夏の予定

 ルークスにあてがわれた王城の控え室では、アルティとフォルティスが待っていた。

「ちゃんと休む――って、え!?」

 問いかけた少女は、少年に続いて入ってきた女性を見て目を点にした。

 グラン・シルフらをイノリに残しているので、護衛に精霊を付けるのは分かる。

 シルフが二人、ルークスの頭上を飛び交っているのは今までどおりだ。

 それに加えて、サラマンダーの娘が火の粉をまき散らしていた。

「どうしてカリディータが?」

 風邪でもひいて寒気がするのか、とアルティは心配になったのだ。

「なんだい、アルティは。ずいぶんとご挨拶だね」

 機嫌を損ねたサラマンダーの前で、少年は苦笑した。

「カリディータなんて今さらじゃないか」

 呆れた風のルークスは、血色を取り戻して元気そうに見えた。

 王都に到着した半日前は、憔悴しょうすいしていたのに。

 驚きのあまり混乱するアルティを気遣い、フォルティスがフォローする。

「サラマンダーが目立ち過ぎるので、アルティは驚いたのでしょう」

 既に日は落ち、窓の外は暗い。

 室内を照らすランプやロウソクよりも、サラマンダーは遥かに明るく周囲を照らしていた。

「そうなんだ。これ見よがしに精霊に護衛させることに、意味があるらしい」

 ルークスはプルデンス参謀長から策を授けられていた。

 だがアルティの関心はそこにはない。

「それで、休むのよね?」

「休むよ。陛下に言われたからね」

 あっさり言うので、少女は複雑になる。

(私がいくら言っても聞かないくせに!!)

 いけないと分かってはいるが、嫉妬の炎が燃え上がってしまう。

 自己嫌悪のあまりアルティは消沈するが、ルークスが気付かないのでフォルティスは心配になる。

「ルークス卿、王都到着時から何かあったのですか?」

 少年従者の問いかけに、少年騎士は首をひねる。事件などの心当たりは無い。

「何か、注意を向けることが見つかったのでは?」

 質問を変えられて、やっと合点が入った。

「ああ、思いついたんだ。パレード中に」

「何をです?」

「サントル帝国を倒す方法」

 不意に訪れた静寂に、ルークスは戸惑った。

 アルティもフォルティスも、目を見開いて声を失っているのだ。

「どうしたの?」

「いえ……あまりにも簡単に、重大事を言うので驚きました」

「そりゃ簡単さ、言うだけなら。何だって実行するのが難しいんだから」

 したり顔のルークスに、思わずフォルティスは突っ込んだ。

「いやいやいや、言う以前に、普通は考えつきませんよ。この百年もの間、誰も有効な方法は考えつきませんでした」

「考えついたくらいは、いたんじゃないかな? 難しすぎて実行しようと思わなかっただけで」

「一体どんな――それ以前に、我々が聞いてよいのでしょうか?」

「軍事機密だからまだ話せないね。これから軍が検討して、できるとなったら分かると思うけど」

「つまり、帝国に打撃を与えられる――そう軍は判断したと?」

「話したのは、プルデンス参謀長だけだけど」

「それで十分な気がします」

 少年たちの会話に少女が割って入る。

「とにかく、ルークスの手からは離れたのね?」

 アルティは「ルークスの意識が別に向けられた」ことだけを気にしていた。

 そしてそうだと分かると、ホッと胸を撫でおろす。

 亡父の契約精霊への怒りで、いつ爆発するか気が気で無かったのだ。

 一方のフォルティスは「ただでさえ帝国に睨まれているルークスが、さらに危険視される」と危惧きぐした。

 ルークスは「帝国最大の強み」を無効化したのだ。そのうえ帝国の弱点まで見いだしたとなれば、刺客の百人は送られてくるだろう。

 そこまでは思い至らないアルティは、ルークスが没頭しすぎる事柄を潰しにかかる。

「リスティアで熱中していた、新しいゴーレムの方はどうなの?」

「それも参謀長に任せてきたよ。軍はアルタスおじさんや王宮工房に投げるだけだろうけど。とにかく僕は、休まなきゃいけないからね」

「そう。それは――良かった」 

 ゴーレムオタクからゴーレムを手放させた女王に、アルティは敗北感を募らせる。

 それがまた自己嫌悪を招いてしまう悪循環。


「ところで、もう学園は夏休みだよね?」

 唐突にルークスが話題を変えた。

 それだけなら珍しくないが、夏休みの予定を話し出したので、またしてもアルティは驚かされた。

 ゴーレムと精霊以外にルークスが時間を使うなど、今まで無かったことだ。

 学園の図書室かゴーレム大隊の駐屯地に行く、さもなくば近辺で精霊と遊ぶのが彼にとっての長期休暇である。

 学園での講義が無くなっただけで、普段と生活は変わらないのがルークスだった。

「戦争続きで疲れた陛下に、静養してもらおうって話になってね」

 プルデンス参謀長の策は「ルークスが休んでいる姿を見せて陛下を安心させる」である。

 ルークスが寝食を忘れてゴーレムにのめり込むのを防ぐ、これ以上にない作戦でアルティを安心させてくれた。

 さらに懸案だった「ルークスが安らげる場所」問題も、パトリア軍の知恵袋は解決している。

「陛下の母君って外国生まれだったよね?」

「はい。海の向こう、インスラム王国です」

 そこは大陸の東、帝国の手が届かない場所である。

「たとえ帝国が艦隊を寄越せたところで、風を支配するルークス卿にかかれば一網打尽でしょう」

 先日は三隻の敵艦を投降させたが、三十隻でも結果は同じとフォルティスは思った。

「そうかな? 敵側のグラン・シルフが二人までなら大丈夫だろうけど、三人以上となったら――」

「とにかく、ルークス卿も陛下のインスラム訪問に同行されるのですね?」

 主人が馬鹿正直に懸念を言い始めたので、従者は慌てて話題を逸らせる。

「もちろん。それで、二人も一緒に来てもらえるかな?」

 フォルティスに異存は無いが、アルティは二の足を踏んだ。

 先ほどの自己嫌悪が尾を引いてしまい、言葉を濁す。

「僕の健康チェックのためにアルティは欠かせない、と参謀長は言うんだけど」

「同感です。私では不調が見抜けませんでしたから」

 フォルティスの後押しにアルティは抗しきれず、うなずくしかなかった。

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