前言撤回・初志不貫徹

小笠原 雪兎(ゆきと)

リクエスト短編


「はぁ…」


 彼女は今日何度目かのため息を吐いた。口から零れるその溜め息は教室の雑音に紛れて消えていった。

 視線は時折前の席に向けられて、また下がる。その繰り返しだった。


「私が…なんであいつに……」


 彼女は低く喉の奥から声に出す…。もちろん、誰も聞き取らない。

 頭を肘で支え、あーでもないこーでもないと思案していた。


「おい!室木!顔を上げろ!」


 しまった!という顔をしてももう遅い。その教師は姿勢が悪いだけで名指しで怒る。

 クラスの視線が集まり、どこからか笑い声が上がる。

 別にそれは嘲笑ではなく、ただその教師の震える頬の皮を見て笑っているだけだったが、彼女のイライラを増蓄させるだけだった。


ーーーー


「ね~え。蓮菜ったらどうしたのさ」


 蓮菜に話しかけるのは蓮菜といつも居る友人だ。


「いつもだったらあの教師の授業はすっぽかすでしょ?」

「えぇ…。気分…でかな?」

「なにそれ疑問形とかよくわかんない~。うける~」


 友人はうけているような感じでもなさそうだったが、彼女は雰囲気に合わせて笑っておいた。

 その笑みはぎこちなかったが友人は気づかなかった。


ーーーー


 終礼が始まる直前。蓮菜の頭の中は一つのことしか受け付けていなかった。


 なんで…。私があいつに惚れるのよ…。へっぴり腰なのに…。


 自分の惚れる基準の低さとそれでも好きだという感情に葛藤する蓮菜は昨日のことを脳裏に再生していた。




 それまで、強姦魔に会っても蹴り飛ばしてやると妄想していたが、実際はそんなこと出来なかった。


「何よあんたら!こんな…きゃっ!」

「こんなことしたらってか?けけけけけ」

「こういう反抗的な女もいいよなぁ~」


 男二人にされるがまま、裏路地に連れて行かれる…。どちらも安物のサングラスを掛けていた。

 口にガムテープをつけられ、口と足は縛られ、抵抗なんて出来るはずがなかった。

 どこからか自販機の動く音がする。蓮菜はその人が気付いてくれることを必死に願った。


 男達は何度か蓮菜を写真に納めた後にブラウスに手を掛ける。

 だが…引きちぎられることはなかった…。


「ぴーぽーぴーぽー…。あれ?違った?これ救急車かな?」


 明らかに人の口から発せられたサイレンに拍子抜けする。

 その方を見ると青年が一人で立っていた。手には何故か二つ、缶がぶら下げられている。


「そんなんで騙されると思ってんのか!」

「舐めてんだったら殺すぞ!」


 男の声に青年はびくともしない。どころか口角を上げた。


「君たちみたいなゴキブリを舐めるわけ無いじゃん。汚らわしい」

「殺すぞ!」


 男が青年に殴りかかる。だが、拳が触れる前に止まった。

 本物のサイレンが聞こえてきた…。


「ちっ…。逃げるぞ!」

「くそ!死ね!」


 通り間際に男達が青年を殴っていく。

 青年は殴られるがまま、地面に倒れ込んだ。


 青年は体を震わせている。


「はぁはぁはぁはぁ…。こ、怖かった……。あっ…さ、サイレン消さなきゃ…」


 青年は震える手でポケットから出したスマホを操作する。サイレンの音が消えた。


「こ、怖かった……」


 青年は立ち上がってその場を去ろうとする。蓮菜は焦った。


「ん~!ん!ん~!」

「あっ……。こ、これどうぞ…」


 青年は慌てて蓮菜の元に戻り、缶ジュースを渡す。だが、蓮菜に受け取れるはずもない。


「は、冷やしコンポタージュ嫌いでしたかっ?!」


 そこじゃないでしょ!受け取らない理由は!


 突然裏声になるその声に蓮菜は自分の置かれている状況を無視して突っ込んでしまった。


「あっ…………。ご、ごめんなさい!剥がします!」


 青年は焦ったようにコンポタージュを置いて手と足のガムテープを剥がす。

 強く引っ張られた痛みで蓮菜は顔をしかめた。


「だ、だだだ大丈夫だよぉ!ぼ、ぼ…お、俺が来たからにゃっ!」


 変にトーンが外れたり噛んだりする青年に蓮菜は呆れた。

 青年は口のガムテープを剥がす。


「な、名前をぉっ!き、聞いてもいいきゃにゃ!」

「いっつ……。もっとゆっくり剥がせないの?」


 蓮菜はお礼や質問に答えるる事や青年の狂った声の調子に突っ込むより先によりも文句が出てきた事を後悔した。


「ご、ごめんなさいぃ!こ、コンポターージュゥ!こ、ここ答えるほどの名でもないさぁぁぁぁぁ」


 青年はそう言って駆けていった…。


「な、なによあいつ……」


 思い出した恐怖に身をすくませて数度、腕をさすった。

 そして……。




 数分後には大事そうに、誰かとの架け橋の様に大事にコンポタージュを抱いた一人の女子中生がいた。


ーーーー



 上原裕也……。

 それがあいつの名前。一人称は「僕」でそこそこに友達が居るが、クラスのスターという訳でもなく、スポーツのチーム決めも後の方に呼ばれるぐらいのタイプ。

 私とは正反対で縁の無い人間…の筈だった…。


 きっと下心満載で私を助けようとした。

 でも結局怖くて支離滅裂な事して帰った…。


 でも…なんで惚れるのよ!

 上原を見ると胸が高鳴る。なんであいつに!

 上原が女子と話しているとムカムカする…。



 蓮菜はそんな葛藤を抱え…昨日と同じ、面倒な教師の授業をうけた。

 そして…また怒られたのは皆が知ることである。


ーーーー


 どうやって告白すればいいのよ…。


 蓮菜は悩んでいた。

 古本屋で恋愛小説を漁るも告白シーンは幼馴染み設定や事故から守る設定ばかりであり、さらにそれは男主人公ばかりだ。


 あぁ!馬鹿らしい!


 本を台に投げ捨て本屋を出る。スマホをいじって毎度お馴染みの先生に聞いた。


「OKグーグル。こ、ここ。こく…告白の仕方」

『近辺の鶏専門店を表示します』


 無機質な声が示したのは地図に散らばる無数の赤いポインター。

 AIは鳥の声と聞き違えたのか…。中途半端に賢いAIに腹を立てる。


「あぁ!違う!」


蓮菜が切れる。蓮菜の友達は蓮菜が切れたときに『室きれんな!』とよく言うことを思い出してまた切れる。


 蓮菜は結局手打ちで調べた。沢山のブログがでてくる。これぞ、蓮菜の求めていた物だった。


ーーーー


 上原が目の前に居る。わざわざ呼び出したのだ。

 放課後の屋上へ繋がる階段。塩尻はおどおどしていた。


「あ、う、上原!」

「な、なんですかぁ!」


 語尾が上がり調子な塩尻は肩を跳ねさせる。


「わわわ…す、す…、あぁ!私と付き合え!」


 言った後に後悔する。命令口調はだめだと書かれていたのに…。


「あっ…。はぁはぁ…。ちがう…。わ、分かりました…。ど、どこに行くんですか!」


 上原が何故か息を荒くし、自分を殴った後にいきなりそう切り出した。


「ど、どこっていきなり……」


 蓮菜は上原の積極性に驚くが反面嬉しくも思った。

 昨日のブログを先まで読んでて正解だったわ…。


「えっと…ゆ、遊園地がいいな…」

「えっ……、は、はい!何時ですか!」

「あ、明日休みだから明日…午前十時に」

「な、何しにいくんですか!」

「で、デートよ!」

「はぁ?なんで!」

「付き合うって言ったじゃない!」

「えぇ!だから……。え?」


 上原は言葉の意味をようやく理解した。『付き合う』を『買い物に付き合う』の意味と勘違いしていたみたいだった。


「ほ、ほほほほほほんとですか!」

「なんで嘘つかなきゃいけないのよ!」

「つ、つつつつ付き合うって!僕が、室木さんと!?」


 声は階段によく響いた。


ーーーー


 リア充は死ねばいいと思う…。


「なぁ花房~。リア充って爆発するべきだと思うんだけど」


 大西は隣を歩く花房に話しかけた。目線は前でいちゃつく男女に向けられている。


「それをカップルの目の前で言う大西はすごいと思うよ」

「そう言う花房は爆発の方法を探してんじゃねぇかよ」

「マジレスはホモって聞いた事があるんですけど」

「うるせぇ…。はぁ…でもまぁ彼女は今の時期いらないし?」


 大西はそう言って頭をかきむしる。目の前のカップルは相変わらずいちゃついている。

 だが大西の目には別の物が写っていた。

 次の瞬間、大西は素早く動いた。


「はぁ…。っと…。大丈夫ですか?お嬢さん」


 自転車にぶつかりそうな女性を格好付けて助ける大西がいた。

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前言撤回・初志不貫徹 小笠原 雪兎(ゆきと) @ogarin0914

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