父の遺産
精霊の位階による能力差で最も大きいのは、物質への干渉力である。
グラン・シルフなら操作できる空気の量が、シルフとは桁違いに膨大だ。
下位土精のノンノンが自分サイズの人型を作るのがやっとなのも、操作できる土の絶対量が少ないためである。
では同じ量ならどうかと言うと、より強い力が出せる。
ただし、力の差は量の差に比べると小さい。
グラン・ノームが七倍級のゴーレムを操作しても、数割しか力が増えない。
これは力の大部分が形状の維持、特に重量を支えることに
それでもノームが操るゴーレムより速く動けるし、より強い攻撃ができる。
だが、それだけの話でしかない。
集団戦では一基が多少強くても、戦局に与える影響は小さい。
そして防御力はさほど向上せず、防具の性能や精霊の練度の方が影響する。
ゴーレム大戦で各国はグラン・ノームをゴーレムには用いず、もっぱら地形変更に使っていた。
その方がゴーレムとして使うより役に立つし、グラン・ノームはゴーレム戦以外でも必要だからだ。
戦後はグラン・ノームをゴーレムに使う研究もされた。
しかし亡父ドゥークス・レークタが敵味方識別に使うことで「二倍の敵に圧勝」してからは、グラン・ノームをゴーレムに縛り付けるのは時代遅れとなった。
そんな時代遅れの運用が、イノリの前に立ち塞がっていた。
「ああクソ! 帝国のグラン・ノームは手練れなだけじゃない。
ゴーレムの挙動に「前傾して突進する」はない。
地中の存在である土精が、巨大ゴーレムを動かすだけでも高難度なのだ。
ただでさえ二足歩行は不安定なのに、前傾させたらすぐバランスを崩して転倒してしまう。
ゴーレムのような重量物が転倒したさいの衝撃は、戦槌どころではない。
内部の核が壊れてしまう。
事実「足を攻撃して転倒させる」戦法は、大戦期では基本だった。
ゆえに現在ではゴーレムは「停止して」戦うように最適化された。
元より不安定な前傾突撃をしつつ、両手を広げる重心変更は自殺行為である。
たとえグラン・ノームと言えど、相当な訓練をしたはず。
だから大戦後にゴーレム運用の研究をしてきた「古参」とルークスは推定したのだ。
イノリは距離をとって敵を観察する。
ルークスとしては少しでも早く全ゴーレムを止めたい。
「でも、こいつは後回しにできない」
下手したら、この一基だけでリスティアの王都を守るゴーレムが壊滅させられてしまうかも。
今ここで倒すしかない。
バーサーカーは戦槌を拾っている。
読めない素手より、熟知した戦槌の方が対処しやすいので、ルークスは武器を取るにまかせた。だが――
「え?」
右手で柄の後端を握るのは良い。
問題は、左手で付け根を握ったことだ。
レンジャーならともかく、通常型なら片手で振り回せる戦槌を両手持ち。
しかもあの持ち方は、兵士が訓練する棒術と同じではないか。
ルークスが戸惑っている間に、バーサーカーが前傾突進してきた。
前進の勢いを上乗せし、左の戦槌を突き出してくる。
イノリは右方向にステップ、外側に避けた。
返す右の攻撃がいきなり伸びる。左手を離して右手で戦槌を横振りしてきた。
避けきれずイノリの鎧をかすめる。それだけで大きく後ろにのけ反らされた。
地面を蹴って姿勢を立て直す。
バーサーカーは右足を地面にめり込ませて急制動。転回、突進してくる。
イノリは左側にステップ。再度制動をかけるバーサーカーの後ろに回りこむ。
背後からなら後ろ襟に火炎槍を突き込める。
近づいたイノリを衝撃が襲った。つんのめって敵の背中に激突する。
「何があったの!?」
「蹴られたです!」
「蹴り!? ゴーレムが後ろ蹴りだって!?」
左手で敵を突きのけ、イノリは立ち直る。
バーサーカーは蹴った右足を前に戻す勢いで九十度転回、左肩でぶちかましてきた。
左手で敵を抑えるも、勢いは殺せず弾き飛ばされた。
強い衝撃の連続に、ルークスの鼻腔から血が滴る。
だが少年はそれどころではない。
「まさか――」
記憶から最悪の情報を引き出してしまっていた。
グラン・ノームが使える精霊士は、戦略的価値を持つ。
国境の守りを固める、道路の地盤を補強するなど、平時でも無限に仕事がある。
一般兵のように格闘戦の訓練をする暇などない。
そしてノーム同様、グラン・ノームも契約者ができる挙動しかゴーレムにさせられない。
ならばあのグラン・ノームは、格闘戦の技術を身につけた精霊士と契約したか、契約していたかのはず。
その条件に該当するのは――
「インスピラティオーネ、外に僕の声を出して」
指示するルークスの声がかすれた。
咳払いして喉を整える。
そしてイノリは、バーサーカーに届くだけの声を発した。
「オブスタンティア! オブスタンティアなんだろ!?」
バーサーカーの動きが止まった。
「僕はドゥークス・レークタの息子、ルークスだ!!」
するとゴーレムの頭頂部から土精が上半身を出した。ノームより大柄な女性だ。
声は聞こえないが、顔は
ルークスが小刻みに震えるので、精霊たちは不安になる。
「ルールー、寒いですか?」
「ルークスちゃん、どうしたの?」
「主様は、あの土精をご存じなのですか?」
ルークスはギクシャクとうなずいた。
「父さんの……契約精霊だ……」
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