第14話「ごめんそれは本当にすごいわ」
僕は思い出していた。思い出さざるを得なくなっていた。
先までの掛け合い。
言葉の応酬。
素の言葉を投げかけられる先のやりとり。
そして何より——こいつの頭の悪い自己紹介。
これだけ条件が揃えば、流石に思い出す。記憶をたぐれる。
僕は視線を切りながらため深く息ひとつ。
彼を、前を見る。
「……七年ぶりだな。海斗」
「おお! 思い出したか!」
切れ長の目元を丸くさせて彼は肩に手を回してそのまま背中をバッシバッシ叩く。
その行動はきっと単純な嬉しさから生じたものだとは思うのだけれど、しかしいかん威力が強すぎるせいもあって、その忘却の罰を受けさせられているような気さえする。
ふっつうに痛い。肩が痛い。なんだこいつ、力加減バグってんのか。
とはいえそれに僕が何か文句を言うこともなかった。
実際、こうやって彼の名前を思い出すまでは本当に忘れていたのだ。
本当に一つだって。
何の一つだって覚えていなかった。記憶になかった。
それがしかし彼の名前を聞いた途端、奥に隠れていた記憶が全部数珠のように繋がった。浮かんできた。
いきなり。
突然。
こいつと七年前まで、ほとんど毎夏遊んでいたことが思い出せたのだ。蘇ったのだ。
海に行ったことも。
虫を取ったことも。
秘密基地で夏を過ごしていたことも。
夏を過ごした何もかもを思い出していたのだ。
だから正直僕としては、その叩かれた強さより、その記憶の蘇り方に対しての違和感の方がとても大きく、そして気持ちが悪かった。
……なんだ今の。
デジャブ……ではないし、記憶喪失……とも違うよな。
なんて名前をつけるのが正解なんだ。この現象。
そんな言葉にならない不安のようなものを抱えながら、気持ち悪さを抱きながら、しかし結局は「まあ七年だしな。こんなことぐらあるだろ」なんて。
そんな納得を無理やり果たしてしまったぐらいには、深く考えることに向いていない僕であった。
それから数分。
「ちょっと待ってて」
そんな言葉を残して店の奥に消えていった彼を放ってさっさとここから離れてしまおうと画策していたのに、本当に「ちょっと」しか待つことなく彼はこちらに戻ってきた。
おい、まだグミの袋を開けたばっかだぞ。
「——って、え、あれ?」
「お、どした」
「店、しめるの?」
「ああそうだな。今日はもう終わりだ」
「……まだ昼過ぎだぞ」
「何言ってんだ? もう昼過ぎだろ」
「いや流石にそれはサマータイムすぎんだろ」
昼の三時に至る前に締まる駄菓子屋なんて、今までで一回も聞いたことない。
それは流石に市場に挑戦しすぎやしませんかね。
「いや、別に。どうせ競合相手なんかいねえし」
「あ、そうですか」
「まあ別に供給相手もいないんだけどな」
「もう店やめろよお前」
「やだよ。まだ去年に始めたばっかなんだぞ」
「……あ?」
僕はグミを片手に口に放り込みながら、目の前を見る。
目の前にあるボロ屋を見る。
木造であるその外壁は所々剥がれ落ちていてその中は穴から漏れ出た太陽光によって部分部分照らされている。
電気はないみたいで、だから先ほど外から中の様子が伺いずらかったこともあるようなのだが、その様子は古屋というよりはよくできたぼろ家のようだ。
竪穴住居を参考にしたような小さな枝葉でできたその天井も、まさか雨風をしのげないことはないだろうがそれでも、ちょっと強い風が吹けば所々が軋み出るいやな音が鳴り響くぐらいにボロボロ。
結構しっかりめの台風が二、三個ほど連続して到来してしまえば、きっとすぐにその跡形は無くなってしまうのではないか。
そんな器具すら及んでしまうぐらい、それほどのボロ屋が目の前の駄菓子屋なのある。
つまり、だ。
僕の目から見た感じ、見た感想として、これがまさか去年や一昨年にできた代物だとは到底思えなかったのである。
ということで再確認だ。
「マジで? 去年? 始めたの? これを?」
「おう、結構すごいだろ」
「まあ……見方によっては確かにすごいかもしれんが……」
ほんと、逆によくこんな物件を見つけてきたものだ。間違いなくスーモとかには載ってないレベルの物件だ。
家賃とか、ほんといくらなんだよ、これ。
「……家賃? あるわけねえだろそんなの」
「え、なに。じゃあお前買ったの? これを? 正気?」
多分僕であればどんなにお金積まれてもこれを買う決断に至らないんだけど、と思ったところでしかし彼はまた首を横に振った。
どうやら違うみたいだ。
「んじゃあ一体これはどうして——」
そして一言。
なんでもないように彼は言った。
「作ったんだ。流木で」
「ごめんそれは本当にすごいわ」
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