極秘会合
パトリア王国は、リスティア王国からの使者を迎え、講和を正式に締結した。
パトリアは侵略を仕掛けた暴君アラゾニキ四世を引き渡しただけで、賠償としての食料や漁場、軍艦などの成果を得た。
リスティアの対帝国包囲同盟加盟は、パトリアが後見するという条件で各国に打診中である。
リスティア王国がリスティア大王国と同一国家なら「脱退していない」のだが、ヴラヴィ女王は「大王国はリスティア王国にあらず」とこだわったのだ。
和平の式典も終わり、リスティア使節も帰国したので、派遣部隊の凱旋から続いたお祭り気分はようやく鎮まりつつある。
そんな王都アクセムでは、新たな動きが始まっていた。
王都郊外にある巨大な箱状建築、王宮工房をフローレンティーナ女王が初めて訪れた。
今まで足を踏み入れたことがなかったのは、雑然を超越してカオスと化している内部の状況が「女王陛下にお越しいただくには支障がある」ためとされている。
実のところは「女王陛下にゴーレム班長の本性を見せる」のを関係者がこぞって避けたからなのだが。
この日の午後、二階の会議室に文武の要人が十人ほど集まった。
フィデリタス騎士団長やプルデンス参謀長、ゴーレム大隊長のコルーマ卿ら武官、宮内相に財政相、王宮工房長ら文官とが長テーブルで向かい合う。
それぞれ別の理由で王城を離れた者たちが一堂に会しているのは、この会合が極秘だからである。
そこにはルークスの養父でゴーレムスミスのアルタス・フェクスの姿もあった。文官の末席で身を縮めている。
ルークスは女王陛下の護衛として王城から同行し、上座である女王の隣りに座った。
女王の反対側の短辺で、ゴーレム班長のデリカータ女伯エチェントリチが立ち上がる。
非公式の場ではあるが、晴れの舞台とあって身なりは一応整えていた。
「それでは、新型ゴーレムの概要説明を始めます」
極秘裏の会合、それはルークスが発案した新たなゴーレムを、王宮工房とゴーレムスミスとで検討、概略設計した結果の発表会だった。
書き殴られた紙の束を押しつけられた当初、エチェントリチは汚い図や文字に辟易したものだ。
そして悪戦苦闘してゴーレムの概要を理解したとき――泣き崩れた。
ゴーレムメーカーとして、それなりに研究はしていた。
ゆえに「少年が自分の遥か先を進んでいる」ことも理解できてしまったのだ。
泣きわめいて物を壊し、部下に八つ当たりして、酒に溺れた。
だが、それで潰れるのはプライドが許さなかった。
顔を上げ、歩きだし、今に至る。
ゴーレム班長は説明を始めた。
「ルークス卿が発案したゴーレムは、全体構造が外骨格型です。つまり鎧で自立できます。画期的なのは、関節に内骨格型の球体関節を用いる点です」
外骨格型は関節が露出しているのが弱点とされていた。
一方で内骨格型は骨に加えて鎧も必要なので重くなる。
ルークスは両者の良いとこ取りをしたのだ。
「金属製ゴーレムの例にならい、金属バネで直立姿勢を維持します。これにより、形態のみならず姿勢を維持するための土も不要となります。土は基本的に関節付近のみ、動作に必要な分で足りるのです」
ゴーレム班長は聴衆の反応をうかがう。
説明を理解できているのは参謀長とゴーレム大隊長くらいか。
「これらは全て既存の技術です。ですので、すぐに実機設計に入れます」
一番悔しかったのは、そこである。
一つとして新しい技術が使われていない。
つまりエチェントリチが考えついても不思議ではなかった。
だからこそ、考えつかなかった自分を殴りたくてしかたない。
「それらを組み合わせる点が前例にありませんでした。骨格は外骨格と内骨格、筋肉は金属バネと土との複合タイプとなります。ゆえに以後これを二重ハイブリッド型ゴーレムと呼称します」
命名したのは彼女である。
「二重ハイブリッド型は胴体や腕、脚の大部分を空にできます。これによって大幅な軽量化が見込まれ、移動制限は著しく下がるはずです。さらに、歩行速度が上がることも期待できます」
ルークスは「移動時は空にして軽くし、戦闘時は土を詰めて安定性と耐久性を増す」ことを意図していた。
そこにゴーレム班長は自分の閃きを付け加えた。
「胴体に十分な容積がありますので、ここに人を乗せ、有人型として運用することも将来的には――」
テーブルが強く叩かれた。
一同が驚くなか、ルークスが叩く勢いで立ち上がる。
「そんなバカな!!」
女王陛下の隣りでいきり立つなど不敬の極みだった。
自分が気付かなかったことをされて怒ったのか、とエチェントリチは思った。
だが違った。
「僕はそんなバカな仕様なんか入れていない!!」
ルークスに集まった全員の視線が、一斉にエチェントリチに向けられた。
「ああ、有人型は私の発案だ。しかしバカな仕様とは言い草だね。ゴーレムに搭乗するのは、君が始めたことじゃないか」
「イノリを他のゴーレムと一緒にするの?」深々とため息をついてルークスは椅子に戻る。「何も理解していない」
これにはデリカータ女伯も言葉が荒くなる。
「ルークス卿! 騎士が伯爵に対して使う言葉使いではないぞ」
「ここの三階から飛び降りて、背中から着地してください」
「な――!? そんな真似をしたら死んでしまうだろうが」
「そのくらいですから。ゴーレムが倒れたとき、胴体にいる人を襲う衝撃は」
室内の空気が一気に緊張した。
エチェントリチは狼狽えてしまう。
「き、君のゴーレムは倒れたことがあるだろう?」
「イノリは人間より滑らかに動きます。内部の空気がクッションになるし、水繭もある。何より友達が『僕を守るために』頑張って衝撃をやわらげてくれるんです。でも他のゴーレムは棒きれのように倒れます。もちろんハイブリッド型もね。そんな中に人がいたら、死んでしまいますよ」
「ゴーレムは、そう簡単に倒れたりはしないだろう?」
「――はあ?」
ルークスは大きな声を上げ、目を丸くした。
「大戦期、戦槌による攻撃法が確立するまで、ゴーレム戦の主戦法は体当たりでしたが? 小隊が三基編制になったのも、先頭が押し倒されても後ろの二基が支えるためでしたが? ゴーレムが倒れなくなったのは、足を止めて戦槌で叩き合うよう運用が変わったからです」
「――そう、なのか?」
ゴーレム班長はゴーレム大隊長に確認をとる。
「小隊編制についてはその通りです。ただ大戦期はゴーレムの運用方法を模索していた時代です。様々な運用が試され、すぐにうち捨てられました。他国で一時期だけ採用された運用まで知っているのは、我が国ではルークス卿くらいでしょう」
コルーマ卿はフォローしたが、すぐルークスがひっくり返してしまう。
「僕と違って機密文書も見られる人が、実戦でのゴーレムの運用も知らないのに作ろうなんて。足りないのはゴーレム愛だけじゃありませんね。叩かれても中々壊れないのが最大の利点であるゴーレムに、わざわざ人間という脆弱な部品を入れて弱点を作るとか、勘弁してください」
歯に衣着せぬ物言いでは人後に落ちないデリカータ女伯だが、それを少年騎士は軽々と飛び越えてきた。
しかもただ口が過ぎるだけではなく、圧倒的な知識で押し潰しにかかる。これにはエチェントリチもたじたじとなった。
「わかった。安全面から見直しを――」
「頭に被った鍋を金槌で叩かれなければ、金属製ゴーレムの中に人を入れることがどれだけ問題か、理解していただけませんか?」
「水繭なら音をやわらげるのではないかね?」
「イノリの場合、皆友達だから守ってくれるんです。契約しただけの精霊がそこまでしてくれるわけないでしょ。まずは精霊について学んでください」
精霊を扱えないゴーレム班長は口を曲げる。
見かねたようにプルデンス参謀長が割って入った。
「二重の意味で、軍はお断りします。ですので、ルークス卿も落ち着いてください」
「理由を聞かせてもらおうか」
デリカータ女伯が痩せた武官を睨みつける。
「第一に、軍がお願いしたのはルークス卿の発案を精査する作業です。当事者の了承もなく仕様を追加されて『ルークス卿は人命を軽んじる』などと誤解されたら大変です」
「確かに、その手違いは認めよう」
「そしてそれ以上に問題なのが『ゴーレムに人を乗せるという発想』そのものです。有人型ゴーレムの研究を知った他国が『前例のないアイデアが突然湧いてきた』と思うはずがありません。当然、前例を探されます。そうなればルークス卿のイノリと結びつけられることは時間の問題でしょう。我が国の最高機密が他国に知られる懸念が大ですので、有人型の研究は困ります」
これに王宮工房長が渋い顔になる。
「軍が王宮工房の研究に干渉するのはいかがなものか?」
「その研究の土台は軍が提供した情報です。しかも、イノリの秘密を犠牲にしてまで研究して、軍が採用できる程度の安全性を得られる保証がどこにあります? それにかける時間と労力があるなら、落馬しても死なない技術に注いでいただけませんか?」
初老の工房長は俯いてしまった。
人命を軽んじると言われたばかりで、人命に関わる研究を拒否できようはずもない。
普段ならともかく、今は女王陛下の御前なのだ。
文官たちに平民軽視を見て取り、ルークスは酷く立腹した。
「時間の無駄はやめましょう。どうせ僕の作戦を始めれば、人がゴーレムに乗る必要なんてなくなりますから」
「ルークス卿、フライングですよ!」
フォロー仕切れずプルデンス参謀長が悲鳴をあげた。
ルークスが頭をかく一方、参謀長は天を仰いでから、驚く一同に向きなおる。
「仕方ありません。王宮工房には『大変申し訳ない』と、伏してお詫びいたします。これより、本日お集まりいただいた『本当の議題』に移らせていただきます」
デリカータ女伯の手から書類が落ちた。
「私の発表は……極秘会合の口実だったのか?」
「重ねてお詫び申しあげます。ルークス卿の先見性を理解いただくために、新型ゴーレムの説明をしていただく予定でした。まさか怒らせることになるとは、非常に遺憾です。ただ、事はあまりに重大でして、陛下のご裁可が必要かつ秘密厳守が絶対なもので、どうかご理解をお願いします」
と、しれっと参謀長は言ってのける。
エチェントリチもパトリア王国内では高い知性で知られるが、所詮は天上人、下積み時代から他人を動かす知恵を磨いてきたプルデンス参謀長に、まんまとしてやられた。
「発端は凱旋の日です。とある作戦案をルークス卿が持ち込みました。軍で検討した結果『効力を認め』かつ『実行可能』となりました」
フローレンティーナ女王は隣のルークスに目をやってから、参謀長に問いかける。
「軍の作戦を、なぜこのような形で奏上するのですか?」
「第一にルークス卿の安全のためです。事前に漏れれば、サントル帝国はなりふり構わず命を狙うはずですから。たとえ我が国に潜入させた間諜の全てを失おうとも」
「そこまでの――聞きましょう」
女王は居住まいを正した。
プルデンス参謀長は咳払いをしてから、低い声で宣言した。
「本作戦の最終目標は、サントル帝国打倒です」
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