第8話「……ちゃんと前置きしただろ」
「長い、くどい、だらしがない」
そんな言葉の三拍子で僕の話をまとめたらしいお袋は、僕の目の前だけでもう三本目になる煙を吸っていた。
「何でそんなありきたりなよくある話を私は延々十分弱も聞かさなきゃならねんだ。あまりの退屈のせいで普通に死ぬところだったわ。ヤニが止まんねえぞ」
そう言いながら、本当につまらないことを責めている風に口を尖らせながら、半顔を見せつつ、お袋は言う。
実に責任転嫁も甚だしいそのセリフだった。
「……ちゃんと前置きしただろ」
「前置き?」
「『つまらない話になる』って」
「はっ! それで本当につまらない話をする奴がいてたまるかってーの。お前はろくに伏線も回収できねえのか」
このクソが。
と、追い討ちの一言を、唾飛ばして、こちらも見ずに言ってくるこの人は、実は僕の母なんです。
「ん? ああ、そっか。伏線回収もできないから、だからこんなつまんねえ語りになったわけだ。ごめんごめん、お前に面白みを期待した私が悪かったよ」
加えてそんな侮蔑を含めた哀れみの嘲笑を自身の息子に向けたこのクソ女は、乱雑以上の言葉を吐いて捨てた。
……いや、もうというかこれ相談される側の態度じゃねえだろ。
というか母の態度じゃないだろう。
それが血の繋がった息子から受ける結構重い進路相談の場面——なんてそんな状況説明が加味されれば、その異様さはより際立つ。
最悪以上に最悪なこの母である。
……本当に僕はこの人から生まれたのだろうか。
それが事実だとするなら、もう普通に信じたくないレベルなんだけれど。
思わずそんな言葉が口から漏れ出た僕。
母はまた嘲笑を浮かべて口を開いた。
「何言ってんだ、お前」
「……んだよ」
「私、最初に言っただろ」
「……何を」
と聞き返しつつ、僕は思い出す。
先の回想の前を、そのセリフを思い出す。
——情けないことに母としてってのは無理だけどよ。
——人生の先輩としてなら相談相手にはなれると思うぜ?
「…………」
確かに言っていた。
言っていたけども……。
いや、これこそ伏線みたいなもんじゃねえの?
普通そのセリフの後には
温かい言葉とか、
背中を押すエールとか、
私も昔はそんなことがあったんだよ、みたいな励ましとか、
そんな感じのが普通、待っているもんじゃねえの?
少なくとも心の傷を抉り広げるレベルの暴言をぶつけるのは違うとは思うんだよ。うん。
「何言ってんだお前」
「今の所、僕は普通のことしか言ってないと思うんだけど」
「十九年私の息子をやってきてまだ私に普通とかそう言ったもんを期待してんのか」
「…………」
そういうのを世間では開き直りというのですが……まあ言わないですけどね。疲れるだけだし。
「とにかくだ」
閑話休題を口に出して、声に出して、そしてお袋はこちらを一瞥。
「こっちとしてはお前がどこでのたれ死のうと、やる気を失おうと、志を見失おうと、未来に絶望しようと、そんなの知ったこっちゃねえわけなんだ」
じゃあちょうどいいわな、さぞ暇なことだろうし。
そんな風に煙草を灰皿に押しつけながらお袋は言った。続けた。
「お前、今日からしばらく私の仕事手伝え」
それが——お前をここに呼んだ理由だ。
なげやりに言葉だけを投げつけて、そのままお袋は仕事に戻った。
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