第7話 何のために——生きるのか。
別に何か大きな理由があるわけでもない。
人生なんて大概は劇的でないし、つまらないことばかりだし、退屈にあふれているものだ。
もしかしたら、僕の知らないところで映画や小説のようなフィクション以上に心踊る展開と飽きることない物語が展開されているのかもしれないし、そしてきっと紛れもない事実として、そういう世界がこの世に存在することは間違いないことなのだろうけれど、しかし少なくとも僕の人生についてを話すのであれば、それは疑いの余地を残さず劇的ではないし、一片たりとも面白いものではない。
ありふれた、どこにでもあるような日々でしかなかった。
だからもちろん、僕が大学に行かなくなった理由だって特別何か大きな理由が存在しているわけもない。
成績が著しく悪くなったとか、家庭環境が劣悪だったとか、人間関係に思い悩んだとか、恋愛で大失敗をしただとか。
そういったことすら全くない。
そんな些細な問題にすらならず、また逆に大層な物語にできるようなことでもないのだ。
ただ普通に。
受験に受かって。
高校生時に住んでいた家を引き払って。
本格的な一人暮らしをするようになって。
学校に通うようになって。
朝起きて。
顔を洗って。
飯を食べて。
着替えて。
講義の準備をして。
靴を履いて。
扉を開けて。
外に出て。
その時。
日常の中。
そんな時に。
僕は何となく、思ってしまっただけなのだ。
考えてしまっただけなのだ。
ふと——こんな風に頭によぎってしまっただけなのだ。
……僕は一体何をしてるんだ。
なんてことない疑問。
ありふれたつまらない疑問。
それでも一度考え出した思考は螺旋を組むように循環していって、転がりながらも膨らんでいく。肥大していく。
確かに医者になろうと、なりたいと。お袋のようになるのだと。
そんな風に決意して、僕は受験をした。
元々決して良い成績ではなかったし、時間もなかったし、周りの奴らはできるやつばっかだしで、だから死ぬほど勉強だってした。
実際に吐くほど勉強をした。
合格発表時には手がありえないほど震えていた。
受かった時にはほとんど涙を流していた。
一緒に受験を乗り越えた仲間や先生も一緒になって喜んでくれた。
家族だって祝福の言葉をかけてくれた。
そして——この春。僕は医大生となった。
医者になるため。
人を助ける仕事に就くため。
憧れの仕事をやるため。
これから俺から六年間、僕はほとんど毎日勉学に打ち込むことになったわけである。
そう。
だから『何をしなければならないのか』という問いに対して適切な答えを用意するならそれは僕は学校に通わなければいけないのだ。行かなければいけないのだ。
しかし——
僕はここで考えてしまった。
全ての準備をして。前準備が整って。そして家を出るだけになった段階で。
あまりにも遅すぎるタイミングで、僕は思ってしまったんだ。
先を、未来を。
頭の中に思い描いてしまったんだ。
僕は今——なんでそこにいるのか。
僕は一体——何をしようとしているのか。
どうして——医者になろうとしているのか。
突き詰めれば。
僕は何のために——生きるのか。
そんな問いを、馬鹿正直に考えてしまったんだ。
自分に問いかけてしまったんだ。
自問して、自答できなかったんだ。
そして、それから僕は考えるようになった。
未来を考えるようになった。
考えて、予想して、期待して、絶望して、停止して。
思考サイクルを毎日何度だって繰り返すようになっていって。とめどなく回していって。
そうして見えない未来を悲観しながら。
とめどなく日常を消費していった僕は、僕の足は。手は。
ついに——止まってしまった。
学ぶのを、やめてしまった。
学校に行くのを、やめてしまった。
朝起きた時点で一限の時間が過ぎていれば、もうその日に僕が学校へ行くことはなかった。
読みたい漫画があれば、もうその日に僕が学校へ行くことはなかった。
友達から誘われれば、もうその日に僕が学校へ行くことはなかった。
サークルのイベントや合宿があるときは、もうその日に僕が学校に行くことはなかった。
何だか調子が悪そうなだったら、もうその日に僕が学校へ行くことはなかった。
するとすぐに襲いかかってくる『何か』
迫り来る『何か』
言葉にできない『何か』
それは罪悪感なのか、焦燥感なのか、無力感なのか、虚無感なのか。
とにかくその全てに押しつぶされているような感覚になって。
その全てに追いかけられているような感覚になって。
最後に、周りの全てに笑われているような気になって。
そしてついに——僕は外に出ることすらやめた。
部屋から出ることをやめた。
太陽の下に出ることをやめた。
自分を照らすのはテレビの光とPCの明かりだけ。
真っ暗の部屋。親から貰ったなけなしの生活費を切りくづしながらカップ麺を貪る毎日。
学校どころか
いつの間にか人間らしい生活だって——僕はやめてしまっていたのだ。
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