新兵器到着

 翌朝、リスティア王国の王城に滞在しているルークスに、シルフが伝えた。

「港にアルティが来たよ」

 それだけだったがルークスには十分だ。

 帝国軍本隊が北上を始めていたが、王都ケファレイオまで三日はかかる。

 時間に余裕があるので、ルークスはイノリでリマーニ軍港へと向かった。

 フォルティスと傭兵サルヴァージが馬で続く。


 帝国軍から奪った物資を積み込んだパトリア艦隊は、昨日出港していた。

 埠頭には別のパトリア軍艦が横付けされている。

 船からは人間の倍もある金属筒が何本も下ろされていた。

 木枠に保護された筒には大きな矢羽根があるので、新兵器らしい。

 岸壁に据えられた腕木が甲板からさらに筒を下ろしている。

 イノリから下りたルークスに、駆け寄る人影があった。

「ルークス、持ってきたわよ!」

 久しぶりに見るアルティの顔は、いつになく溌剌としている。

「ついに完成したんだね。さっそく見せて」

「再会の挨拶も無しにそれ? まあ、ルークスらしいけど」

 不機嫌になったアルティを、主に代わってフォルティスが労をねぎらう。

 そしてルークスの求めに応じ、町の代官に試験の許可を得た。

 シルフによって人払いされた川原に、ゴーレムで機材を運ぶ。

 

 秘密兵器の試験なので、川原で見守るのは護衛の二人だけである。

 しゃがんだイノリの鎧の背中には、火炎槍を差す受け金具が付いている。

 その右端の枠に作業ゴーレムが、半筒状の雨樋のような金属部品を差し込んだ。

 かなり上に長く突き出している。

 イノリの手で雨樋は前に倒せるようになっていた。

 倒した雨樋がレールになる。

 先端は解放され、後端に金属の箱がつけられてある。

 サラマンダーのシンティラムが炭火で金属筒を加熱していた。

 その筒こそ新兵器「自ら飛ぶ太矢セルフボルト」だ。

 先端が尖り、後部に大きめの矢羽根が付くだけの、シンプルな形状である。

 弓用の矢のように細くない、弩用の太矢ボルトを大きくした形だ。

 ルークスが気になったのは、火炎槍のような穴塞ぎの金具や、投槍のような返しが無い点である。

「まさか突き刺さるだけってことはないよね?」

「まあ見てなさい」

 加熱された太矢をゴーレムがレールに乗せ、後端を金属箱に差し込んだ。

 イノリは後端の箱の上面、押しボタンに人差し指を置く。

 レールの先はノームが作った大きな土の塊に向けられていた。

「じゃあ、そのボタンを――」

 イノリに触れたままルークスが言うと、アルティが腕を引っ張った。

「ルークス、離れて! 蒸気で火傷するわ!」

 少し離れ、ルークスは手を振り下ろした。

 噴出音と共に太矢が飛びだす。

 湯気の尾を引き太矢は土に突き刺さった。

 直後に土塊は膨張、一部が吹き飛んだ。

「え!?」

 ルークスは駆けだしていた。


 水蒸気の噴出で飛ぶのは予定どおり。

 貫通力も十分。

 だが返しが無いのに抜けず、穴塞ぎの金具が無いのに蒸気抜けしなかったのは理解できない。

 アルティはノームに土塊を割らせた。

 断面にルークスは目を見張る。

 内部に空洞ができているのだ。

 太矢は途中で千切れていたが、抜けることなく穴を塞いでいる。

 矢羽根のすぐ先で千切れ、切断部が花びらみたいに八方に裂けていた。

 先端も同様で、土の中で咲いている。

「推進用とは別に、破裂用に水入りのガラス瓶を仕込んだの。刺さった衝撃で瓶が割れれば、圧力で本体に入れた切れ目が裂けて抜けなくなる仕掛け」

 ゴーレムの土を加熱して圧力を生むのではなく、圧力を内部に送り込んだのだ。

「すごいやアルティ!! 君は天才だ!!」

 ルークスは声を弾ませる。

 その様子にアルティは違和感を覚えた。

 どこが、かは分からないが様子が変である。

 不思議がる少女をよそに、少年は太矢を観察していた。

「なるほど、表面に溝を刻んであるから綺麗に裂けるのか。これは試行錯誤を繰り返したね」

 破断面をしげしげと調べてからルークスは尋ねてくる。

「これ、何本あるの?」

「今回は二十本。今、町でゴーレムスミスたちが量産しているわ。でも分かっているでしょうけど、鎧は貫けないわよ?」

「そりゃそうだ。戦槌に耐える鎧や兜は火炎槍でも貫けないからね。でもこれ、厄介な軽量型には最適だよ。動きが速いけど鎧は一部だけだから」

「え? 動く相手は考えてなかったけど」

「一本試してみよう」

 加熱し終えた二本目の太矢を、アルティのゴーレムがイノリに渡す。

 精霊たちが自分たちだけでレールに乗せ、発射機に差し込んでいるうちにルークスは言う。

「そのゴーレムを歩かせてくれるかな?」

「まさか、それを狙わせるの?」

 驚くアルティを尻目にルークスはシルフを呼んだ。

「アウルーラ、今飛ばした矢を操れる? 簡単? じゃあ次発射したら、あのゴーレムに当ててみて」

「任せろ」

 シルフはレールの先で待ち構えた。

 そして太矢が放たれた。同時にシルフも飛ぶ。

 白い尾が曲がり、太矢は横に進む等身大ゴーレムを追いかけた。

 背中に命中、胴体を貫通、突き出た先端が破裂。

 かなり大きな音がして、ゴーレムは後ろに倒された。

「的が動いても当たるね」

 満足そうに頷くルークスに、アルティは脱帽した。

「かなわないなあ、ルークスには」

「別に僕は何もしていないよ。精霊がやってくれただけで」

 いつものようなやり取りだが、どうにもアルティには手応えが感じられない。

「何かあったの?」

 ルークスは左肩を撫でながら答える。

「あったよ。上陸場所を変更して、王都攻略を先にして、新女王を味方に付けて、補給部隊とかの帝国軍を三つやっつけた」

「そうじゃなくて、あんたちょっと変なのよ」

「精霊たちは何も言っていないけど」

 また左肩を撫でる。

 いつも肩に乗っている相棒がいないので、無意識に手が行ってしまうらしい。

 だがアルティの気がかりはそこではなかった。

「――ひょっとして、誰か死んだの?」

「どうしてそう思うの?」

「だって精霊って、命の重さに鈍いから」

 半ば永遠に存在する精霊からしたら、人間の一生は極短時間なのだ。

 契約者やその身内以外の生き死にはあまり気にしない。

「そうだね。大勢死んだよ。帝国の将兵が。これからもっと死ぬことになるさ」

 アルティは目を見張った。

 口調は投げやりだが、ルークスの表情が辛そうなのだ。

「仕方ないよ。戦争なんだから。敵の死までは防げない。でも――」

 声を震わせた。

「――でも帝国軍に僕らと変わらない年の子がいたんだ。見つけた子は怪我で済んだけど……」

 かける言葉がアルティには無かった。

 恐らく精霊たちも慰めているはず。

 理屈はルークスにだって分かっているだろう。

 でも人間は理屈ではない。

 ましてやルークスなのだ。

 アルティは、この理不尽に憤った。


 全てをルークスに背負わせる、理不尽な世界が腹立たしくて仕方ない。


 ゴーレムが好きなだけの変人だったのに。

 精霊に愛されたが為に、分不相応な力を持ってしまったが為に。

 アルティの怒りは精霊にさえ向けられた。

 だがそれ以上に「ルークスの苦しみを減らせない」自分に向けられていた。

 かける言葉どころか、どんな顔をしたら良いかも分からないのだ。

 ちょっと考えれば予測できたことなのに。

 帝国軍の未成年者動員は、学園で習ったことだ。

 ルークスは覚えていなくても、アルティは覚えていた。

(だのに私は、ルークスに会えるって浮かれて――)

 怒りに自己嫌悪が混じり、ルークスに申し訳なくて仕方ない。

 ない交ぜになった感情が高まり続け、ついに限界を超える。

 アルティの目から涙があふれ出た。

 後から後から止めどなく流れ落ちる。

「ど、どうしてアルティが泣くの?」

「だって……だって……」

 アルティ本人も説明できなかった。

 感情が高ぶり過ぎて、話すどころか考えることもできない。

 ただただ、ルークスが可哀想でならなかった。

 

 幼なじみが流す涙は、言葉より多くをルークスに伝えた。

 途方に暮れていた少年に、家族の存在を思い出させたのだ。

 自分には、悲しみを共にしてくれる家族がいる。

 自分は一人ではない。

 そう思うだけで、胸の苦しみがすっと軽くなった。

「ありがとう、アルティ」

 ルークスはゴーレムよりも大切な家族を抱きしめた。

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