「イデア・アイランド」
首輪の紐にほんの少し砂がついていることから、パトリシアが海岸から持ってきたものだということにジョン太は気がつきます。
「ん、これをつけて欲しいの?誰のものかはわからないけど…ま、難破船にでも落ちてたのならしょうがないかな」
ジョン太はジュースを窓際に置きパトリシアの目線までかがんで首輪をつけてあげます。首輪はパトリシアのサイズにぴったりで、まるで彼女のために作られた特注品のようでした。
「前はあんなに首輪をつけるのを嫌がっていたのに、この首輪はいいんだね…ん?運転席のカードがまた何か言ってるな」
ポケットから出したカードはこのヘリコプターが島を取り巻く嵐の中に入ったことを報せていました…運転席の窓をみれば、暗雲しか見えません。
「すごいな、嵐の中なのにぜんぜん揺れもしない。このヘリコプターどこの会社の製品なんだろう…あれ?」
そして取り上げたカードの裏面には先ほどまでいた島の全景と人の写真。
『〜人はいずともモノはできる〜人工知能運営会社:イデア・アイランド』
金色の文字で書かれた社名を見てジョン太は「へえ」と声を上げました。
「人工知能。つまり、あの島はロボットが動かしていた島だったってこと?」
ジョン太は首を傾げつつ、島の隣に印刷された『創業者:イデア博士』と書かれた白いひげの生えた老人と、そのひざに腰掛ける白い毛皮とつぶらな瞳をした犬…そう、パトリシアそっくりの赤い首輪の犬に目を奪われます。
「え、この犬って…ねえパトリシア」
そう呼びかけるジョン太でしたが、パトリシアは聞いているのかいないのか、グーンと床でのびをするとフワワとあくびをします。
その様子を見たジョン太は小さく笑い、カードを再び座席の上に置きます。
「ま、そんなわけないよね」
ついで、顔を上げたジョン太は外を見て声をあげました。
「あ、雲を抜けた。僕の町が見えるよパトリシア」
夕日に照らされたジョン太の町。
船の停まる港には灯台がともり、海ぞいの道に車の行きかう様子が見えます。
ですが、そんなジョン太の声を聞く様子もなく、パトリシアはするりと座席のあいだをくぐり抜けると運転席に置かれたカード…いや、その裏にある老人の写真をじっと見つめました。
…それは、遺跡内のプラネタリウムにいた紳士の老いた姿。
しかし、夢中で町あかりを見つめるジョン太には知る由もないことです。
パトリシアはそこに写る一人と一匹をほんの少し見つめると、やがて顔を上げジョン太に向けて「ヒャン」とひと声吠えました。
ジョン太はその様子に気づくと、やれやれと首を振ってからパトリシアを抱き上げ、窓から徐々に近づいてくるおじいさんの家を見せてあげます。
「なんだか大変な1日だった。でも無事に帰れたからよかったよ…パトリシア」
そういってため息つくジョン太にパトリシアはどこか満足げに外を眺めると、ついで背後にある島へと首を向けます。
島は今も嵐の雲に包まれたままです。
その中に何があるかはジョン太とパトリシアしか知りません。
そして、パトリシアの赤い首輪の宝石はヘリに差し込む夕日が当たるたびに、キラキラと虹色にきらめき、家路へ向かう一人と一匹を明るく照らすのでした…
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