第2話 出撃 【セレナ・グリン編】

翌朝の早朝、グリンはセレナ達を起こさないように静かに支度して家を出た。


行き先は軍事役所。


グリン達の家からは徒歩30分程にある。





軍事役所は招集状や入隊推薦状や、転属嘆願書などの軍事関連の手続きや処理を一手に引き受けている。


グリンが向かったのは、軍事役所の本館1階にある人事課に向かった。


ここでは新人隊員の採用にあたり配属先の手続きなどを行っている。


その中に招集状の手続きもここで行われる。


グリン「すみません、人事課はここでいいんですね?」


担当者「 はい、こちらでございます」





そういうと担当者は微笑んだ。





見た目は普通の黒色のスーツだが、胸元にヴィーゼン連邦共和国の国旗と腕に軍人である事を   


証明する腕章が着けているのが特徴的だ。   


顔を見る限り、年齢的にはさほどグリンと変わらないであろう。



グリン「実はこれを撤回して欲しいんですけど出来ますか?」





そう言うとグリンはカバンからクシャ クシャになった招集状を担当者に見せた。





担当者「ん~ 招集状の撤回ですか・・・」





そう言うと先ほど微笑みが一転して担当者は表情を曇らせた。


グリン「出来ないんですか?」





担当者「ん~なにせ政府のお達しですからね~こればかりはちょっと難しいかも知れません」


 担当者は曇った表情のまま答えた。


グリン「そうですか・・・」


担当者「はい、お力になれず大変申し訳ありません。」


  担当者は謝ってはいるが、顔色一つ変えずまるでマニュアル通りの動きだ。





グリンが落ち込んで踵を返した瞬間、軍事市役所中央入り口から一人の軍人が入ってきた、入って来た軍人の顔は帽子によって見えないが、グリンにはすぐに分かった。



入って来た軍人が腰に着用しているのはクロイツ家の家宝『クスィフォス』を差してるからだ。


刀の鞘はワインレッド色、柄の部分は黒地にクロイツ家の家紋が画かれている。


家紋は盾の紋章が画かれており、その盾の中央部分にはフクロウが獲物を銜えている。


盾は家を守ることを意味し、フクロウは代々クロイツ家は狩人と言うことを表しており、


フクロウは狩りの名手である。





獲物を銜えているのは狩人として狙った獲物は逃がさないという意味が込められている。


人事課の窓口から刀の柄の部分の家紋まで見れたのは、狩人である為であろうか。





グリンは咄嗟の遭遇に焦る気持ちを必死に隠し、平静を装った。


招集状を持って見付からないように然りげ無くセレナに背を向けて歩いた。





廊下の角を曲がった所にある小部屋に入った。


小部屋の中は荷物で溢れかえっている、隠れた部屋は書類保管室だ。


グリン(ここなら見つからないだろう)


彼は一番大きな段ボールの後ろに隠れた。





グリン(・・・・)


  一分一秒が1時間の様に長く感じ、一秒ごとに鼓動が早まる感覚に襲われ


  十秒ごとに汗が増えていく様な錯覚に襲われる。





    数分後





小部屋のドアが開く音がした


グリン(見付かる!)


足音がグリンの隠れている段ボールの方へ徐々に近づいて来る。


とうとうの前で足音が止まった。


もう隔てているのは大きな段ボールだけだ。





セレナ「グリン、ここに居るのだろ?分かってるぞ。」





グリンはため息を吐きながら段ボールの後ろから出てきた。





グリン「・・・」


 グリンは小さい子の様に俯いたままで顔を上げようとしない。


 俯いた状態まま進展がないのでセレナから口を開いた。





セレナ「・・・お前の気持ちは分かる・・・私の為にしてくれたのだろう・・・」


グリン「・・・」


  グリンは黙ったままだ。


また、お互いしばらくの沈黙に入った。





セレナ「お前からしたら私が唯一の家族だ、失いたくない気持ちは分かる。


    私がもし死んだらお前は一人だ、それも分かっている。」


    最初はグリンの方を見つめていたが、気付けばセレナ自身も俯き気味になっていた。


   


    グリンは黙っていたがようやく声を振り絞る様にして言う、表情は俯いているから


    分からないが、その声は震えている。





グリン「姉さんはどうしてそこまでして行くの?ただの紙切れじゃないか、無視をして一緒に暮らせ      ば・・・何なら引っ越そう、アルバや姉さんと皆で・・・もし行って死んだら・・・」


その時、彼の目からは一粒の涙が零れた。


    また、お互い沈黙に入ったがセレナは宥める様な言い方で話を始める。


セレナ「私だって死にたくない、でも世の中には自分の命に変えてまで守らなくちゃいけないものだってあるんだ、私からしたらグリン、お前だよ・・・守りたい者が居るのにそれを守れない、私は人生で一度守れなかった・・・もっと母さんの事を考えて行動をしておけば良かった、もうあんな辛い思いをしたくない・・・」





  亡くなった母親の事を思い出し、それと同時にグリンに対する思いが溢れたのか


  彼女の目からも涙が零れた。








グリン「母さんの事は・・・姉さんは何一つ悪くない・・・」


  グリンはそれ以外言葉が出なかった、他に何か言葉を出そうとすればするほど考えが浮かばない。


  言葉よりも、大切な家族を失ってしまうのではないか、その不安で頭が一杯だ。


  グリンの振り絞る様な言葉に対して、セレナも黙ってしまった。


セレナ「・・・」


  セレナも振り絞る様に言う


  声色は完全に涙声だ。      


セレナ「お前だってわかるだろう・・・何かに変えてまでも守りたいものというものが・・・頼む・・・分かってくれ・・・」





その言葉を聞いたグリンは、その手に握りしめていた


クシャクシャになった招集状をセレナに渡した。





セレナ「・・・すまない」


 そう言うセレナの瞳は涙で溢れていた。


 グリンはセレナの目を見てはっきりとした口調で言う。





グリン「謝らないで、姉さんは悪くないから・・・」


  そう言われたセレナは涙を拭いながら頷き、小部屋の扉に歩いて行く


  扉を開けて出て行ったのを確認すると。


グリンは膝から崩れ落ちて嘆いた。


セレナはグリンを励ますと、グリンの腕を支えて小部屋を後にする、小部屋を出た所を後ろから突然声を掛けられた


「おーい!セレナ!」


振り向くとセレナの同僚の『ソシオ・トルミロス』





ソシオは第265特殊行動作戦部隊の予科隊時代の友人だ。


射撃訓練はセレナに次ぐ2位、白兵戦では部隊内でトップの腕前だ。


訓練中の事故によって足を負傷して軍事役所に転属となった。


セレナ「なんだ!?どうした!」


あまりのソシオの慌てっぷりにセレナは驚きを隠せない。





息を切らしながらソシオが言う。


ソシオ「実は、さっき本部からの連絡があったんだが」


セレナ「なんだ?」


ソシオ「フリオ王国の第427特別強襲大隊がやられた・・・野外訓練中に襲われたらしい・・・」


『フリオ王国』は


インゼル大陸南東に位置する大陸最大の王制国家、最初の大戦「ルイーナ政策」時に「神兵」をインゼル大陸から一時撤退をさせる程の強さを誇った。


この時に活躍したのが第427特別強襲大隊。



セレナ「なんだと!?敵は?」


ソシオ「馬に乗ってたのと「鎧を着ていた」ぐらいしか分からないんだ。」


 予想外の答えに思わずセレナは呟く様に繰り返した。


セレナ「馬に「鎧」・・・」





ソシオ「あぁ・・・」


    セレナが手を顎に添え考えてるとソシオが待ち切れない様に話を切り出した。


ソシオ「と、とりあえず急いでゼファー国際空港に行ってくれとの通達だ。


    後で俺も向かう」


セレナ「分かった、けどお前はもう兵士じゃないから行けないだろ?」


ソシオ「いや、残念だが俺も行くことになった。役所に転属はしたが事が事なだけに


    な・・・そして元々俺は優秀な兵士だから、上層部も戻ってきて欲しいってのもあったんだろう・・・と言う事で背中は任せろ!」





そう言うとソシオは笑いながらセレナの背中を叩き去っていった。


昔からソシオのスキンシップが少し苦手だ。





セレナ「出撃か・・・」





セレナはグリンの腕を再び掴むと急いで走りながら、今からすぐに出発しなければいけない事を話した。家に着いた後、彼女は急いで準備をした。軍服を着ていた為着替える手間は省けた、必要な身支度を終え玄関のドアを開けた時、グリンが言った。


グリン「姉さん!・・・生きて帰きて・・・」


セレナ「大丈夫だ、安心しろ」セレナはそう言うとセレナはグリンに近づき、力一杯に抱きしめた。


セレナ「有難う」


セレナはそう言いながらグリンの頭を撫でた、グリンの後ろに立っていたセルバも言う





アルバ「お姉さん気をつけて、元気で帰って来て下さいね」


セレナ「大丈夫だ、少しの間グリンを頼むぞ」


そう言われた、アルバは満面の笑みで答える。


アルバ「はい!」


二人に別れを告げセレナは出発した、車で15分程走るとゼファー国際空港が見えた。民間の空港はすでに軍用機で埋まっていた、空港ロビーに入り受付で話を聞くと後ろからソシオに話掛けられた。


ソシオ「よう!」


セレナ「あぁ、お前か」





さっきのスキンシップの事を思い出して思わず顔に出てしまう。


ソシオ「なんだその露骨に嫌そうな顔は・・・失礼だな」


セレナ「そうだな」


ソシオはショックを受けつつもそれを気にしない素振りで話す。


ソシオ「ところでお前は何号機だ?」


セレナ「2号機だ」


セレナがそう答えるとソシオは嬉しそうに答える。


ソシオ「おお!一緒だな!」


セレナはまた嫌な顔をした。セレナは内心前線基地に着くまでコイツと一緒か、落ち着けもしなさそうだ。


その顔を見たソシオは、俺はそんなに嫌われているのか?なんか悪い事でもしたか?


セレナ「そろそろ行こう」


ソシオは腑に落ちないままセレナと一緒に2番搭乗口に向かった。


向かってる最中にもそこら中で軍用機の轟音が聞こえる。


ふと廊下から外の景色を見る、手前から順番に大型の軍用機が僅かなズレもなく綺麗に並んでいる。


軍用機の尾翼には所属部隊を表すマークと番号が書いていた。


セレナ達は、自分が乗る搭乗口に着くと指定された座席に着く。


セレナは機体後方の窓際席だった、ソシオは同じ列の通路を挟んだ通路側の座席に着く。





丁度窓際席だったのでセレナは頬杖をつきながら窓の外を見る。


窓の外を眺めながらセレナは疑問に思った、セレナ達軍人が乗る輸送機6機に比べて護衛機は4機、あまりにも護衛機が少なすぎるな。


そんな事をセレナはふと思ったが、すぐに違う不安で頭が一杯になる。





セレナ(私はこれから戦争に行くのか、人を殺すのか、死ぬときはどんな感じなのだろうか・・・)

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