予期せぬ味方

 パトリア王国の若き女王フローレンティーナは、形良い眉を僅かにしかめた。

「今の時期に女官の入れ替えとは、また急な話ですね」

 女王の執務室には今二人しかいない。

 困惑する主君に、壮年の女官長はきっぱりと言った。

「今の時期だからです。一部とはいえ、情勢をわきまえぬ不届き者がいては、王家の品位に関わります」

 大げさだと思いフローレンティーナは確認する。

「具体的に、誰が何をしたのです?」

「陛下のお心を煩わせる程のことではございません」

「一部とはいえ、身の回りを任せる者を替えるのですよ? 相応の理由が必要と考えます」

 交代が刺客という恐れもある。

 グラヴィバス女官長は文官、プロディートル公爵側の人間なのだ。

「陛下のお耳に入れるには、差し障りがございまして――」

 言葉を濁す女官長に女王は痺れを切らした。

「なら結構。ディシャレを呼びなさい。事情通の彼女なら、女官の不祥事くらい知っているでしょう」

 女官長の眉間に深く皺が刻まれた。

「その……罷免予定者に、そのディシャレがおります……」

 執務室を冷たい風が吹き抜けた――ような気がした。

 若手のまとめ役みたいな女官の名前に、フローレンティーナは衝撃を受けた。

「ディシャレが不届きな真似を? にわかには信じがたい話ですね」

「お恐れながら、事実でございます」

 女王は少し黙考した。

「やはり、何をしたかを聞かないうちは納得できません」

 女官長は口を歪めて声を絞り出す。

「その……破廉恥な行為を……」

 ますます信じられなくなり、女王は具体的説明を要求した。

「王城内で……異性に過度な接触を……」

 フローレンティーナは肩透かしのあまり笑いだした。

「年頃の娘が異性と接触した? その程度で罷免だなんて。グラヴィバス、あなたも随分と大げさですね」

 主君に笑われ、女官長は声を大にした。

「それが、相手は騎士なのです! 陛下の!」

「恋の相手が騎士だなんて、ロマンス物語の定番ではないですか。過去に騎士団員と結ばれた女官、いませんでしたか?」

「相手はあの――ルークス卿なのです!」

 フローレンティーナの笑いが引きつった。強ばった声を絞り出す。

「ル、ルークス……? ですが、彼は……今……」

「はい。過度な接触はルークス卿がいらしたおりで、その後も密かに集まって――方策を練っておりました――誘惑の」

「ただちにディシャレを呼びなさい」

「いえ、ご裁可をいただければ」

 机に置かれた書類を、フローレンティーナは払い落とした。

「ディシャレを連れてきなさい。それとも監督不行き届きで、貴女の名前も罷免リストに記載しますか?」

 女王の怒りに圧倒され、女官長は拝命して退いた。


 十九歳の女官、ディシャレは神妙に身を縮めて執務室に入ってきた。

 今、この場には主君と家臣の二人きり。

 フローレンティーナは机に指を組んだまま固い声で告げる。

「グラヴィバス女官長より報告を受け『本人に確認する必要がある』と判断しました」

 ディシャレは申し訳なさそうに言う。

「陛下を煩わせてしまい、まことに申し訳ございません」

「私が聞きたいのは謝罪ではなく説明です。あなたは本当に――その、ルークスに……」

「はい。そうなんです。あれは無い、と思いまして。せっかく陛下が勇気を出したのに、あんまりです」

 訴える女官に、女王は戸惑った。

「あなたは一体何を?」

「ルークス卿には異性に目覚める必要あり、それが我々若手有志の統一見解です。先だって色々刺激を与えたのですが、成功には至りませんでした。その後も作戦を練っていたのを婆――いえ女官長に見つかってしまい――ご覧の有り様です」

 ディシャレは軽く両手を広げる。

 話がまるで違うので、フローレンティーナは混乱してしまった。

「確認しますが、あなたたちはルークスを?」

「必ずやルークス卿を、陛下に振り向かせてみせます!」

 驚くよりも女王は拍子抜けしてしまった。

「つまりあなたは――あなたたちは、私の味方だと?」

「もちろんです! 陛下のお相手はルークス卿しかおりません!」

 フローレンティーナの目の前が一気に明るくなった。

 敵に囲まれたような王城に、思わぬ味方がいたのだ。

「ですが、このことを実家が知ったら怒るでは?」

「陛下の為に働くことを怒るような家なら、捨ててやりますよ」

「そんな簡単に――グラヴィバス女官長はあなたたちを罷免する気です」

 ディシャレは右の拳を左手の平に強く打ち付けた。

「あんの婆ぁ! どうあっても陛下にマルヴァドの放蕩王子を押しつけたいか!!」

 憤る様は演技には見えない。

 どうやら若手の女官有志は、他の文官とは異なる思惑で動いていたらしい。

 そんな味方を罷免するなんて論外だ。

「貴女たちのような忠臣を罷免するなんて、私が許しません」

「ありがとうございます、陛下」

「お礼を言いたいのはこちらです。そうですね、お咎め無しとはゆきませんから、私から叱責という処分にします」

「はい――」

「ついては有志全員、十五時に私の私室に出頭することを命じます。その際は、お茶とお菓子を用意をするように」

 スカートの裾をつまんでディシャレは拝命した。

 にんまりと笑みを浮かべ、フローレンティーナと視線を交す。


 その日の午後、パトリア女王を応援する有志で「ロマンスの会」が結成された。

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