「砂の果てのウミユリ」

妖精スキューマによって

砂はナノロボットへと変化し、

周囲の砂をも巻き込みます。


巻き込まれた砂は数秒も経たないうちに

目に見えないほど小さく繋がれたロボットへと変えられ、

まわりの砂を巻き込みながら数を増やします。


そうして、互いにつながりあう砂の先、

砂が湧き出す先には一つの穴がありました。


その穴はかつて島と惑星の空間をつなげた

ワームホールと呼ばれる穴で、

その大きさはマンホールのふたほどです。


しかし、穴はまるで掃除機の

吸い込み口のように惑星の砂を吸い続け、

島の許容量をゆうに超えながら外へとあふれ出し、

こぼれた砂は周囲に雨となって降り続けます。


開拓の当初から惑星の砂がどれほどの量があったのか、

また現在は向こうの惑星にどれほどの砂が残っているのか、

今となってはもうわかりません。


ともかく、ナノロボットの働きによって

一かたまりの意思を持った砂たちは、

今や穴を中心としながら一本の茎のような姿となって伸びあがり、

砂の混じったロボットや作業用の機械を巻き込みながら、

いびつな花にも似た無数の腕を広げて青い空の中を揺らいでいました。


「すごい形。なんだかウミユリみたい。」


おじいさんの部屋にあった標本を思い出しながら、

ジョン太は自分よりはるかに巨大な砂の生物を見つめ

手すりにつかまりながらため息をつきました。


ジョン太が今いる高台は

数時間前まで砂あらしで何一つ見えませんでしたが、

今では抜けるような青空のもと、

巨大な白いウミユリの姿と眼下に広がる

海ぞいの街を一望できるようになっていました。


「うーん、すごい。」


でも、その景色は半ば傾ぎ、

足元は踏ん張っていないとかなりつらいです。


それもそのはず。今やジョン太は…

いや、100人のジョン太たちは、

手に手にシャンプーボトルを持ちながら、

高台の上にひしめきあっていました。


「うへえ、気持ち悪。」


自分で言っても情けない感想ですが、

99人分の重量とウミユリの重量は

もともと島全体の砂が合わさったものであり、

それが島の端に押し寄せているのですから、

島が傾いでしまうのは無理もありません。


まあ、スキューマの言う通り、

オリジナルを除いたジョン太は

見目こそそっくりですが、

みんな体が砂でできています。


ですが、その能力はみんな同じ。

手に持ったボトルの能力もみんな同じ50回分。


50回のボトルを持ったジョン太が100人。

…ルナの狙いはそこにありました。


今はひしめきあうジョン太にもみくちゃにされるのが

忍びないのでドア向こうの部屋に避難させていますが、

彼女は最初にジョン太にこうたずねました。


「ねえジョン太。あなたが増えていた時、

 願いを叶えた後に、残りの回数はどれほどだった?」


ジョン太はその時のことを必死に思い出しますが、

その時にどのジョン太も98とか95とか

大きな数字を言われていた気がします。


「そう、それで戻ったらトータル分の50が引かれていたと。

 …ねえ、あなたスキューマだったかしら?」


そこで、いっしょについてきた泡の妖精が

何かを察したのか『あー?なんでしょうか?』と、

明らかに不機嫌な態度で返事をします。


「もしかしてなんだけど。ジョン太が増えていた時、

 ボトルの残りの総数も変化しているんじゃない?

 …例えば、ジョン太が10人に増えたとして、

 残りが50回だったとしたら。1人がボトルを使おうとも、

 9人のジョン太の手持ちはまだ50回になるのではないのかしら?」


『んー』とスキューマは返事をします。


『つまり、増えたら増えた分だけ総数も増加すると?

 10人が50回でトータル500回と?

 元に戻らない限りそれだけの願いが叶えられると?

 …そう言いたいわけですか?』


それにルナはうなずきます。


「そう。違う?」


その瞬間、スキューマはその小さい体の

どこから出るかと思うほど特大のため息をしました。


『あーあーあー…まあ、理論上は可能ですけれどね。

 この手のことは私…というより会社が推奨したくないんですよ。』


そう言って、渋顔を作るスキューマ。


『この部品とこの部品をくっつけたら最強じゃね?とか

 こう改造したらすごいことになるんじゃね?とか、

 そういうのは困るし故障の原因にもなるんです。

 できるからといって、してもいいというわけじゃないんですよ?』


ブツブツと文句を言う

スキューマにルナは聞きます。


「でも、できるのね。」


『できます。』


正直にそう答えるスキューマに

ルナはホッと胸をなでおろしました。


「よかったわ。ロボットって嘘つけないものね。

 もっとも、今後は嘘つけるロボットが現れないとも限らないけど…」


そう言って、うでに抱えたパトリシアをちらりと見るルナに、

パトリシアは「フン」と応えてそっぽを向きます。


「まあ、あなたもあまり変なことは考えないでよね。

 飼い主のジョン太もかわいそうだし、

 あなたのためにもならないでしょうから。」


そっぽを向きながらも、

じっとルナの話を聞くパトリシア。


その瞳に思案気な色が浮かんだ気もしますが、

パトリシアについてルナが何を察しているのか

ジョン太は正直わかりませんでしたし、

考える余裕もありませんでした。


何しろ、ルナがその直後に、


「ジョン太、穴をふさぐ願いをするのは私だから、

 泡のボトルと羅針盤をちょうだい。」


と言って手を伸ばしてきたのですから。


当然ながら、ジョン太はあわてます。


「だ、ダメだよ。これは危ないんだ。

 ルナもこれを使ったら意識がごちゃごちゃになって、

 何が何だか分からなくなっちゃうよ?」


首にかけた羅針盤をにぎるジョン太。


「でも、誰かがこれをしなきゃ、

 5,000回分の願いが叶えられないよ。」


ルナはすでに高台に出るためのドアの前にいます。


そこで、ジョン太は次にルナが何をするのか。

頭が珍しく早めに回転しました。


おそらく、ここで彼女はジョン太にパトリシアを渡し、

羅針盤と泡のボトルを持って外に出るつもりだったのだと。


室内だと狭いので外に出て

100人に増えるつもりだったのだと。


ジョン太はようやく気づいたのです。


「…ダメだよ。これは君に渡せない。」


ジョン太は羅針盤を強くにぎって頭をふります。


「だって、君はオリジナルの『ルナ』を助けるんだろ?

 もし、この羅針盤を使った後で体に残る傷を負いでもしたら、

 記憶を移した『ルナ』だって体に傷を負うんだよ。」


それを聞いたルナはハッとした顔をします。


…しかし、ジョン太はわかっていました。


これが卑怯な言葉だと。

ルナの目的を逆手に取った言葉だと。


ですが、ジョン太の言葉にルナは

少しうつむきながらも素直に従います。


「…そうだった、ごめんね。

 私、目的を見誤るところだった。

 『ルナ』のためにこの体が傷ついたらダメだものね。」


どこか切なそうな顔をするルナ。


ジョン太もこれは本心から出た言葉ではなく、

本当はルナに記憶なんて移さず、

ずっとルナのままでいてもらいたいという言葉を飲み込んで、

首から外した太陽の形の羅針盤を渡します。


「!」


顔を上げるルナにジョン太は言いました。


「穴は僕が外に出てふさぐから操作はルナに頼むよ。

 僕は自分が増える感覚は二度目だし、

 そこまで気分は悪くならないはずだ。」


根拠はありませんが、

今はルナに信じてもらう方が先だと考え、

羅針盤を彼女に握らせるジョン太。


「ルナなら正確な距離と人数にメモリを回せる。

 僕が外に出たと同時に99人分の分身を作るんだ。

 君は僕を信じて部屋の中で待っていて。」


そうしてジョン太はドアノブを握ります。


「待って、ジョン太。」


とっさに、ルナが声をかけます。


「絶対、絶対無事に戻ってきてね。」


ジョン太はパトリシアを見て、

それからルナを見て、顔を上げます。


「ああ、約束する。」


その言葉にパトリシアは面白くなさそうに

フンッと鼻を鳴らします。


そして、ジョン太は外へと出て…


「あーあ、カッコつけたはいいけどなあ。

 やってることは地味だし、なんかみっともないよお。」


そう言って、手すりの近くで

シュコシュコとボトルの泡を出すジョン太。


100人体制で手すりにつかまりながら、

ジョン太たちはボトルの泡を出し続けます。


しかし、傾きはますますひどくなりますし、

なんか手すりからずり落ちそうなジョン太もいます。


「いやー、落ちたくなーい。」


「アホかー!ここで落ちたら

 誰がボトルを押すんだよ。」


「そうだそうだ、カッコつけたから

 余分にボトルなんか増やしていないだろうし、

 第一お前の分まで僕がボトルを押すのは嫌だぞ。」


「いやー、落ちるのイヤー!」


必死にボトルを押しながらもわらわらと救助展開をする

ジョン太たちは決してかっこいいとは言えません。


「あーあ、なんか情けないなあ。」


そんなことを言いながらも、

ジョン太は最後の50回目のプッシュを終え、

その瞬間、目標の5,000回が達成されました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る