想定外
征北軍は軍を分割した。
リスティア侵攻時に先鋒を担ったゴーレム偵察大隊二個と、騎兵一個連隊のみを北のリスティア=パトリア連合軍に差し向けたのだ。
本隊はその場で防御陣を敷く。
南西から来るはずのマルヴァド軍に備えるために。
偵察大隊は軽量型ゴーレムのみで構成されている。
それに切り札まで付けての速攻だ。
鈍足行軍に慣れた敵は、この変化に対応できないと判断された。
北の小部隊には新型ゴーレムのコマンダーがいる公算が大である。
その者さえ始末してしまえば、新型ゴーレムも拿捕できよう。
ホウト元帥は勝負に出たのだ。
א
帝国軍の読みは当たっていた。
街道を塞ぐリスティア=パトリア連合軍の陣地には、ルークスがいた。
イノリの足下で、シルフたちから情報を聞き取っている。
敵軍の動きに小柄な少年は驚いた。
「戦力を分散した!? まさか!!」
両国の将兵らも驚愕する。
帝国軍の選択肢は二つしかないはずだった。
全軍でここを攻めるか、全軍で南西に備えるか、である。
パトリア軍のプルデンス参謀長が仕掛けた策は、前半まで成功した。
問題は、帝国軍が二手に分かれてしまったことである。
「戦場に付きものの、想定外が出ましたか」
陣地の設営を補助しているスーマム将軍が苦笑した。
パトリア軍は強奪物資輸送のためゴーレムマスターを多数動員していた。複数のノームと契約した精霊士たちだ。
彼らのノームたちが土木作業に勤しんでいる。
リスティア軍は工兵を中心に千人が陣地を構築し、騎兵が周辺を警戒していた。
さらに部隊とは別にキニロギキ参謀長もいる。
敵の最新情報が得られるからだ。
眼鏡の参謀長は嘆息した。
「新型ゴーレムは仕留め、自らも助かろうとは、いささか虫が良すぎますな」
従来通り歩兵にゴーレムを囲ませる陣形なら、到着は明後日だったろう。
だが軽量型ゴーレムだけなら、今晩には着いてしまう。
到着までに陣地が間に合わないのは確実である。
両国の協議で陣地縮小が決まった。できる範囲だけやり、夕刻に非戦闘員を帰還させるのだ。
「どうせ視界を奪われるのですから、敵は夜戦を仕掛けるでしょうね」
ルークスは気楽に言う。
夜戦におけるイノリの強さは実証済みである。
だが別方向から来たシルフの情報に、少年は眉をしかめた。
「偵察に放たれた騎兵が、個々に北上を始めました。ここを騎兵で囲む腹でしょうね」
陣内に歩き入ったルークスは、作業に夢中になっている幼なじみの肩を叩いた。
「アルティ、すぐにケファレイオに戻って」
「え?」
ずらりと並んだ鋼鉄の棒――
ルークスにとっては当たり前のことなので、再度の説明もいとわなかった。
発案者としてアルティは新兵器の使用場面を見たかったが、我が儘は控えて王都への帰還に同意する。
ゴーレム車に乗ったアルティを、フォルティスと傭兵サルヴァージだけでなく、プレイクラウス卿とその従者も護衛に付いて出発した。
異常に気付いたのは、キニロギキ参謀長だった。
遅めの昼食時のことである。
交代で食事をする将兵のそばでルークスは、入れ替わり立ち替わり来るシルフから報告を受けていた。
その中に聞き捨てならない情報があったのだ。
「ゴーレムの先頭が石橋を通過した!?」
痩せた参謀長は思わず口を挟んだ。
シルフからの情報には、基本的に地名が無い。
人間が決めた名称などシルフは気にしないし、字も読めない。
ましてや地図でどこに該当するかなど、分かる由もなかった。
目立つ地形を言うのだが、この街道上で石橋は本隊近辺の他は、この近くにしか無いのだ。
「もし後者なら、シルフで偵察できた侵攻時より相当早足です!」
シルフを往復させ、その所用時間で後者だと確認できた。
敵ゴーレム部隊は夕刻までに来てしまう。
ただでさえ顔色が悪い参謀長の顔が、ますます青ざめた。
リスティア軍は精霊士が不足していたので、敵軍の偵察をルークスが一手に担っていたことが裏目に出てしまった。
土地勘が無いうえに、必要な情報を聞き出す話術に欠けていたのだ。
これまで聞き取りをしていたフォルティスが抜けた穴は、非常に大きかった。
「ただちに非戦闘員は退避せよ!」
スーマム将軍が命じる。
何故速度が増したのかの詮索は後にして、ゴーレムマスターらをリスティア王都へ送り出す。
周辺を警戒していた騎兵小隊が護衛して、リスティア軍工兵も帰途に付いた。
陣地に残ったのは、両軍の指揮官とゴーレムコマンダーと、その護衛だけだ。
「アルティを先に返して正解だったな」
不安の中でルークスは胸を撫でおろした。
もし彼女がまだいたら、冷静でいられなかったろう。
א
その頃アルティは、ゴーレム車の御者台で揺られていた。
車内は蒸すし、帝国製ゴーレム車はシートが固くて乗り心地が悪い。
御者台の方が居心地が良かった。
眺めが良く風も当たるし、ゴーレムを動かすノームにすぐ指示ができる。
ゴーレム車の前後をエクエス兄弟と従者、傭兵の四騎が守っていた。
十人近くのシルフが交代で、進路と周辺とを警戒している。
前方からシルフが猛スピードで飛んで来た。
「帝国の騎兵が来るぞ!」
即座に応じたのは馬上のフォルティスだ。
「方角と数は?」
「前からだ。この道を通ってくる。数は――四十くらい」
「そんな大勢がどこから?」
口を挟む従者を、主人のプレイクラウス卿がたしなめる。
素早く弟が説明した。
「補給部隊の護衛か、北の軍港で待ち構えていた部隊の一部でしょう。ルークス卿はゴーレムのみを攻撃するので、敵兵は散逸こそすれ死傷は少なかったはずです」
「すぐにルークス卿に連絡を」
騎士にうなずくシルフを、フォルティスは止めた。
「イノリで来られたら大変です。陣地で阻むはずの敵が、王都に押し寄せかねません」
「シルフで追い散らせば済む」
「そんな真似をしたら『ルークス卿が近くにいる』と誤解されます。それに、ルークス卿の心を乱すことは、リスティアのみならず我が国の命運をも左右します」
「ではどうするのだ!?」
兄の問いかけに、弟は即答できなかった。
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