第5話 木曜日。ツキの未来予報。

木曜日。ツキの未来予報。

葉月にとって、一番気を使うのは、家の中だった。朝起きてから、家を出るまで、そして家に着いてから、布団に入るまで。それが、葉月にとっては、一番気を抜けない時間だ。

「おはようございます。」

朝、身支度を整えて階下のリビングに降りる。広くて大きなテーブルに並べられた朝食は、どれも美味しそうに湯気を出している。

「あら、おはよう葉月。・・・だいぶ、髪が伸びたわね。」

制服がスカートなら、完全に女の子ね。そう言って笑う母の言葉に笑顔で頷けば、すかさず父の声が飛んでくる。

「全く。私の後継人がこんなに女々しいなんて。・・あの時に、こんな女顔になると知っていたら、他の奴を選んでいたんだ。」

今日も朝から、不機嫌か。葉月は新聞で顔すら見えない父に頭を下げた。重力に倣って、伸びすぎた髪が下に流れる。

「すいません、お父さん。なるべく早く切るつもりですが・・」

「そうねぇ。ちょっと残念だけど、お父さんがそういうなら仕方ないわね。」

ほら、早く食べましょう。母のその一言で高山家の食卓は、唐突に始まるのだ。


「・・・今日か、明日には切りに行かないといけないな。」

そう呟いて葉月は、ため息を吐いた。昨日も休んで、今日も休んだらムックは、俺のことを心配したりするんだろうか。

「・・どっちが、」

勝手に好きでいる分には、いいだろう。なんて勝手に決めて。それなのに自分に寄せられた思いには、迷惑だからの一言で全てを片付ける。

「・・・最低だ。」

わかっている。そんなこと、ずっと前からわかっていた。


「おはよう、葉月君。」

「あぁ。おはよう、火野さん。」

教室に入って一番に確認するのは、廊下側の一番後ろに人がいるかどうか。期待しているわけではないけれど、どうしても確認することが癖になっている。

「・・今日は、休み・・か。」

昨日は休むと最初からわかっていたのに。けれどあいつは、あそこに座っていたから。今日も座っているんじゃないか、なんて期待している自分がいることがすごく不自然だ。俺ばかりが、期待しているのが、悔しい。毎日、休むことなく学校に行っている俺は、相当優秀なんだ、とムックやレオといると実感する。本来は、欠席どころか遅刻も早退もしないで学校に行っているのが普通だとしても。けれど、そう思うたびに心のどこかで誰かが尋ねる。学校に毎日行くくらい学校が好きなのか。休みたくないほど、楽しくてたまらないのか。一体、どうして学校に行くのか。

「あのね、葉月君。今日は、獅子澤君って休みかな?私と日直だったんだけど。」

横から、葉月と同じようにレオの机を見ていた火野は可愛らしく首を傾げて尋ねる。

「え・・あぁ。じゃぁ、俺がレオ・・獅子澤と変わるよ。火野さん一人じゃ大変でしょう。」

「私は、嬉しいけど・・葉月君、先週も日直したばっかりじゃ・・」

もじもじと困ったように顔を赤くすると、火野は葉月に笑いかける。葉月は心の中でレオにお礼と称して何をさせるかを考えながら微笑み返した。

「うん。でも、まあ・・大丈夫だよ。」

学校も、葉月にとっては気を使う場所だ。父が望んだ場所に行くために、社会性と優しさを学ぶ大切な場所だ。


「はい。じゃぁ、これ・・来週までに必ず提出してください。」

朝のホームルームで配られた、進路調査書。

「ね。葉月は、どうするの?」

後ろへ後ろへと回ってくるプリントを渡すために後ろを向いたまま、前の席のクラスメイトが、葉月に尋ねる。配られた進路表は、葉月にとっては何の意味も持たない物だ。

「・・そうだな。」

簡単なことだ。この紙に書く学校は一つしかない。父が望んだ学校しか、葉月の進む道はない。

「ほら、青木。前向いて。進路は、ちゃんと考えて決めてください。オープンキャンパスなんかも、きちんと見て決めること。」

笑いながら前を向いた青木に笑顔で答え、葉月はプリントを見つめた。オープンキャンパスなんて必要ない。学風なんて合わせればいいだけ。合わせられなければ、合わせなくていい。どうせいつもそうしてきたんだ。

「・・・レオ、」

隣を見る。空っぽの席。レオがいつもいる席。レオと一緒の学校になんて行けるわけがない。俺と同じレベルまでレオが上がってくるなんてあり得ないし、俺がレオのレベルまで落ちるわけにはいかない。最初から選択肢なんて与えられていないのなら、

「お前は、ズルイよ。」

俺の言ったことに腹を立てて、笑って、泣いてくれる。ただ隣りにいてくれるお前がいないだけで、教室は偽者の顔をする。まるで、俺みたいに。


昔は髪が伸びれば母さんが切ってくれていた。母さんは不器用でおっちょこちょいな人だから、髪を切ってもらった俺はいつもどんぐりカットにされていた。その髪型をよく友達にからかわれたりもしていたけれど、父に連れて行かれた理髪店よりは何倍も楽しかったし、何よりも俺は母さんに髪を切ってもらうのが、好きだった。目にシャンプーが入らないように必死になって自分の袖をびしょ濡れにしてしまうところも、優しく髪を梳かしてくれる手も、左右のバランスなんて考えもしないところも、ドライヤーで乾かすときに同じ場所に当てすぎて熱かったりするのも、出来上がった髪型を見て笑ってくれるのも、俺は全部が大好きで嬉しかった。父さんも小学生までは何も言わないでどんぐり頭の俺を見て微笑んでいたりしていた気がする。けれど、そんな穏やかな時間も俺が、小学生の間までだった。俺が中学生になってからは、世界は全て変わってしまった。俺は、母さんに髪を切ってもらえなくなり父の行きつけの理髪店に行くようになった。

「高山君、ちょっと良いかな?」

「うん?何?」

不意に声をかけられて葉月は物思いから意識を現実に戻す。顔を上げると前髪が視界いっぱいに広がる。やはり父さんが言うとおり邪魔だ。この間、ニャースがいたずら半分で俺の前髪を結んだことがあったが、意外にもあれは前髪がすっきりして楽だったことを思い出した。

「今日って、放課後とか時間ある?」

「え・・っと、今日は、無理かな。用事があるなら、今か昼休みにしてくれない。」

「何か、用事?」

「あぁ。髪を切りに行かなくちゃいけないんだ。」

葉月がそう答えると目の前の赤松ではなく前の席に座っていた青木が、言葉を返してきた。

「髪切っちゃうの?もったいない!!」

「仕方ないだろう。邪魔になってきたんだ。」

前の席の青木さんは、可愛い人形のような顔をしている割には言葉使いも性格も男勝りだ。兄弟が男ばかりで小さい頃は兄たちと一緒に夏になると頭を丸刈りにしていたらしい。その反動か、今は恐ろしく髪が長い。顔が人形のようで髪も長いので、男子からは菊人形のようだ、とよく言われている。

「えー、でも、どうしよう・・あのこと言ってもいいかな?美加ちゃん。」

もじもじとスカートの端を指で弄びながら、赤松さんが俺と青木さんを交互に見る。赤松さんは、一年生の頃から同じクラスだが今でも俺のことを苗字で呼ぶ。

「・・何?」

「今、女子の間で文化祭の出し物についての話がちょっと出ててね。」

「それで、うちのクラスはメイドカフェにしようかって、なってるの。」

文化祭。そういえば、もうすぐそんな季節か。そんな大事なことをすっかり忘れていた自分に驚きつつも、はて、と葉月は首を傾げた。

「それと、俺の髪に何の関係が?」

至極当然に湧き出た疑問を比較的素直にぶつければ、青木さんは何言ってるの。と俺の机に腕を乗せて体を乗り出してくる。

「葉月がいるからでしょ!」

「うん、あのね。せっかく高山君が同じクラスにいるんだから、男子に女装してもらおうって話になってるんだ。ほら、高山君可愛いから。」

「じょっ・・」

驚いて言葉も出ない。葉月はクラスメートの二人を見たまま絶句していた。何を言っているんだ、こいつらは。出そうで出ない言葉が喉につっかえている。大体、文化祭の出し物を女子だけで勝手にここまで決めていること自体がおかしいだろう。

「だめかな?」「お願い、葉月!同じクラスのよしみでさ。」

この通り、と言いながらも青木は相変わらず葉月の机に腕を乗せたままであるし、赤松は葉月を見下ろすように机の前に立っているだけだ。ごくごく当たり前の風景ではあるが、果たしてこれが人に物を頼む態度であるだろうか。

「そ、それって、俺だけが女装するわけじゃないよな。」

「うん、うちのクラスの男子は全員だよ。」

「嫌だって言っても着せるつもりー。」

「って、ことは、理央も?」

言いながら、隣の席を見た。いい加減なくせにレオの机はきれいだ。机の両脇にも、中にもレオは物を入れない。まるでいつでもいなくなれる準備をしているみたいで俺はいつも不安になる。

「え、獅子澤くんって文化祭の日ってくるの?」

「来ても女装なんてしてくれないよ。それに怒って暴れられたら、困るっていうか・・ね。」

お祭りと聞けば、何でも参加するあいつが文化祭に来ないはずないだろうし、そんな場で暴れるわけがないだろう。むしろ、はしゃぎ過ぎてしまうことの方が俺は心配だ。まぁ、それだけテンションが高くなれば女装だってしてくれるかもしれない。

「まぁ、まだ決定してるわけじゃないから返事はできないけど、もし本当にそれで決まったらクラスの出し物な以上は従うよ。」

なんでもないようにそう言うと、青木さんと赤松さんは嬉しそうに見つめあった後に二人で手を繋ぎあって喜んだ。

「本当に?」「やったー!ありがとう、葉月!」

でも、まだそれまで時間はあるし、父さんが怒ると困るからやっぱり今日の放課後に髪を切りに行くことにしよう。葉月は、笑ったままそう思った。


「おー!ツキ!今日も遅かったじゃん。またしても、果たし状ラッシュ?つか、うわ!どうしたの?髪!まさか逆恨みの結果?怨念?」

「え?にゃに?パトラッシュ?」

部屋の扉を開いた途端に言われた言葉と声に驚いて、葉月は顔を上げた。

「何で・・レオがいるんだ?」

「俺がいちゃダメなのかよ。何か問題でも?」

「だって・・今日は、お前・・」

咄嗟のことでうまく言葉が出ない葉月の顔を部屋中の全員で覗き込む。

「ツキ・・大丈夫?今日もお休みかと思った。」

「・・ムック、」

心配してくれてたんだとしたら?葉月の心の中で誰かが尋ねた。それを聞こえないふりをしたのは、俺がきっと怖がりだから。

「あ・・あぁ。ちょっと考え事してて、髪切ってたから。」

「考えごとしながら、髪切ってたにゃ。本当にツキは器用にゃ。」

「本当にね。俺だったら、丸刈りになっちゃうわ。」

「もうすでに、脳みそが丸刈りだろ。」

そんなことを言いながら笑う二人に言葉を返しながら、葉月は空いている席を探した。今日は、全員がいるため真ん中の席が中途半端意に空いていた。

「そうだ。今日、面白い話を聞いたんだ。レオ、お前女装しろ。」

「じょ、女装!?」

レオの大声にセンセーが、ゆっくりと驚愕の表情を浮かべながら俺の方を向く。

「なにー?レオ、女装するのか!?」

俺の前に座っていたレオは少し慌てたようにセンセーのほうを向き、それから、俺の方に向き直る。

「ちげーよ。いや、しらねーよ。おいおい、ツキ。お前何言ってるのかわかってる?」

「ツキはともかくとして、レオはにゃー」

「はあ、お前どういう意味だよ。」

げらげらと笑うニャースにレオは筆箱を飛ばした。可愛そうなレオの筆箱は、ニャースの頭に見事ヒットした後に床に落ちた。もうすっかり塗装が剥げているそれはずいぶんと前に俺が誕生日プレゼントにあげたものだった。

「やめてやれ、レオ。ニャースにしては、正解なことを言ったんだ。」

「そうにゃ。そうにゃ。」

「いや、ニャース。褒められた訳じゃないぞー」

得意気に胸を張るニャースにセンセーは悲しそうに呟いた。本当にどんなに教えても賢くならない生徒を持つセンセーが哀れに見えてくるよ。

「いやぁ。でも、俺女装はなー。化粧映えする方じゃないし・・髪だって、艶々とは言ってもなぁ。それに爪だって、あんまり形は良くないから~」

「なんで、そんなにノリ気なんだよ。気持ち悪いな。」

やっぱりだ。目の前で急にどこからか鏡を取り出したレオを見つめてため息を吐く。こいつのこのノリの良さは本当に尊敬に値する。そう思いながら、カバンの中から勉強道具を探した。

「・・・。」

「ほらほら、いいから。ニャースがバカにならないように次の問題解くぞー。」

取り出したノートのそばに今日、配られた進路表が一瞬だけ見える。その手が、進路表を出そうとして、けれど迷う。センセーが黒板に何かを書き始めて、レオが前を向いて机にひじをついた。それをカバンに手をいれたまま、ぼんやりと見つめる。

「あ、センセー!そういえば、今日学校でこんなの配られた。」

自分のじゃない声が、そう告げて葉月はびくりと体を反応させる。なぜか、取り出しかけた進路表をぐしゃりとカバンの中に戻す。

「ん?何だ、何だ?」

がさごそと教科書を探していたムックが、思い出したように小さな紙を紙袋から取り出した。ムックは、学校に紙袋で行っているのか。と、今更またしてもムックの少しずれた感性を葉月は見つけてしまった。

「何?・・進路表?うわ、早いなぁ。もうか。」

差し出された紙を見て、センセーは問題を書いていた手を止めた。どうしてか、あわてて葉月はカバンを閉めて、机の横に置いた。心臓が、変に早く汗を流している気がした。

「うん。けど、何を書いていいのかよくわかんない。」

ムックのよく通るアルトの声が、眠りの海へと漕ぎ出していたレオとニャースを引き止めた。興味がなさそうに窓の外を見ていたQちゃんが、視線をセンセーに戻す。

「何って・・深雪は、将来、何になりたいか。どんな学校に行きたいか、を書くんだよ。」

「その将来の意味が、わかんない。」

ムックのその言葉に、Qちゃんはいそいそと辞書を開いた。

「将来・・これから来ようとする時。未来。」

「うん。そういうことじゃなくて。将来っていうのが、わかんないの。」

首を傾げるQちゃんと、必死に自分の思いを伝えようとするムック。この二人の関係性がいつまで経ってもうまくつかめないな。と葉月はぼんやりと思った。

「進路・・か、」

将来なんて、まだ、先の先の話。なんて、思っているのに。

「はい!はい!俺は、世界制服する!!」

目の前で半分眠っていたレオが、手を上げ立ち上がる。

「そうか、世界制服か・・レオは、凄いな。・・成功したら、俺に国を一つくれたりしないか?」

「えー・・どうしよっかな。ムックには、あげるから。景色が綺麗なとこね。」

「うん。ありがと、レオ。期待してる。」

「海がいい?それとも、山?」

「うーん、どっちも欲しいかなぁ。あ、ダメならいいけど。」

「いいよ!海と山が両方ある国をあげる!」

まるで子供みたいにバカな夢だけど、センセーもみんなも絶対バカにはしないし、否定もしない。ここは、そういうところだ。

「おいおい。センセーには?センセーも海と山が両方ある景色の綺麗な国が欲しい!あ、ダメならいいけど。」

「じゃぁ、ダメ。」「なんでだよ!即答かよ!」

けちだな、レオは。なんて可愛くもない膨れっ面をしているセンセー。レオはといえば、どこからか取り出した世界地図を見てムックはどこがほしい?なんて聞いている。

「あ、じゃぁ、にゃーは・・」「猫の王国でも作るんだろう。」「違うにゃ!!」

話に混ざりたいニャースが口を開くが、すぐに葉月が言葉を重ねる。

「じゃぁ、猫語をやめる。もしくは、髪をばっさり丸刈り。」

「にゃ!!この前からにゃーのツインテールの何が気に入らないにゃ!」

「だから、言ってるだろう。どこ、とかじゃないんだ。全部だよ。」

「失礼にゃろ!」

にゃーにゃー言うこいつにだって、夢はあるんだ。それを聞きたくなくて軽口を叩く。どうしてこいつにだってあるのに。俺には、

「センセーは?いつから、センセーになりたかったの?」

「うん?・・俺は、いつだったかなぁ。」

ムックの質問にセンセーは、顎に手を当ててしばらく考えている。思い出せないくらい昔からなんだろうか。俺は、未だに見つけられていないのに。そこまで考えていや、違うと葉月は考えを打ち消した。そもそも、将来の夢なんて曖昧な言葉では片付けられないような現実味のある将来が俺には、始めから用意されているんだから夢なんて必要ないじゃないか。俺は、父が望む学校に行き、望んだ資格や能力を見につけ、父の仕事の後を継ぐ。それが、俺にとっての全てであり、存在している証だ。けれど、心のどこかで誰かが勇気を振り絞る。

(けれど、俺だって好きなことをしたい。自分で行く道を自分で決めたい。)

声が聞こえた途端に何かとてつもない大罪を犯してしまったような気持ちになった。そんなことを思う自分が恥ずかしくて情けない。あってはいけないことなんだ。

「・・ツキ?おーい、ツキ?」

「え?あ、あぁ。悪い。」

パタパタと目の前をレオの大きな手が上下する。それから、じっとレオは葉月を見つめて尋ねる。

「どうした?ぼーっとして、また考えごと?」

「・・まあ、そんなとこ。」「ふーん・・」

何も考えない人形なら、良かった。何も感じない機械なら、良かった。何もわからない子供なら、良かった。そんなことを思って毎日。来もしない未来を考えて、ありもしない現実を創造して。そうやって自分を誤魔化して、楽にして。それでも、時々こうして目の前に突然現れる現実に驚いて、怯えて、立ち竦む。本当は、何もかもが嫌で嫌で嫌で嫌で、誰よりも逃げ出したいと思っている。誰よりも遠くに生きていたいと思っている。

「・・・俺にくらい、話してよ。」

前のほうでは、センセーたちが盛り上がっている。センセーの学生時代のほろ苦いエピソードや成績がニャースたちの気を引いているらしい。それに参加しないで、レオは葉月に小声で囁いた。

「俺ら、一応・・トモダチでしょ?」

「そうだったか?」

じっ、と深みのある茶色い瞳が俺を見つめて逸らさない。本当にズルイ奴だ。そう思った。

「俺には・・・話してくれよ。」

有無を言わさぬ意思の強い声に、さすがは喧嘩番長だ。なんて笑ってみせてから今、うまく笑えていたかと一瞬だけ不安になる。いつだって期待しているのは、俺のほうだ。そう思っていれば、傷つかないだろうなんて俺はどこまで臆病なんだろう。家でも、学校でも、そしてここでも、自分を繕って。親にも、クラスメートにも、友達にも、そしてこいつにまで嘘を吐いて。ハリボテみたいに雑な壁を必死に支えてた。

「・・お前に話したら、楽になるの。」

尋ねたわけじゃない。その答えを知りたいわけじゃない。それでも、口に出さないと消えてしまいそうなくらい小さな反抗心をレオにぶつけた。レオはすぐに笑って答えた。

「さぁ。そんなのわかんないよ。」

「だろうな。」

この世界に正解なんてあるのだろうか。昔、数学の先生が答えのない問いなんて、存在しない。そう言っていた。だとしてら、俺の人生はどうなるのが正解なんだか、誰か模範解答を示して欲しい。そうすれば、俺はその正解に向かって生きていけるのに。毎日、毎朝、今日をどう生きればいいのかなんて、考えることを学校は教えてくれないのに急に将来についてを聞いてくる。教えてくれないことの答えを欲しがるなんて理由がわからないのに、そんなのは俺だけで周りは疑いもせずにそれを当たり前に捕らえている。

わかっていないのは、おれだけ?

知らないのは、俺だけ?

そんな不安がこみ上げてきて、苦しくてどうしたらいいかわからなくて。けれど、誰にもそんなこと聞けなくて聞くこともできなくて。苦しくて、苦しくて、苦しくて。

手を伸ばしてもいいだろうか。ここにいるみんなにだったら、助けを求めてもいいだろうか。そう思いながらも、どうしても臆病になっている自分がいる。笑えなくなったら、俺の名前を呼んでくれなくなったら。そう考えると怖くなって、どうしたらいいかわからなくなった。そんなことを思いながら、今週ももうすぐ終わろうとしている木曜日。


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