激情

 ルークスの父ドゥークス・レークタは大戦時、巨大ゴーレムの出現前から兵役についていた。

 その地の領主は「精霊を放った後も戦力になるように」と精霊士にも一般兵同様の戦闘訓練をさせた。

 巨大ゴーレムの登場を受け軍制が改められると、ドゥークスは志願して精霊士分隊長となった。

 ゴーレムマスターが集められたさい、唯一の経験者である彼が指揮官になったのは自然な流れである。

 小国ゆえに数で劣るパトリア軍では、個々の戦力アップが求められた。

 ドゥークスはコマンダーたちに格闘術を叩き込み、それをゴーレムに反映させることで部隊の戦闘力を底上げした。

 彼がグラン・ノームと契約したのは、その後である。


 ゴーレム以外に関心がないルークスが初見で「棒術」だと分かったのは、ゴーレム大隊の駐屯地で格闘術の訓練を日常的に見ていたからだ。

 彼は創立時のゴーレム大隊が「グラン・ノームに色々やらせた」と聞いていた。

 だから棒術を身につけたグラン・ノームをオブスタンティアだと見抜いたのだ。


 父が契約していた大精霊に、ルークスは怒りを叩き付けた。

「父さんを見殺しにしただけじゃなく、父さんと母さんを殺した奴らと契約したか、オブスタンティア!!」

 ゴーレムの頭部から上半身を出すグラン・ノームの回答を、シルフが伝えた。

「ルークスか。まさか、のか?」

「どうして父さんと母さんを見殺しにした!?」

「見殺しなどせぬ。呼ばれなかっただけだ」

 グラン・ノームは亡父からの最後の指示が「精霊界での待機だった」と説明した。

 いつまでも呼ばれないので様子を見に行って、やっと死を知ったのだと。

 だがルークスの怒りは鎮まらない。

「二人を殺したのはサントル帝国の手先だ! 君は、僕の両親の仇と契約したんだっ!!」

「契約は個人と結ぶもの。それに人間が線引きしたところで、土は全て繋がっているのだぞ」

他人事ひとごとかっ!?」

 ルークスは感情に任せてイノリを突進させた。

 オブスタンティアは上体を引っ込め、ゴーレムを操作する。

 バーサーカーは脇を締めているので、火炎槍で突けるすき間が無い。

 それどころかイノリを牽制して突然踏み出したりする。

 その度に蹴りを警戒してルークスは退いた。

 取っ組み合いの喧嘩をしてこなかった少年は、足技に対処できない。精霊たちも同様だ。

「ちきしょうっ! 時間がたつほどゴーレムが遠くへ行ってしまう!!」

「ルークスちゃん、焦っちゃダメよ」

「パトリア王国にはシルフを向かわせました。自律行動のゴーレムなど国境で阻止できましょう」

「リスティア人だからって被害を見過ごせるか!!」

 ルークスの剣幕に精霊たちも困り果てた。

 土精が頑固で融通がきかないのは、精霊の中では常識だった。

 だがノームに嫌われてきた少年は、それを知らない。

 彼にとり精霊は友達であり、唯一の土精の友達は相性の悪さを乗り越え、限界を超えるほど頑張ってくれた親友だ。

 契約という淡泊な関係を知らないのだ。

 土精の性質は学園で教えてはいるが、その精霊学を「間違いだらけだ」とルークスは無視してきた。

 確かに間違いは多いが、四大精霊の大雑把な性質は概ね正しかった。

 両親死亡時のオブスタンティアの行動は、契約精霊としては普通である。

 だがルークスにとっては「友達を見殺しにした」許しがたい裏切りだ。

 何しろルークスに「精霊と友達になれ」と教えたのは、亡父ドゥークスなのだ。


 そしてそれ以上に、今のオブスタンティアが「契約精霊の範疇を超えている」ことが、ルークスを激怒させていた。


「父さんのときは、そんなに頑張らなかったくせに!!」

 父ドゥークスは見捨てたのに、新しい契約者のためなら「親友と同じくらい」献身的に戦っている。

 それはあまりにも理不尽だった。


 イノリはバーサーカーの正面から、火炎槍で兜の上部を突いた。

 兜は凹みもしなかったが、敵の頭がのけ反り喉元の土が露出する。

 そこを斜め右に回りこんで突いた。

 一瞬後、兜ごと頭部が吹き飛ぶ。

 その一瞬でバーサーカーは対応、右手で戦槌を横振りした。

 それこそがルークスの狙いだ。

 いかなグラン・ノームでも、イノリの動きには追いつけない。

 しゃがみ込んだイノリの頭上を腕が通過した。

 開いた右脇の下に火炎槍を突き込む。

 ボソッと音がして右腕が遠心力で千切れ飛ぶ。胴体までは破壊できなかった。

 喉元に刺したばかりなので、穂先の温度が下がっていたのだ。

 それでもバーサーカーはバランスを崩し、横に倒れた。

 地響きをたて砂塵を巻き上げ、鎧が割れる。

 核が砕けたらしく両足が付け根から外れた。


 やっと敵が倒れたので、精霊たちは安堵した。

 ルークスは肩で息をしている。

 外に向けていた注意を内に向けたノンノンは、水繭内の光景に悲鳴をあげた。

「ルールー!! 血が、いっぱいいっぱい出ているです!!」

 既に出血していた鼻の粘膜が、極度の興奮と激しい加速度でさらに傷ついていた。

 胸から腹にかけて学園の制服が血まみれである。

「ルークスちゃん、イノリを解体するわ!」

 リートレの叫びにルークスは怒鳴りかえす。

「ダメだ! 方々に散ったゴーレムを追わなきゃならないし、埋め立て地を迂回した奴が向かってきている」

「主様、今はご自分の体を考えください!」

「ルールー、いっぱいいるです!! 嫌な奴がいっぱい、ルールーにくっ付いているです!!」

 普段は見えない感情の精霊が見えるほど、怒りを司るフューリーが活性化していた。

「リートレ、イノリを解体しなさい。フューリーどもを吹き散らす!」

「ダメだ! 敵はもうすぐそこだ!!」

 バーサーカーが一基接近してくる。

「あれさえ始末すれば、一度離脱してくれますか、主様?」

「わ……分かっ――!?」

 妥協しかけたルークスが、息を詰まらせた。


 バーサーカーが戦槌を握る右腕と、盾を持つ左腕とを大きく広げたのだ。


 そのような動作が、ノームによる自律行動にあるはずがない。

 その動作が意味するところは、間違いなく伝わった。

「あいつ、乗り換えやがったーっ!!」

 ルークスの絶叫が水繭を震わせた。

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