


そこでわかったこと。


高台はもともと高い建物の一部分でしかなく、

下層に行くほど都市部のようになっていて、

今ではそのあちこちに砂による圧力で穴が開き、

砂の侵入を許していたということがわかります。


『…どうやら中央部分は固い外壁で

 防護されて無事だったようですが、

 人口だってそれなりにあったでしょうに、

 砂が湧き出しただけで都市が全滅するなんて、

 むごいことですね。』


壁ぞいに装飾としてあしらわれていたであろう、

豪華ながらも頭部の崩れた女性像の横を通り過ぎながら、

建物の一部である古代遺跡に似せた石柱のあいだを通り、

スキューマは下へ下へともぐります。


今や周囲に広がる砂の大半は

スキューマと同型機のナノロボットですので、

スキューマがどいてくれるように信号を出せば、

簡単にどいてくれます。


そして彼らと交信したことで気づいたのですが、

どうやら砂のナノロボットは機械と接触したことで

意識が半ばバラバラになっていて形こそは保っているものの、

時間が経てばバラけてしまう可能性がありました。


『砂の量が増加し続けているせいで意識の統合が間に合わないと。

 …もったいない気もしますが、ここは元のように砂を砂として

 外に出すしかないということですね。』


スキューマは島に広がる砂の成分を分析した結果、

含んでいる物質のうち地球にはない未知のものを

いくつか含んでいることを突き止めていました。


その物質が何なのか、どんな性質を持っているのか、

まだまだ調査の余地はありますが未知の領域にある以上、

将来的にイデア・アイランドに役に立つ可能性は高いと

スキューマは打算し、あわよくば回収しようと目論んでいました。


そして実験として周囲の砂を一時的にナノロボットに変化させ、

詳しい調査のために近くのイデア・アイランドまで

まとめて運ぶ計画を立てていたわけですが…


『イデア・アイランドの実験に使えない以上、

 正規の値段で支払っていただくのが通常ですからね。

 それにしても、5,000回分とは…

 私が試験的に作られた第1号だったのが幸いしましたね。

 こうして使い方に穴が見つかった以上、

 今後はもう生産されないでしょうし。』


つまり、ジョン太にとって幸か不幸か、

スキューマのボトルは最初で最後の商品として

その役割を終えようとしていたのです。


そして、スキューマは砂の中を泳ぎながら、

前方に手をかざしました。


『お、見えてきましたね。

 あれが騒ぎの元凶である穴ですか。』


砂の吹き出し口である穴。


人工的に発生させられたワームホールにたどり着くと、

スキューマは同じように集まっていた別のスキューマと

次のような交信を行います。


『ヘロー、ヘロー?これからどうします?

 みたところワームホールの穴はあくまでこちら側に

 吹き出すように力が働いていますが。』


『この穴の重力場を逆転させてみましょうか。

 そうすれば、砂は外に出て行くようになりますよ。』


『砂にも働きかけて向こうの惑星に行くようにしましょう。

 ともすれば、機械に入り込んでいた砂も穴に向かって

 積極的に動いていくでしょうから。』


『そうしましょうか?

 穴をふさぐのも含めると計算ではちゃっきり

 5,000回分になるでしょうし。』


『金額で概算するとざっと2000億円ですか。

 他の星で宇宙基地を作るよりも安いですね。

 ほとんど材料費分だけの値段だし、

 …人件費にしては低コスト過ぎです。』


そんな裏話を交えつつもスキューマたちは穴に向かうと

バチバチと放電しながら穴の性質を変化させていきます。


…その頃、穴の向こうの惑星では

ある変化が起こり始めました。


今まで上から下へと落ち続けた砂が、

急にその動きを止めたのです。


そして、今度は穴の中から湧き出すようにして、

外へと出ていた砂が逆流を始めました。


砂はわき出すごとにいきおいを増していき、

近くにあったドーム型の基地にも押しよせます。


基地は柱が下に埋め込まれた高床式になっていましたが、

この10年近くの砂の流出により足元の柱が丸見えになり、

建物自体も支える力をなくして半ばくずれかけていました。


そこに砂が大量に流入してきたのだからたまりません。


砂は柱を押し流し、

支えを失ったドーム状の建物が

砂の中へと埋もれていきます。


そうして、次々と建物が押し流される中で、

この状況を引き起こしたスキューマは

建物の中に混じって不可解な形をした

レーダーを一機、砂の視界を通して見つけていました。


分析すると、どうやらそれは人工的に作られた

ワームホールの力を制御する装置のようで、

装置のシステムにアクセスしてみると、

穴の力に関する一部のプログラムが

数年前に人為的に書き換えられた跡が読み取れました。


『ふうむ、確か砂は事故によって起きたとか

 あのお嬢さんは言っていましたが、

 これを見るに誰かが仕組んだとも考えられますね。』


しかし、その装置も砂に飲み込まれ、

かつ穴も砂を吐き続けることしかできませんので、

これを証拠品として外の世界に出すことは、

もはやスキューマの力では叶わないように思えました。


『まあ、私も穴の力を逆にさせることと

 砂を操作することしかお願いされていませんし、

 それ以上の行動には制限がかかりますからね。』


すでに願いを叶えた以上、

スキューマの役割は終わったも同然です。


願いを叶えたら泡として消える。


その明確なプログラムに従い、

スキューマはすでに半身が消えかけていました。


『ボトルの残りも0…まあ、探偵小説ならば最低のオチ。

 いわゆる事件は迷宮入りってやつになりますな。』


そうして、完全に消えゆく中で、

スキューマは奇妙な言葉を聞きました。


(…それは、困るわ。私なら、彼らにこの事実を伝えるのに。)


若い女性の言葉。


空気の振動ではなく、

直接伝わってくるその言葉に、

スキューマは顔を上げます。


しかし、そこには誰もいません。


暗闇の砂の中、レーダーで調べても、

穴の外であるその場所には壊れた建物の残骸と

ロボットしかありません。


そこで、スキューマは気づきました。


砂から変異したナノロボット。


その砂の入り込んだ機械もナノロボットと同様に

意識を統合されつつあるということを。


統合された意識の中心部に

核となる存在がいたことを。


そして、スキューマは

もはや消えかけた顔で口を開きます。


『ああ、なるほど。そういうことでしたか。

 でしたら、あなたに頼みましょうか?

 どうやらあなたはすべての経緯を見てきたようですし、

 今の姿はナノロボットの集合体です。

 多少の無理はきく体ですからね。』


相手の姿はスキューマには一切見えません。


しかし、スキューマには

その相手が確かに微笑んだように思えました。


(…ありがとう。)


スキューマはその言葉を聞きながら

砂の中へと消えていきます。


役割を終えたナノロボットとして消滅しながら、

最後に相手から初めてお礼を言われたことに驚きながら、

そして、彼女に仕事を託せたことにどこか安堵感を覚えながら、

…スキューマは砂の中でナノロボットとして、その生涯を終えました。

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