参謀長の苦労
プルデンス参謀長は唖然となってしまった。
理由の一つは、ルークスの「サントル帝国打倒作戦」があまりにも常識外だったからだ。
そしてもう一つは「成功したら帝国は自滅するか、しないまでも大幅に弱体化する」と思えたので。
「ルークス卿、これは陛下には?」
「まだ話していません。ぬか喜びさせたくなかったので」
参謀長は心から安堵した。
少年の作戦案は、両刃の剣と言うほど危険な賭だからだ。
「それで、どうですか?」
と、ルークスは明るい表情で問いかけてくる。
「確かに、確かに帝国軍が乗ってくれれば、倒せる公算はあります。ですが、実行するにはハードルが高すぎます。我が国でさえ困難極まりないので……同盟諸国は加わらないでしょう」
「他が乗らなくても、たとえ帝国が無視したとしても、パトリア軍は強化されます。それだけでもやる価値はあると思います」
「そう、ですが……」
「しかも、サントル軍の新兵器『大地の怒り』に勝てますよ――イノリ無しで」
「あっ!?」
大地の怒りとは、彼我のゴーレム部隊を飛び越えて、後方のコマンダーを攻撃する長射程武器である。
リスティアに派遣したスーマム将軍らも負傷したので対策に悩んでいたのだが、ルークスの作戦はそれも解決していた。
帝国の新兵器は戦場の様相を一変させる力があるが、この少年は国家の有り様から変える提案をしている。
プルデンス参謀長の頭がさらに痛んでしまう。
さらにルークスは言った。
「今まで考えられてきた手法って、要はサントル帝国に内戦をさせようって話でしょう? でも百年の間に成功どころか、仕掛けたとの確報さえありません。じゃあ武力で? 今までただの一度も同盟諸国は同時攻勢をかけていません。これじゃ帝国打倒なんて、法王庁の掛け声で終わっていますよ」
辛辣な物言いに、参謀長の頭痛は悪化した。
「常識的な方法で攻略不可能となれば、非常識な方法しかないと思いますよ?」
「理屈の上ではそうですが、極めて困難と言わざるを得ません」
「内戦を起こさせるよりは簡単だと思いますが? 帝国内部に工作を仕掛ける必要はないんですから。さし当たっては、うちの国がやるだけです」
「そうではありますが、やるに当たっての障害が山積しています」
「一番難しい障害は君主の説得だと思いますが、うちの場合は難しくありません」
「陛下一人を説得したとしても、周囲がこぞって反対するのは明々白々です」
「反対する人の大半は、元から味方じゃない人じゃないんですか? それに、実行するのは軍なんですから、そちらは心配ないはずです」
「しかし、万一事故が起きた場合、その影響は甚大です。陛下への風当たりを増やそうとする手合いには事欠きませんので」
「事故は起きますよ、確実に」
「はぁ!?」
「だって、事故を起こさせる人がいるじゃないですか」
あっさり言ってしまう少年に、参謀長は頭を抱えてしまった。
「事故が起きる前提で実行せよ、と? それでは国民が納得しませんよ」
「百年間倒せなかったサントル帝国を倒すために協力してください、とお願いしましょう。妨害する人が必ず出る、ということも事前に周知すれば良いのでは? それで納得しないなら、その人は身勝手か、向こう側の人間くらいですよね?」
「理屈ではそうですが、人は理屈では納得しないものなのです」
「面倒くさいですね」
「下手な対応をしたら、最悪『怒れる群衆が王城に押し寄せ』かねません」
「その時は僕がイノリで出て説得します」
即答するルークスに、プルデンス参謀長は舌を巻く。考え無しの発言ではなく、想定済みだったらしい。
だがまだ甘い。
「説得に耳を貸さなかったら?」
「そこまで恩知らずとは考えていませんでした」ルークスは視線を虚空に漂わせる。「でもまあ、言われてみれば、父でさえ見捨てた人たちか、その群衆とやらは。それに、煽動する人がいる」
少年の声が怒気をはらむ。
「ならこう言いましょう。『騒ぎを起こしてサントル帝国討伐を邪魔しているのは、プロディートル公爵だ』と」
「それはやり過ぎです!!」
「国民と陛下とが分断されることを思えば、王族一人なんて少ない損害ですよね?」
「彼ではないかもしれません! 帝国とて、間諜を放っているはずです」
「敵国に工作させる以上は共犯でしょう? だって『他国の工作を阻止する能力が無い』わけがない。実行犯が誰であれ、彼の協力なしに王都で騒ぎが起こせるとは思えません」
プルデンス参謀長は返答に窮した。
「た、確かに、それはそうかも知れませんが、それでも我が国が被る損害は過大です。国軍は、国家が被る損害を最少にすることが本分です。致命傷以外はかすり傷、とはゆきません」
「だから相談しているんですけど」
「――分かりました。この件についてはヴェトス元帥とも相談します。ですので、くれぐれも内密に」
痩せた武官は先ほどのとは別の汗にまみれ、疲れ果てていた。
(どうして天才という連中は、こうも容易く難題に解法を見つけられるのか? しかも難題より難しい解法とは、本当にやってくれますね)
若い頃から英才と呼ばれたプルデンス参謀長だが、ルークスを前にしたら「自分など細かいだけの凡人でしかない」と痛感する。
ため息をつく参謀長の前で、少年はカバンをあさっていた。
既に関心は次に移っているのだ。
カバンから引っ張り出したぶ厚い紙の束を、ドサッと机に置く。
「これは、今考えているゴーレムのメモです。概念図くらいにはしたかったんですが、陛下に休むように言われたので、あとはアルタスおじさんと王宮工房に任せます」
書き殴られ、インクで汚れまくった紙の山に、参謀長は目を丸くした。
「まさか――帝国を倒す算段を考えながら同時にこれも?」
「いいえ。こっちはリスティアで書きました。対帝国作戦は、パレードの最中です」
「はっ!? ええええっ!? つい今し方だと!?」
思わずプルデンス参謀長は立ち上がった。
驚愕の連続の果てに、この日最大の驚きが待っていた。
誰も思いつかないような作戦を、中央通りを行進する短い時間で考えてのけたなど、彼を知っている武官でさえ耳を疑ってしまう。
「ええ。手を振らなきゃならないんで、考える以外何もできなかったんで」
参謀長は天を仰いでから、うな垂れた。
何も読まず誰にも聞かず、脳内だけで作戦を練り上げ、起きる問題も妨害も洗い出したうえに、一切記録せずに口頭で説明してのけたとは。
(記憶力だけでも化物なのに、一度に処理できる情報量が桁違いだ)
「新型ゴーレムの開発は、王宮工房と――ゴーレムスミスたちに当たらせます」
ルークスの持ち込み案件を二つ抱えて、やっとプルデンス参謀長は自分の用件を切り出せた。
「戦争の連続で陛下は大変お疲れです。静養していただきたいのですが――」
「賛成です。陛下こそ休まないと」
予想通り少年は乗ってきた。
たとえ陛下に休むよう言われたところで、ゴーレムが絡むと暴走してしまうのがルークス・レークタだ。
彼を休ませる一番の方法は「陛下の静養に付き合わせる」だ、とプルデンス参謀長は思い至ったのであった。
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