ジョン太と砂の姫君

「ジョン太、学習合宿のバスに乗せられる」

 ジョン太が合宿に参加することになったのは夏休み10日目のことでした。


「ジョン太。どうしてお前さんは一学期の成績表を海にやってしまったんだい」


 乾き切った海藻と、砂のついた2つ折りの紙を持つおじいさんは、ジョン太に向かって大きなため息をつきます。


 おじいさんの書斎にはウミユリやサメの歯の標本。博士号の証書に研究で賞をもらった時に贈られる盾や写真などが飾られていましたが、それらを眺めているうちに大きなせき払いが聞こえたので、ジョン太は慌てて視線を戻します。


「昨日、友人の漁師から網に妙な紙が引っ掛かっていたと言われてな。みれば、インクこそにじんではいるが、お前さんの名前が入っていることがわかっての。とりあえず乾かすだけ乾かしてはみたんだが…」


 そうして、ペラリとめくった先には、たくさんの「2」と「1」の数字。


「5段階評価でこの成績はかなりまずいとは思わないかい?夏休みが始まる前に真っ先に見せてくれないと困るのだがね…どうしてこうなったんだい?」


 おじいさんの問いにジョン太はパトリシアに目配せします。


「だってパトリシアが学校から持ってきた通信簿をくわえて海に放り投げちゃったんだもん…出せるわけがないよ」


 それに対し、ヘッヘッと笑ったような表情をする犬のパトリシア。


 実は暑くて舌を出しているだけなのですが、海に投げ込んだ犯人であることに変わりはありません。


 おじいさんはその事実に、さらにため息をつきます。


「思えば、夏休みが始まってから通信簿を出してこなかったな。宿題をしているところも一度も見ていなかったし…まあ、ワシの論文が忙しかったせいもあったが…何か言いたいことはあるかい、ジョン太?」


 それに、ジョン太は首をかしげます。


「特に無いかも」


「うーん」と困った様子のおじいさん。


「ジョン太、お前さんが勉強を頑張る理由はないかい…将来の夢があるとか?」


 その言葉にジョン太は、半ばボーッとしながら答えます。


「うーん、思いつかないけど…あ!そうだ。パトリシアとずっと一緒に遊べればいいと思うよ」


 おじいさんはそれに「うーん」とさらに考え込んでからこう聞きました。


「勉強とか、したくはないかい?」


 それにジョン太はきっぱりとこう答えました。


「ううん、だって机に向かっても勉強する気が起きないもの。授業の時間も先生が何を言っているのか、まるでわからないし」


 そこで、おじいさんはさらに考え込みます。


「そうか、内容がそもそも理解できないのか。うーん…」


 さて、それからが大変です。


 おじいさんは遊びに行こうとするジョン太を引き止めると、電話で誰かと話を始めます。


 ジョン太はそのあいだ暇なので、居間に持ってきた浮き輪の中にパトリシアを入れて遊んでいましたが、おじいさんは電話を終えると、宿題とサンドイッチをリュックに詰め、一人と一匹を外へと連れ出しました。


「ジョン太、これから夏期合宿に行って来なさい。ワシの教え子で、国立青少年学習機構に行った教師がいるから、そいつにねじ込んで、お前さんに適性検査と授業に参加できるようお願いした。あと10分でバスが来るから、乗って自分に見合った学習方法を身につけるようにしなさい」


「えーっ」と不満の声を上げるジョン太。


 ですが、おじいさんは引きません。


「行けば、お前さんに必要な勉強の仕方がわかるはずだ。10日ほどの合宿だが決して損はしないはず。検査も受ければ、自ずとお前さんの将来も決まるだろう。パトリシアを連れて行ってもいいから、しっかり勉強しなさい」


「えーっ」と叫ぶジョン太。


 その時、ちょうど『国立青少年学習機構行き』と書かれたバスが来ました。

 

 ついで、屈強な腕をしたオートロボットの運転手がやって来ると、ジョン太とパトリシアをホイホイっとバスの中へと入れ…こうして一人と一匹は車中の人となってしまったのでした。

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