罠
決戦に臨む前から既に負けているので、ゴーレム車内の少年はため息をつきかけた。
慌てて息を飲みシノシュは平静を装う。
師団長こそ不在だが、副官と政治将校は同乗しているのだ。
致命的な失態に気付かれなかったのは奇蹟に近い。
アロガン師団長は、ホウト元帥のゴーレム車に行ったきりだ。
移動中は車内で軍議をするので、各師団からは師団長しか出てない。
そのため第三ゴーレム師団蹂躙は現在、副官のジュンマン陸尉が指揮している。
とは言え、敵と遭遇するまでは現状維持で移動が続くだけだが。
シノシュが「負けと思った」のは、兵の士気が崩壊しているからだ。
第七師団の敗走時、多くの将兵が死傷した。
敵新型ゴーレムによる人的損害は皆無だったのに、味方ゴーレムが自軍将兵を踏み潰したのだ。
その命令を出した第七師団長当人も踏まれてしまった。
今や兵たちにとって自軍ゴーレムは、敵より恐ろしい存在となっているのは間違いない。
そのうえ本隊が進むにつれ、より重傷な兵たちが合流してくる。
彼らは手当を受けていた。
驚いたことに敵軍は帝国軍将兵を捕虜にせず、ウンディーネにより手当をしてから解放したのだ。
最初聞いたときは耳を疑ったが、今は策だと認識している。
負傷で動けない帝国軍将兵を敵新型ゴーレムは「避けて歩いた」のだ。
いくら箝口令を敷こうが「またがれた当人」が多すぎる。
これで決戦となれば、自らを傷つけて敵軍による保護を待つ者が続出するだろう。
そこまで考えて、シノシュは愕然とした。
(俺は、負けるのが嫌なのか?)
敵の勝ち方が奇抜なほど、シノシュに負わされる責任が軽くなるのに。
(まさか勝ちたいとでも?)
だとしたら、その相手は間違いなく「風に愛された少年」だ。
そのルークスを擁するパトリア軍は何を企てているやら。
新型ゴーレムと遭遇した翌日と翌々日は、敵が吹かせた猛烈な向かい風に悩まされた。
だがその後敵シルフは鳴りを潜め、こちらのシルフを妨害するくらいだ。
まるで帝国軍の前進を歓迎しているみたいなのが不気味である。
(この期に及んで、何故不利を嫌う?)
その答えは分かっていた。
死ぬまでに一度で良いから、シノシュは全力で戦いたい。
せっかく契約できた大精霊の能力を、全て出し切りたいのだ。
だが本当に戦いたい相手は、顔も知らない異国の少年などではない。
家族を危険に晒している、彼の祖国であった。
そんな少年の葛藤も知らず、若い副官は無遠慮に話しかけてくる。
厄介なことに。
答えないと罰せられるし、間違った答えも減点だ。
かと言って、予想を越える正解でも以後目を付けられる。
家族に累を及ぼさないために、シノシュは当たり障りのない正解を答えねばならない。
それも政治将校の目の前で。
「敵新型ゴーレムはどこから仕掛けてくるだろうか?」
とジュンマン陸尉が尋ねてくれば
「はい。機動性に勝るので、どの方角からも攻撃が可能でしょう」
と一般論で答える。
「どの方角でも?」
「はい。大迂回して背後からの攻撃も、あり得ると考えられます」
「だとしたら、敵コマンダーはどうやって指示をするのだ?」
「はい。ゴーレムが見えない場合は、ノームによる自律行動となります。それを避けるには、見える範囲にいるしかありません」
また一般論に戻す。
「敵コマンダーは馬にでも乗らないと、新型ゴーレムに付いていけないだろうな」
「はい、同意見であります」
副官はシノシュの顔を見た。
「君は、敵コマンダーをどう思う?」
「申し訳ありません。言及するだけの知識がありません」
「有名だと聞いたが?」
「はい。十才という史上最年少で大精霊と契約した、とは耳にしております」
「勝ちたくはないか?」
「肯定であります。革新を阻む敵全てに勝ちたいと思っております」
「立派な心がけだ」
年長者は満足げにうなずいた。
この副官は部下を虐めているのではなかろう、とシノシュは見て取った。
ひょっとしたら良い人かもしれない。
(だからと油断はできないが)
警戒はいくらしても、万全にはならない。
失言一つが命取りになるのが大衆なのだ。
他人は全て敵と思い、あらゆる表現は自制の上で間違いなく発しなければ、生きてゆけない。
(もし俺が、セリューのような身寄りが無い人間だったら)
話は簡単、とうの昔に他国に亡命しただろう。
大精霊契約者は、どの国だろうと歓迎されるはず。
縁もゆかりもない他地域出身者の集団である軍には、帰属意識などない。
特にシノシュのような旧小国出身者は、同郷者と会うことさえ
だから幼年戦士として配属された少女は、彼に懐いたのだろう。
そのセリューも行方不明のまま。
混乱の中で負傷したか、ゴーレムに踏まれたか――
シノシュは自分が思っている以上に、心が乱れていることに気付いた。
(しっかりしろ! 家族以外は全て切り捨てると決めたはずだ!)
騎兵がシノシュらのゴーレム車に横付けし、全軍停止の命令を伝えた。
「て、停止だ! 全ゴーレムを止めろ!」
狼狽えるジュンマン副官に、シノシュは淡々と応じてグラン・ノームを呼んだ。
ゴーレム車の横を歩いていた土の大精霊が、顔だけ扉を通り抜けさせる。
「オブスタンティア、全ゴーレム停止だ」
「了解した」
ゴーレムの足音が消えると、車内を静寂が包む。
伝令の「前方の平地にリスティア・パトリア両国の混成小部隊が布陣!」との声が風に流れてきた。
「新型ゴーレムは視認できず!」
との報告にシノシュは耳をそばだてる。
「野戦に出たのか。バカ者どもめ」
と毒づく副官の声にかき消されそうになったのだ。
元帥が方針を出すまで間がある、とシノシュは見た。
しばらくして後方より早馬の馬蹄が横を通り過ぎる。
別方向より訪れた伝令の声が聞こえた。
「南南東の方角よりパトリア・マルヴァドの混成ゴーレム部隊が接近中! 約四十!!」
(パトリア軍が国境の河を越えた!?)
シノシュは総毛立った。
弱小国がなけなしのゴーレムで攻勢に出るなど、完全に自殺行為だ。
(いくら我が軍が引き返したからって、無謀すぎる)
正面の敵に続いて、征北軍が各個撃破するのは容易い――敵に新型ゴーレムがなければ。
だがいかに新型ゴーレムだろうと無敵ではない。
取り囲んでしまえば討ち取れるはず。
(何か策でもあるのか?)
シノシュはリスティア大王国の地図を脳裏に描いた。
大王都は北東、そこから出た小部隊が北で待ち構え、南南東から四十基。
その双方を平らげ、大王都を再占領すれば補給できる――新型ゴーレムが出てこなければ。
たとえ敵に新型ゴーレムがあろうと、最善策は大王都での籠城だ。
パトリア王国に至っては、国境の河向こうにさえいれば国土は守れる。
自殺行為が南北で同時に行われた――となれば何か策があると考えるべきだ。
(小部隊では時間稼ぎにしかならない。ならシルフで向かい風を送れば済む。違うな。行軍から野戦陣形に変えさせるのが狙いか?)
一度野戦隊形になったら、再び行軍できるまで相当時間がかかる。
そこを襲われたら?
(二部隊は足止め――本命が南西から来る!)
パトリアみたいな小国でさえ攻勢に出られたのだ。東方の雄と言われたマルヴァド軍が出られないはずがない。
リスティア占領部隊の多くを失ったマルヴァド王国が、報復に出るのは自然の流れではないか。
パトリアのゴーレム部隊と連合しているのがその傍証だ。
(我が軍は包囲されつつあるのか)
この状況から勝利するには、主力である南西のマルヴァド軍を叩くしかない。
だがその規模も位置も分からない。
そして征北軍の目的はパトリアの新型ゴーレムの拿捕、もしくは破壊である。
(北へ行くだろうな)
小部隊は恐らくコマンダーを守るのが役割。
コマンダーさえ抑えてしまえば、新型ゴーレムを倒せなくても目的を達成できる。
(そう思わせるのが、敵の狙いだ。北の小部隊は
少年精霊士は確信した。
敵の選択肢を奪うのが、戦術の基本である。
そして自軍が「罠に陥る」のは確実に思えた。
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