死刑判決

 サントル帝国の首都グラン・サントルは、公称百万人の巨大都市である。

 この帝都を遠望すれば百人中九十九人は目を疑い、残る一人は目覚めようとするはずだ。

 あり得ない光景を目にすれば、夢か幻と思うほかない。


 そんな非現実的な光景を見ることもなく、シノシュは皇宮入りした。

 国境から目隠しされたまま連行されたので、非現実な皇宮はおろか帝都の賑わいも目にしていない。

 罪状は敗戦の原因者である。

 征北軍司令ホウト元帥と連名で訴追されていた。

 それだけでも最悪中の最悪だが、帝都に到着するや状況はさらに悪化した。


 恐れ多くも皇帝陛下の前で断罪される運びとなったのだ。


 目隠しが外され、最初に見えたのは赤い絨毯だった。

 シノシュは巨大な広間を縦断する、緋色の絨毯にひざまずいていた。

 隣ではホウト元帥が大柄な体を縮こめている。

 一級市民でさえ蒼白になっているのだ。ましてや大衆でしかないシノシュは、歯の根も合わぬほど震えている。

 ひれ伏した少年の頭の中では、同じ言葉が繰り返されていた。


 どうしてこうなった?


 土の中で窒息死する予定だったのに、契約精霊に掘り返されてしまった。

 そのうえグラン・ノームは、残存ゴーレムの放棄を勝手に敵と約束し、実行してしまった。

 全てシノシュが意識を失っている間に起きたことだ。


 ゴーレム車内で息を吹き返したときは既に、全てが終わっていた。

 オブスタンティアに「どうして死なせてくれなかったんだ!」と詰め寄ったところで取り戻しはつかない。

 敗戦の責任だけでも過大だったのに、ゴーレム放棄の責任まで負わされてしまった。

 それもこれも、契約精霊が余計な真似をしてくれたからだ。

 そのうえ元帥付の政治将校は、精霊の独断専行だとは信じない。

「貴様の罪を、帝都で糾弾してやる!」

 と、事実上の死刑宣告までしてくれた。


 シノシュが避けたかった連座は、家族は全員が確実、親族まで及ぶだろう。

 罪もない幼い弟妹たちを死なせてしまう自分が、呪わしくてならない。

(どうして俺なんかが生まれてきたんだ?)

 いくら自分を呪っても、時を戻すことはできなかった。


 皇宮の謁見の間は大劇場のように広大だ。

 やたら高い天井からは赤いカーテンが幾筋も垂れ下がり、大理石の床には緋色の絨毯が入り口から一直線に伸び、正面の大階段を登ってゆく。

 最上段は舞台のようで、きらびやかに飾られた玉座が据えられ、壮年男性が頬杖をついていた。

 サントル帝国で最も尊い存在、ディテター・プロタゴニスト・アスチュース五世皇帝である。

 床に這いつくばるシノシュからは皇帝どころか玉座すら見えず、絨毯だけが視界を占めていた。

 血のように赤い毛氈に、冷や汗と涙が染みを広げてゆく様だけしか見えない。

 少年は絶望の、さらに向こうの悲劇を予想して震え続けた。


 シノシュとホウト元帥とが平伏する前で、政治将校が得々と演説している。皇帝陛下の御前で、両側から文武百官が注視する中で。

 征北軍派遣主幹、元帥付のコレル政佐だ。

 ホウト元帥に対して政佐は「進撃速度が遅い」「革新行動に非協力的」「ゴーレム車の質を意図的に落とした反党行為」などの罪状を並べ立てる。

 シノシュが知る限り、元帥はゴーレム師団長のような「素人でも分かる失態」は犯していない。

 唯一の失態とも言える戦力の逐次ちくじ投入も、政治将校の横槍が原因のはず。

 ゴーレム車の質に至っては、ゴーレムが道を荒らしたせいで乗り心地が悪化したことへの、イチャモンとしか思えない。

(一級市民様でさえこれだ。大衆の俺なんて……)

 シノシュの震えがさらに強まった。


 元帥への罪状陳述が終わり、ついに少年の番が来た。

 コレル政佐はシノシュが犯した罪を挙げてゆく。

 精霊にゴーレムを放棄させた件に留まらず、新型ゴーレムとの交戦の全てで「意図的な敗北」をし、世界革新党の指導に従わぬ反革新行為をした、など死刑相当の罪状が列挙された。

「これほどまでに重罪を重ねる退廃主義者など、同盟諸国の間諜以外にありえないのであります。斯様かような反革新分子を排出した血統など、有害血統として根絶すべきであります!」


 血統根絶!?


 覚悟していた以上の巻き添えに、シノシュの呼吸が停止した。

 親兄弟どころか祖父母、その兄弟、又従兄弟に至るまで、恐らく帝国に併合されて以降の親族が皆殺しにされるのだろう。

 尽きる事のない後悔の土砂に、少年の心は押し潰される。

 なおも熱弁を振るう政治将校の声が、ぼんやりと聞こえ続けた。


 罪状陳述が終わり、広大な謁見の間は静まりかえる。

 と、そこで聞こえたのは、ため息だった。

 玉座で頬杖を付いている皇帝陛下が、ため息をついたのだ。

「話は以上か?」

 式次第に無い発言に、列席した全員が総毛立つ。

 だが前例破りだろうと異例だろうと、至尊しそんの行為は全て正しい、それがサントル帝国の国是であった。

 一同が固唾を呑む前で、ディテター五世皇帝は予定にない発言を続ける。

「コレル政佐だったな?」

「は! 小官の名を覚えていただけたとは、天にも昇る喜びであります!」

 歓喜に顔を輝かせる政治将校に、皇帝は問いかけた。

「パトリアの新型ゴーレムの所在を知った時、貴様は何をした?」

「は? それは、リスティア大王国の背信が判明そた時でありましょうか? ならば『断固たる報復を進言した』左様に記憶しております」

「報復の具体的内容を説明せよ」

「は! 第一に大女王配下の貴族を処刑いたしました。第二に、潜伏する貴族をゴーレムにて都市ごと蹂躙じゅうりんいたしました」

「報復を急がせた理由は何か?」

「は! 直ちに罰しなければ、しつけにならないからでございます。蛮人は犬と同等であります。即座の報復により、リスティア大女王は震えあがりましてございます」

「ほう、震えあがったがゆえに『小娘は対帝国包囲同盟に加盟した』そう申すか?」

「そこまでは……蛮人の行動は、時に不条理でございますれば」

 困惑する政治将校に、皇帝は問い続ける。

「貴様は、余を裏切った小娘を『躾け』で済ませたのか? 神の代行者であり、サントル帝国の皇帝たる、この余を裏切った罰が、躾けなどという軽微な――」

「それは悲しき誤解であります! 即座の躾けは、手始めにございますれば――もちろん大女王の死刑は確定でありまして――しかし、大王都へ向かった軍勢は、この、被告人たちの失態と妨害とにより、到達し得なかったことは、まことに遺憾の極みでございます」

「敵は双方とも大王都におったのだぞ。全軍で踏み潰せば済んだ話だ。だのに貴様はそれを妨げ、一部だけを差し向けたではないか」

「それは――いきなり全軍では時間がかかる故でございます! 罰は即座でなければ、躾けになりませぬ!」

 コレル政佐は必死に言い訳をする。

 いつものように「上役を言いくるめられれば助かる」と詭弁をろうしているのだ。

 もっとも、本人以外の誰もが「死刑が確定している」ことを察していた。

 皇帝が楽しんでいる節があるため、阻止も制止もされずにいるだけだ。

 だが「口先だけで生きてきた」世界革新党員は、自分を客観視することができず、無駄な足掻きを続ける。

 そんな抵抗も虚しく、皇帝は決を下した。

「もう黙れ。戯れ言は聞き飽きた。たかだか一政治将校の躾け方針で、余の最初の外征が失敗するとは――この様な痴れ者を寄越した世界革新党には、失望したぞ」

「誤解です! 作戦が失敗したのは、この、大衆が、同盟国の間諜が、邪魔をしたからです!」

 政治将校が指す先で、大衆の少年が平伏していた。

 それを見てサントル帝国の最高権力者は言い渡す。

「心配するな。貴様と一緒に処刑してやるから安心せい」

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