死地へ

 激しく揺られるゴーレム車内で、シノシュは両手両足を突っ張っていた。

 少年は脂汗を流して必死に体を支えている。

 対して向かい席のジュンマン副官は、一人掛けなので余裕の表情だ。

 シノシュが必死なのは、隣に政治将校のファナチがいるからである。

 彼女は扉の上にある取っ手にしがみ付いているだけでいた。

 下半身はほぼフリーなので、車が揺れる度に彼女の腰がシノシュにぶつかってくる。

 繰り返される衝突ごとに、シノシュは総毛立った。

 大衆風情が「政治将校がぶつかる場所」にいるのだから、とがめられるのは時間の問題である。

 しかも女性なのだ。

 彼女が「接触を狙った」とでも言えばシノシュは破滅――家族もろとも――である。

 幸か不幸か、まだファナチは何も言わない。

 それが不気味で、少年の恐怖は度合いを増した。


 シノシュらが乗る他にゴーレム車が三両、百基のクリムゾン・レンジャーの縦列に続いていた。

 その両側を騎兵が挟んでいる。

 偵察ゴーレム二個大隊と特殊大隊の大隊長とゴーレムコマンダーの一部、そして随伴の騎兵連隊。

 それが分遣隊の総員であった。

 進軍速度を上げるために人員を絞ったのだ。

 部隊のほとんどのノームがゴーレムコマンダーと離れるという異例の編制である。

 だがシノシュの任務は変わらない。

 指揮官の命令を迅速かつ正確にグラン・ノームに伝えるのが、シノシュの役割なのだから。

 現在そのグラン・ノームを通じて出された命令によって、分遣隊の全ゴーレムが進軍していた。

 巨大ゴーレムと言っても、二足歩行する点は人間と同じ。

 人間に使える方法論が使える事例は多々ある。

「歩調を合わせる」などは最たるものだ。

 クリムゾン・レンジャー百基は一糸乱れず行進していた。

 グラン・ノームがタイミングを合わせるからことにより、通常以上の進軍速度を得ている。

 侵攻時にこれをやらなかったのは、グラン・ノームが指示を出せる距離に制限があるからだ。

 二個大隊百基の一列縦隊は、グラン・ノームが最後尾に付いてやっと入る程度である。

 その為に指揮官が乗るゴーレム車より前に、シノシュのゴーレム車はいた。

 いくら軽量化されたとは言え、百基のゴーレムが同時に足を接地させれば、音と振動は凄まじい。

 直後を行くシノシュらのゴーレム車は、路面から跳ね上がるほどだ。

 さらに車列の後を、四足歩行のゴーレムが全速で追っているので、車内は嵐に見舞われた船のように揺れていた。

(通過した後は、道路など無くなっているだろうな)

 シノシュは地元の民衆に同情した。


 快足の進軍が不意に終わった。

 先頭が川に到達したのだ。

 いくらゴーレムが渡れる石橋とは言っても、一度に一基ずつしか乗れない。

 従来型より三割軽量化したクリムゾン・レンジャーなら、続けて渡れる可能性はある。

 だが橋を壊してしまえば、余計時間がかかってしまう。

 結局、地道に一基ずつ通らせるのが最善と判断された。

 そうした判断は分遣隊の指揮官を兼ねる特殊大隊長が行うので、シノシュは大精霊に伝えるだけだ。

 しかもこの陸佐は師団長ほど口やかましくないので、少年の負担は軽減された。

(これで政治将校さえいなければ)

 師団長は本隊に残っていた。

 分遣隊の働きに「戦役の成否がかかっている」のにだ。

(中途半端は師団長に限らないが)

 レンジャーと騎兵の全てを投入して、少しでも成功率を上げねばならないのに。

 どの道ゴーレムはグラン・ノームが一元管理するのだし、騎兵は小部隊に分散する予定だ。

 部隊をまたごうが寄せ集めようが、デメリットは皆無のはず。

(数だけが取り柄の軍隊が、数的優位の強化を惜しんでどうする?)

 組織の枠組でしか考えられない元帥ら幹部に、少年は軽蔑を通り越して哀れみさえ感じていた。

 あるいは惜しんだのは手間ではなく、自分らの命かも知れない。

(皇帝陛下の勅命に失敗すれば、市民と言えども無事ではすまないだろうに)


 もちろん、そんな不遜な考えをシノシュはおくびにも出さない。

 ゴーレム車が橋を渡るまで、黙って手足を休めていた。

 だが気は抜けない。

 隣にいる政治将校もさることながら、敵シルフの動向が気になる。

(奴はシルフをどうしたのだ?)

 数日前は、前進を阻むほどの暴風を吹かせたのに。

 分遣隊の存在も、とうに掴んでいるはず。

 だのに妨害されない。

(となれば「この百基を待ち望んでいる」と見るのが妥当か)

 帝国軍のゴーレムが分散してくれたのだ。敵は喜ぶだろう。

(上手くすれば、今日中に戦死できるか?)

 死は恐ろしくない。

 少年にとっては、むしろ救済である。

 それが名誉の戦死か不名誉になるか、それだけがシノシュの気がかりだ。

 上官からの命令を遅滞なく正確ににグラン・ノームに伝える。

 その結果が悪かった場合は、責任は命令した指揮官にある。

 だがそんな常識は、サントル帝国では成りたたない。


「聞き間違えた」と罰せられる大衆を、少年は何度も見てきた。


 そのうえ最大の懸念が隣にいる。

 政治将校の気分で、無実の者が処刑されるのは日常茶飯事だ。

(敵軍に突撃する小部隊に、政治将校が付いてくるなんてあるか!?)

 政治将校は部隊の最後尾で、逃げる兵を殺すのが仕事なのに。

 シノシュの家族の命運は、隣で汗をぬぐう若い女性にかかっていた。


                  א


「ゴーレム車を捨てましょう」

 アルティが決意した。

「皆さんは道を外れて行ってください。私は土に潜ってやり過ごします」

「危険過ぎます!」

 フォルティスが猛反対した。

「危険は無いわ。ノームが三人もいるのよ?」

「生き埋めの心配をしているのではありません。移動手段を失えば、いずれ敵に見つかります。アルティ、あなたの安全は絶対条件です!」

「じゃあフォルティスはどうしろって言うの?

「それは……」

 答えあぐねる従者見習いの肩を、大柄な傭兵が叩いた。

「どの道、車をどうにかしなきゃならん。奪われた車がゴーレムごと乗り捨てられていたら、連中は絶対に『乗っていた人間』を探すぜ」

 サルヴァージは馬を下りた。

「嬢ちゃんはこっちに乗れ。俺が車に乗る」

「どうする気?」

「この中で、帝国軍に見つかっても大丈夫なのは、俺様だけだ。傭兵なら、不利な戦況から逃げても不思議じゃねえ」

「ゴーレムと車は?」

「帝国に寝返る手土産に持ち出した、と言えば筋は通るだろ? あんたらは嬢ちゃんの言ったとおりに、馬で道を外れて行ってくれ」

 傭兵は少女を苦もなく持ち上げて下ろし、窮屈な御者台に体を押し込めた。

 長すぎる剣は、連絡窓から室内に差し込む。

「俺が車を離れたら、ノームさんはゴーレムから出て嬢ちゃんに知らせに戻ってくれ」

 アルティもフォルティスも無茶と思ったが、それがゴーレム車の始末に一番なのは間違いない。

 プレイクラウス卿ら実戦経験者は「切り代を落とす」のに躊躇はなかった。

 傭兵は基本、使い捨てなのだから。

「ルークス卿によろしく言っておいてくれ。嬢ちゃんを助け、ついでに敵騎兵を足止めしたら、女王陛下の拝謁くらいかなえてくれるだろうぜ」

 笑って去るサルヴァージ。

 ゴーレム車を見送るアルティの、目から涙がこぼれた。

「私が……前線なんかに出たから……」

「アルティの責任ではありません。輸送時の破損をチェックできるのはあなただけですし、ゴーレムマスターら非戦闘員が、まだ陣地におります」

 フォルティスが慰めるも、気休めでしかなかった。

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