起死回生
サントル帝国の皇宮は正式名を
白亜の壁と高低差がある四本の尖塔が白鳥をイメージさせる、が公式見解だ。
しかし帝都の民からは亀と認識されていた。
全体だと「白い甲羅を背負った亀」に見えるからだ。
白鳥宮は天高くそびえている。
帝都のどの建物より高いのだが、それは尖塔に限定されない。
平屋部の屋根どころか、一階の床でさえ帝都の建物より高い。
高地に建てられたわけではない。
建設された後に、土台の岩盤ごと高々と持ち上げられたのだ。
支えは東西南北各一本ずつの太い斜路だけで、岩盤の下には何もない。
地面までも、そして地面の下までも。
皇宮の真下には、深い巨穴が口を開けている。
土の大精霊を大量動員して成し遂げた、狂気の産物であった。
この無理な構造を支えるため、各斜路と土台にそれぞれグラン・ノームが常駐していた。
斜路には各々役割がある。
南が正門へ続く皇帝専用の通路、それ以外は全て北の斜路から出入りする。
東の斜路は水路で、グラン・ウンディーネが常駐し、勾配に逆らって皇宮に給水していた。
西の斜路には埋設溝があり、下水を大穴を囲む堀へと排水している。
尖塔は東西南北に一本ずつ。
南の尖塔が最も高く、北が次、東西が一番低い。
白亜の建築物だけなら白鳥に見えなくもない。
しかし土台と斜路も含めると、亀以外の印象を抱きようがなかった。
もちろん口外する者はいないが、帝都では亀が禁句になるほど暗黙の了解だった。
א
この非現実的な外観を目にすることなくシノシュは白鳥宮入りし、皇帝によって死刑を命じられた。
しかも敵国の間諜という濡れ衣まで着せられて。
血統根絶が免れないどころか、苦しみを長引かせて殺されるだろう。
既に十分最悪だったのに、さらに状況が悪化してしまった。
一緒に死刑を告げられた政治将校は泣き崩れているが、少年はまだ諦めていない。
必死に家族を助ける道を探した。
自分の命など眼中にない。
家族の連座さえ避けられるなら、自らの死刑は許容範囲どころか、望ましい結末でさえあった。
ゆえに道を見いだすや、即座に賭に出た。
「死ぬ前に、是が非でも遺さねばならぬ、敵新型ゴーレムの情報がございます!」
「恐れ多くも皇帝陛下の御前で、大衆ごときが発言するか!?」
この前代未聞の不敬に、白髭の儀典長が激怒した。直ぐさま衛兵を差し向ける。
だが、それを止める者がいた。
「待て。余は、その情報を聞きたいぞ」
玉座で頬杖を付いている、皇帝陛下その人である。
「しかし、前例が無いことでして――」
「二度同じことを言わせるな」
渋る儀典長をディテター五世陛下は黙らせた。
そしてシノシュは、サントル帝国の頂点に立つ人間の前で、語り始めたのだ。
パトリアの新型ゴーレムの、信じられぬほどの運動性能を。
部隊を周回した小走りどころか、全力疾走、大跳躍までしてのけた事を。
槍の一突きで、次々と従来型を大破させた攻撃力を。
早足で進む四足型ゴーレムに飛び乗り、跨がって攻撃した、その柔軟すぎる運用を。
自軍ゴーレムを乗り移りながら破壊していった、悪夢の様を。
この荒唐無稽話に、皇帝も眉をひそめた。
「誰か、他に見た者はおらぬか?」
すると世界革新党の列から進み出る者がいた。
「第三ゴーレム師団付き、ディーニェ・ファナチ政尉でございます。至尊の前で発言するご無礼をお許しください」
シノシュを監視し続けた女性党員である。
「この者の発言は真実か?」
「御意。敵新型ゴーレムは、我が軍の四足型ゴーレムの後半身に飛び乗りました。一撃くわえて飛び降り、下から突き上げるなど、縦横無尽に動く様は、軽業師のごとくでございました。あれは、ゴーレムとは全く別の存在と考えるべきかと」
「そうか。想像以上の高性能だったのだな」
とディテター五世は頷いた。
そこにシノシュは畳みかける。
「恐れながら申しあげます。敵の本当の脅威は、ゴーレムそのものではございませんでした」
「!?」
たった今、信じがたい高性能ぶりを報告した当人が、それを否定するかの発言をしたのだ。
皇帝ならずとも驚き目を見張るなか、少年は言葉を続ける。
「敵コマンダーは『風に愛された少年』と呼ばれているとの由。実際、彼が契約したグラン・シルフは桁違いでして、それこそが真の脅威でございました」
征北軍にもグラン・シルフはいたが完全に封じられ、シルフによる連絡も偵察もできなかった。
そして戦闘となると、強風による目潰しで自軍コマンダーは戦況どころか自基さえ見失う有り様だった。
「そこまで性能に差があるのか?」
皇帝の疑問に、シノシュの隣りで同じく訴追されているホウト元帥が答えた。
「征北軍配備のグラン・シルフによれば『パトリアのグラン・シルフに勝てる者はおらぬ』そうで」
「最強のゴーレムに加え、最強のグラン・シルフまでもが相手では、敗れても仕方なし、と申すか?」
皇帝に問われた元帥は、慌てて平伏するしかなかった。
「コマンダーが戦場を見られぬのが、それほど問題か?」
ホウト元帥はシノシュに水を向けた。
「ゴーレムを操作する精霊は、教えられた動作を繰り返すしか能がございませぬ。グラン・ノームによって集団運用し、敵新型ゴーレムを取り囲みはしましたが、我が軍のゴーレムは決まった動きをするだけでしたので、簡単に突破されてしまいました」
「我が軍のコマンダーが見えない戦場では、敵コマンダーも視界を失っているのではないか?」
「それこそが『敵新型ゴーレム最大の謎』である、と愚考いたします」
最後の戦いでシノシュは、道路にノームを配置して敵コマンダーを待ち伏せた。
「しかしゴーレム車どころか馬、人間さえも感知できませんでした。だのに敵新型ゴーレムは、想定外の状況に即座に対応してのけました。精霊による自律行動ではあり得ないことでございます」
「コマンダーが指示をしていた、そう申すか?」
「御意。敵コマンダーは戦場のどこかにいた、そう考えざるを得ません」
「だが見つからない。地面を歩いていないなら、空でも飛んでいたか?」
シノシュは大王都攻略と、戦闘集団や補給部隊の襲撃が夜間に行われたことを説明する。
「敵コマンダーは、悪天候でも夜間でも戦況を見られるだけでなく、ゴーレムに即座に指示できる、としか考えられませぬ」
「千里眼でも使えると?」
「一つ気になることがございます。敵新型ゴーレムの重量は『我が軍の新鋭軽量型ゴーレムの半分以下』とグラン・ノームが判定いたしました。土の塊がそんなに軽いはずがございませぬ。そのうえ、あれの鎧は我が軍の軽量型よりも多くの部分を覆っております。となりますと、大変非常識ではありますが『内部に空間がある』と考えるほかござませぬ」
「そこか!? 敵コマンダーはゴーレムの内部にいた。そうなのだな?」
「ご明察、恐れ入ります」
会心の成功に、シノシュは目に涙を浮かべてひれ伏した。
推測はしていたが、大衆風情が言ったところで誰も相手にしない。
だが、この国の最高権力者が口にしたら別だ。
真相はどうあれ、有用な情報を提供したのだから、敵国の間諜という濡れ衣だけは拭えよう。
それさえ果たせば、このまま処刑されてもシノシュは満足だった。
しかし安堵したのは一瞬だった。
上機嫌な表情でディテター五世陛下が言う。
「そこまで分かっているならば、対抗策も言ってみよ」
シノシュの呼吸が停止した。
コマンダーが内部にいるまでは考えたが、対策など考えていない。
政治将校に拘束されてからは「いかにして家族の死を回避するか」ばかりで、他を考える余裕などなかった。
だが皇帝陛下の求めに「ありません」とは言えない。
求められた物を出せなければ、死あるのみ。家族の連座は言わずもがな。
冷や汗が吹き出て全身がぬめる。
何も思いつかないが、これ以上返答を遅らせたら不敬になってしまう。
「これは、まだ、具体策にはなっていませんが、敵が執拗に視界を妨げるのは、人間による指示を嫌ってのことと推察されます。ですので、強風や暗闇によって視界が悪い状況でも、ゴーレムにコマンダーが指示できるようにする、が最善かと愚考いたします」
「具体的に述べよ」
「大衆風情が発案するのも不敬でございましょうが、恐れ多くも皇帝陛下のお求めならば、是非もありません」
駄弁で稼いだ時間が、シノシュに光明をもたらした。
「そうです。敵と同様に、我が軍もコマンダーをゴーレムに乗せれば、人対人の戦いになるかと」
この回答に皇帝は目を細めて頷いた。
「よかろう。工廠局長、搭乗型ゴーレムを開発せよ。そしてその、有人ゴーレム部隊を、直接対決した貴様が指揮をするのだ」
と、シノシュを指した。
列席者一同が仰天するあまり息をのむ。
それ以上に驚いたのは、指された少年だった。
驚き過ぎて反応できなかった。
それは致命的な失態だった。
年老いた儀典長が渋い顔で皇帝に言う。
「恐れながら、大衆風情を部隊長にするなど前例が――」
「ならば市民にすれば良い。何もかもが不明だったパトリアの新型ゴーレムについて、ここまで掴んできたのだ。市民に昇級するに十分な貢献であろう」
「しかしながら、この者は死刑と決まっております」
「そこの政治将校は、彼を敵国の間諜呼ばわりしていたな。だが考えてみよ。軍の作戦を妨げた人間が、敵国の重要情報を持ち帰った者を間諜呼ばわりしておるのだ。どちらが敵国に利しているかは明白であろう?」
「それは――御意。そのとおりでございます」
「ならば間諜とは、その男の方ではないか」
ディテター五世の指は、コレル政佐に向けられていた。
数名が思わず声を漏らしてしまうほど、謁見の間は驚愕に揺らいだ。
皇帝陛下と並んで完璧
サントル帝国皇帝は、淡々と畳みかける。
「実に重大な問題であるな。世界革新党の党員ともあろう者が、敵国に魂を売るなどとは」
文官トップの世界革新党代表が卒倒した。
誰もが「あり得ない」と思いはしたが、一人として異は唱えない。
至尊の言動は常に絶対に正しいのだから。
一方でシノシュは気を失いかけたが、額を床にぶつけた痛みで意識を繋ぎとめていた。
絨毯を舐めるように這いつくばったまま、声を絞り出す。
「謹んで、拝命いたします」
あとはもう、何も分からなくなった。
家族を守れた、それで十分だ。
少年は意識の手綱を手放したのだった。
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