最強の敵

 バーサーカーとレンジャーの大隊規模部隊にイノリは突進した。

 直近のバーサーカーが戦槌を振り上げる。

 振り下ろすより早く横に回ったイノリは、がら空きの右脇の下を火炎槍で突いた。

 停止しつつ槍を押え、破裂の反動で抜く。

 素早く移動、次の敵に槍を突き立てる。

 手当たり次第に攻撃するルークスに、インスピラティオーネが警告した。

「主様、軽量型が後方をふさぎつつあります」

「敵からは見えないよね?」

 シルフが巻き上げる砂塵のため、ルークスには近くの敵しか見えない。

「近隣は隈なく捜索しましたが、人間は一人として見つかっておりません」

「地中に潜ったか、偽装した岩に隠れているのかな?」

「人間が隠れられる大きさの岩は、近くにありません」

 イノリはさらに一基を倒した。

 その間に残るバーサーカーやレンジャーがイノリを囲むように動いている。

「このグラン・ノーム、手練れのようだね」

「分かるのですか?」

「イノリの未来位置を予測してバーサーカーを動かしている。砂嵐で地上は視界が通らないから、地中から見られるグラン・ノームの芸当だ」

 振り下ろされた戦槌を火炎槍で逸らし、横に回ったイノリの正面に別のバーサーカーがいた。

「凄い。ゴーレムの移動速度だけじゃなく、イノリの攻撃パターンまで把握している。これだけ働くんだから、君たちくらい契約者が大切なんだろうね」

「まさか」

「それだけ精霊と仲良くなれる人がいたのか、サントル帝国で」

 ルークスの知識では「軍の精霊士は大衆の下士官止まり」だ。

 市民に理不尽を押しつけられながら、どうやって精霊に信頼されたのか。

 考えながら撃破するごとに、バーサーカーの残骸が周囲を埋めてゆく。

 そしてついに、イノリは敵と残骸とで動くに動けなくなってしまった。

 残基を攻撃しようと右横に回れば、その後ろの基に攻撃される配置だ。

「お見事。最強の敵は大精霊だったか」

 ルークスの口ぶりは軽かった。

「でも相手が精霊なら、やりようはあるさ」

 イノリは不用意に敵の間合いに踏み込んだ。

 バーサーカーに空振りをさせ、下がった戦槌を踏みつけ地面に埋め込む。

 それを足場に腕から肩へと駆け上った。

「想定外への対応は人間より遅い!」

 火炎槍を下に向け、後ろ襟から突き込んだ。

 破裂と同時に跳躍、後ろのバーサーカーに飛び乗った。

 世界中のどの国も、ゴーレムを操るノームに「肩に飛び乗った敵への対応」など教えていない。

 次のバーサーカーも後ろ襟から穂先を突き込み撃破する。

 その後ろにいるレンジャーに跳びかかって蹴り倒し、包囲を脱した。


 赤い駒が次々と倒れていく。

 しかも白のクイーンから離れた場所まで。

 ランプの灯りでも分かるほどシノシュの顔が青ざめた。

 そんな穴蔵に、オブスタンティアが顔だけ出す。

「シノシュ、敵新型ゴーレムを見失った」

「いないわけないだろ!? 味方が倒されているんだ。敵は宙に浮いているのか!?」

「撃破される直前に、味方に急激な重量増加が見られた」

「まさか……乗っかって攻撃しているのか?」

 ケンタウロスに飛び乗れたのだから、できるのかもしれない。

「く……くくく」

 少年は笑いだした。座り込んだまま上を向いて嬌笑する。

「デタラメだ。ゴーレムを足場に跳ね回っているのか? デタラメ過ぎる! ああ、でもあの大穴を中心までひとっ飛びできたのだから、不可能じゃないか」

 あまりに笑うのでグラン・ノームが心配するが止まらない。

「酷すぎる。こんなのはゴーレムじゃない。別の何かだ……」

 笑いが治まると、次は涙が出てきた。

「なんで……なんで神様は……サントル帝国という狂った社会だけじゃなく……あんなデタラメに強い敵まで……」

 一度希望を抱いただけに、絶望との落差が精神の限界を超えてしまった。

「世界は不公平だ。奴は貴族にもなれたのに、俺は……家族まで失う……」

「シノシュ、まだ決まったわけではない」

「分かっていたことだ。勝てないなんて」

 シノシュの体から力が抜けていく。

「でも、奇蹟に匹敵しようと、作戦概要に『勝利する可能性がある』と書いた以上は、粘らないと。それでちょっと、熱が入っただけだよ」

 この戦いを誰が見ているか分からないのだから、全力で戦う必要があった。

「予定どおりだ。全て予定どおり。パトリアの新型ゴーレムには従来型では歯が立たない、そう再確認したまでだ。予定どおり残存基は散開しつつ南へ向かえ。本隊が帰還するまで時間を稼げれば、本作戦は成功だ」

 家族を守ることが唯一の成功で、そこにシノシュ自身の命は含まれていない。

 黙って聞いていたグラン・ノームが提案した。

「シノシュ、他は南に向けるが一基を――」


 突然それは起こった。

 イノリに翻弄されていたバーサーカーたちが、一斉に向きを変えて移動を始めたのだ。

 向かう先はまちまちだが、最終的に南へ向かうのは明々白々だった。

「ちきしょう!」

 最悪の事態に、ルークスは激怒した。

 イノリなら国境までに全基撃破も不可能ではない。

 だが、その間に農地や道路などが蹂躙じゅうりんされ、人々の生活が破壊されるのだ。

「本隊の帰国はこっちも願っていることなのに! リスティアは交渉に失敗したのか!?」

 イノリの中で怒鳴っていても意味がない。

「片っ端から片付けるしかないか」

 イノリは真南に向かう二基の前に回り込んだ。

 前を行くバーサーカーが戦槌を振り上げる。

 素早く右横に回り込み、火炎槍で脇の下を突いた。

 破裂するバーサーカーの右横に僚基が差しかかり――楯を横に振り回した。

「!?」

 ルークスが気付くよりノンノンが反応する。後ろに下がったところに盾を受け、イノリは弾き飛ばされた。

 倒れかけるも、背中を打たないよう身をよじり、手を着いてすぐに立ち上がる。

 と、バーサーカーが目の前にいた。戦槌を振り上げる。

 また後方に避けるイノリのすぐ前で、戦槌が止まった。

「横だ!」

 ルークスの声で左にステップした直後、戦槌が前に向かってきた。

 前方に伸ばした手をそのままに、突撃してきたのだ。

 二の腕をかすめただけでイノリはよろけた。

 距離を置いて立ち直るイノリの中で、ルークスは冷や汗にまみれていた。

「ノームの自律行動じゃない! コマンダーが指示しているぞ!」

 しかし吹き荒れる強風により、視界は大幅に制限されている。

 たった今破壊したバーサーカーでさえ砂塵にかすむほどだ。

 人間に戦況が分かるはずがない。

 だのに人間が指示しているとしか思えないバーサーカーが向かってくる。

 まだ距離があるのに、真横から戦槌を横振りしてきた。

 嫌な予感がして、ルークスはイノリをしゃがませる。

 案の定、バーサーカーは途中で戦槌を手放した。

 遠心力で飛ぶ戦槌が、イノリの頭上を通過する。

 バーサーカーはその場で半回転、さらに回転して――

「避けろ!」

 右に避けた場所に、盾が飛んで来た。

 さらに回避して姿勢を崩したイノリに、重量を減らしたバーサーカーが突進してきた。

 前傾し、あり得ない速さで。

「走れ!」

 イノリは横に走った。

 直後にバーサーカーは両手を左右に広げる。腕も使った体当たりだ。

 ステップで避けていたら当たっていた。

「こいつは――」

 あり得ない速さの理由をルークスは悟った。

「操作しているのはグラン・ノームだ!!」

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