「バスの中の変わり者たち」
薄暗いバスの中。
天井にはハンモックがいくつもぶら下がっています。
両側の長椅子には顔色の悪い子供が二人。
彼らの雰囲気に飲まれ、ジョン太の不安は否応なしに増していきます。
パトリシアもこの辛気くさい空気が嫌だったのか「ヒャウッ」と一声あげるとジョン太の腕からさっさと抜け出し、車両の奥へと行ってしまいました。
「あ、パトリシア」
唯一無二の親友に逃げられ、とっさにパトリシアを追おうとするジョン太。
…そこに、声がかかります。
「ふーん、あんたもこのバスに乗せられたんだぁ」
顔を上げれば、バスに揺れるハンモックの中に女の子が横になっていました。そばかすだらけでジョン太よりも背が高く、お嬢様学校で有名な私立高校の校章がついた服を着ています。
手の中でいじっているのは、一世代前に流行った音楽プレーヤー。立体映像で空中に浮かぶCDジャケットから好きなものを選ぶと、彼女はそれをタッチして、ヘッドフォンから流れる曲に合わせながらプツプツと英語の歌を口ずさみはじめます。
「知ってる?ここは子どもの墓場だよ。学校の成績がひどく悪かったり、勉強がどうしてもできないやつらがこの先の施設にぶち込まれるんだ」
周りにいるのは、ノートに難しそうな計算式を一心不乱に書き殴る青年や肩にフクロウを乗せて話しかけている少年…まともに話せそうなのは目の前の女の子ぐらいでした。
「…向こうで何されるかは知らないけれども。噂じゃあ、頭に電極付きの機械をつけられたり、変なテストをみっちり受けさせられたり…場合によっては、よくわかんない注射を打たれたりするらしいよ、めちゃめちゃ怖いよね」
ガサガサとリュックからガムを出し、一枚をジョン太に差し出す女の子。
「あんたもガム食べる?あたしはアンナ」
アンナの言葉に、ジョン太も自分の名前を言いながらガムを口に入れますが、不安のあまり味がまったくわかりません。
ついでアンナはレギンスを履いた足をぶらつかせながら周囲の子供を一人ずつ指さして紹介します。
「向こうで数式を書いているのは高等専門学校3年生のヨシロー。肩にフクロウを乗せているのは中等部2年のジュン。あの子が言うには自分には占星術の才能があるそうだけど…正直、まゆつばって感じ?」
肩をすくめ、大きなガム風船を作るアンナ。
「…まあ、ここにいるのはどいつもこいつもはぐれものの変わり者だからねぇ。聞いたところじゃあ、ヨシローは将来、天文学者を目指しているけど数学と科学以外の成績が超低空飛行って話だし、ジュンにいたってはオカルトさえあれば、勉強する必要さえ無いって言っているし…変な話だよねえ」
パチンと割れる風船ガム。
「…ま、私もこうして洋楽聴くぐらいしか趣味がないんだけどさ。行ってる高校の成績があまりにも悪いもんだから親が教師と相談した結果このバスに乗ることになったんだ。最近、親も事業に失敗してビンボーになっちゃったんだけど国の研究機関に行けばタダになるって言うから、両親も面倒な手続きの間にあたしを厄介払いできるって外に出したみたいだし…」
段々と小声になっていくアンナ。
ついで、窓の外へ目を向けます。
「でも、学年最後の夏休みなのに友達ともダベれないのは寂しいよ…ま、どいつもこいつも付き合いばかりの仲間だし?私がいなくても、みんな上の大学に行くとか結婚するとか明るい展望を持っているから余裕もあるんだろうけどさ」
窓の外を向いて、スネたようにハンモックに頬づえをつくアンナ。
「なんで、親はとにかく勉強しろって言うんだろうね。どれだけ必死に勉強しても、上がらないものは上がらないし。人生だって短いんだから。楽しく生きられれば、私はそれだけで十分なのに…」
どこか拗ねたようなアンナの言葉。
ジョン太もそれに大いに共感します。
そうです、勉強をして偉い人間になるとか、一生懸命働いてたくさんお金を稼ぐとかいうよりも今を楽しく生きられればそれでいいのです。
パトリシアがジョン太の成績表を海に投げたのも、きっとその気持ちを汲んでくれたからのことでしょう…まあ、当のパトリシアは、バスの隅っこで見つけたシャンプーボトルを転がして遊んでいますが。
その時、ザーッという雨粒の音とともに車内が暗くなりました…ですが、窓を見ると小さな粒がぶつかり、ひっきりなしにガラスを叩いているようです。
「あれ、これ雨じゃあないな?」
バスの中で誰ともなしにそんなことを言いました。
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