終章

大戦勃発

 女王直属の騎士ルークス卿には、フェルームの町外れに屋敷が与えられた。

 費用は国が支出するが、ルークスが捕らえたリスティア国王の身代金に比べたら微々たる額である。

 ルークスは家に関してまったく無頓着だが、二つだけ希望した。

 一つ目はアルタスの工房に近いこと。

 二つ目は小川に接しているか、敷地内に井戸があること。

 ゴーレム施設が集まる町外れは騒音などで嫌われ、屋敷が建てられることはなかった。そのため、それ以前に建てられ、工房設置後は空き家になっていた物件が選ばれた。

 屋敷も敷地も長年放置されていたのでかなり痛んでいた。

 大工や石工、鍛冶屋に屋根屋、庭師などが家や井戸、庭木や生け垣の修繕に群がっている。さらに使用人を住まわせる離れ兼馬小屋の増築工事も行われていた。

 侍従長やメイド頭など中核になる使用人はフォルティスの実家エクエス家から送られる。

 身元がしっかりしていないと困るし、従者であるフォルティスが差配するに都合が良いからだ。

 下働きはフェルームの町で募っていた。鉱山を除けば小さな町なので、住民同士素性が分かっている。それだけに王都と違って間者が紛れ込む余地も小さい。また家族を監督するにも小さな町は目が届きやすい利点がある。

 

 アルティとパッセルの姉妹は、ルークスの新居を見に来ていた。

 せっかくルークスをキープできたのに、結局別居してしまうのでアルティは不満だ。

「あたしも一緒に住みたい」

 と無邪気に言う妹の頭を、軽くはたいた。

「冗談でも言うんじゃないの。ルークスは二つ返事で請け合うから」

「えー、いいじゃん。あたしメイドになる。行儀の勉強にもなるし」

「よしてよ。この家に住むのはルークスだけじゃないのよ。あのフォルティスも一緒なんだから」

「あたし学校違うもん」

「妹が同居するなんてなったら、私がどうなるか」

「姉の都合で妹を犠牲にするなんて、ルークス兄ちゃんに言いつけてやる!」

「その時はその命、無いと思え」

「きゃー、ルークス卿、お助けをー」

 ふざけている所に、噂の本人が現れた。

「にぎやかと思ったら、アルティでしたか」

 フォルティスが馬車から降りたところだ。下働きに荷物を運ばせている。

「ええと、フォルティスはそれで満足しているの?」

「私がルークス卿の従者になった件ですか? 陛下のご指名という最高の栄誉です。心は飛ぶ鳥がごとく、彼を一人前の騎士にするべく励みますよ」

「中等部の主席で級長でもある騎士団長の息子が、天才の持ち腐れゴーレムオタクに仕えるのか。複雑」

「救国の英雄をそこまで言えるのはアルティぐらいですよ」

 フォルティスは笑った。貴族なのに自然に会話できるのは、彼の器か。

 先ほどからパッセルが背中を突くので、アルティは後ろを向いた。

「さっきから何? 言いたいことがあるなら口を使いなさい」

 しかし顔を真っ赤にしている妹は、口が利けない状態だった。

「そちらは妹さんですか?」

「ええ、パッセル。普通校の初等部なの」

 姉に突き出されたパッセルは、コチコチのまま頭のてっぺんから声を出した。

「パ、パパパ、パッセル・フェクス、十才です。よ、よろしく、お願いします」

「私はフォルティス・エクス・エクエス。よろしく、可愛いお嬢さん」

 そう言って優雅に、平民の娘に一礼した。さらに握手までする。

「ひいぃ」

 それだけでパッセルは硬直して動かなくなった。

 アルティは見慣れているが、フォルティスの端麗な容貌と優雅な所作は罪である。

「学園じゃそんな真似しないよね?」

 アルティが突っ込むと彼は笑って言う。

「ルークス卿に騎士の作法を教えるにあたり、私もおさらいをしないといけませんので」

「へえ、なら初対面じゃない女性への作法はどんなの?」

「そうですね、では」

 フォルティスはアルティの前でひざまずき、彼女の右手を取ってそっと手の甲に口づけた。

 一連の動きは流れるようで、彼女はまったくされるがままだった。

 フォルティスが離れ、状況が理解できた途端アルティの血液が沸騰した。

 今まで異性関係と無縁でいた鍛冶屋の娘の、乙女の部分がいきなり刺激されたのだ。

 先ほどから真っ赤でいる妹に負けないくらい、赤面してしまう。

 パッセルに至っては硬直したままだ。

 そこに、ルークスがやってきた。肩にオムのノンノンを乗せ、フェクス家から衣類など僅かな荷物を運んできたのだ。

 幼なじみのただならぬ様子に驚き、慌てる。

「ど、どうしたのアルティ? パッセルも?」

 フォルティスが説明する。

「作法の相手をしていただいたのですが、刺激が強すぎたようで、反省しています」

「そ、そうなんだ。二人は大丈夫?」

「え、私?」

 アルティは狼狽えた。なぜかルークスの顔が見づらい。

「顔、真っ赤だよ」

「ルークスだって、顔赤いよ」

「そ、そう?」

 オロオロする二人に、フォルティスも不安になる。

「ルークス卿、ご気分でも悪いのですか? 酷い汗です」

「ルールー、汗びっしょりです」

 彼の肩で小さなオムが首の汗を拭っている。ルークスが手をやると、べっとりと汗が付いた。

「暑くないのに、どうしたんだろう?」

「ルークス卿、先ほど私がアルティにした作法を、ご覧になりましたか?」

「ああ、うん。見た」

「あなたにも刺激が強かったのですね。私の不注意です。あいや――」

 フォルティスは考える。

「今後もそれでは困ります。いずれルークス卿もやらねばなりません。しかも相手は陛下なのですよ」

「へ、陛下!?」

 アルティが反応した。

 自分と女王とがルークスを巡って争ったやり取りを、フォルティスが見ていたことは知らない。

「陛下の騎士なのですから、いずれは陛下にするでしょう。ですのでルークス卿には練習していただく必要がありますね」

「練習!? ルークスが? 誰と……」

 一瞬エキサイトしたアルティだが、すぐ消沈した。

 ルークスが誰かの手の甲にキスするなど想像もできないし、したくない。もし相手が必要なら――

「練習相手ですが、アルティが適任かと」

 とフォルティスは踏み込んできた。

「「ええ!?」」

 ルークスとアルティがハモった。

「そ、それは……」

「わ、私は……」

 ルークスにとってはあまりに急だったし、アルティにとっては心を読まれたかの絶妙なタイミングだった。

 柄にもなく言葉を濁す二人の後ろで、パッセルがおずおずと言う。

「あ、あたしなら、練習台になっても、いい……かも」

「パッセル!?」

 妹の裏切りに危機感を覚えるも、姉として何か言える状況でなく、さらに狼狽えた。

 見かねてフォルティスが提案する。

「では年齢順で、お姉さんからどうぞ」

「「どうぞ!?」」

 再びハモるルークスとアルティ。

「ルークス卿は陛下の騎士なのですから、いつ何時陛下が右手を差し伸べるか分かりません。その際に作法を身につけていないと、陛下に恥をかかせてしまいます」

「そ、それはダメだ」

「へ、陛下にご迷惑をかける訳にはいかないわ」

 フォルティスが用意した逃げ道に、きっちり二人は逃げ込んだ。

「し、仕方ないわ。これは、陛下の為なんだから」

 と、紅潮する顔を背けつつアルティは右手を差しだした。左手で高鳴る胸を押さえながら。

 頭に血が上ったままルークスは地面に膝を着き、その手を取った。近づける口から心臓が飛びだしそうだ。

 ゴーレムの様にぎこちない動きで、ルークスはアルティの手の甲に口づけした。

「ルールーもアルティちゃんも顔真っ赤です」

 ノンノンの声も聞かず、試練を乗り越えたアルティは暴れる心臓を押さえて呼吸を整えた。

 一方のルークスは、心臓が破裂しそうなまま次に挑まされた。

 幸い、パッセル相手では頭の血も少し下がった。それをルークスは「二度目だから」と考えた。

 横目で様子をうかがっていたアルティは、ルークスの変化に別の理由を見いだしていた。

 ルークスにとりパッセルは異性ではないのだ、と。

 一緒の部屋で生活していた都合もあり、ルークスはアルティを異性と見ないようにしていたのではないか?

 少なくともアルティの手にキスをしたとき、ルークスは彼女に異性を感じていたはず。

 何しろ今まで見た事のないルークスだったのだから。

 そう思うと記憶が呼び起こされる。


 女王陛下の御前で、ルークスは一度も赤面しなかった。


 緊張していたからではない。謁見の間でも夜の庭でも、ルークスはルークスだった。

 つまりルークスにとり、陛下は友達でしかないのだ。

 ノンノンを助けに高熱の炉に手を突っ込むのがルークスだ。友達との約束なら、ゴーレムマスターを目指す程度の・・・無謀な挑戦くらいしても不思議ではない。

 勝てる、とアルティの中で閃きが起きた。

 具体的な方法など全く無いが、その想いだけはやたら強く意識されるのだった。


                   א


 大陸の東で中小国の戦争が起きたと同時期に、サントル帝国を挟んだ大陸の西側でも武力紛争が発生した。

 対帝国同盟の加盟国同士の紛争が同時に二箇所で発生したため、同盟の結束は大きく揺らいだ。

 当然ながら、双方とも帝国が仕掛けた謀略である。

 それが分かっていても、同盟内の主導権争いを優先する国は出る。リスティア大王国やマルヴァド王国のように。

 東西で同盟諸国が事態収拾に奔走するのを見計らい、サントル帝国は満を持して北へ出兵する手はずだった。

 先の大戦で不敗を誇った帝国ゴーレム部隊を敗北せしめ、弱点を大陸中に教えた仇敵フィンドラ王国を滅ぼす為に。

 だが、計算違いの事態が発生した。

 東で勝利するはずだったリスティア大王国が、あっという間に惨敗したのだ。

 帝国としてはどちらが勝っても構わない戦争である。事態収拾のためにマルヴァド王国に出兵させるという目的を果たしたのだから、成功の範疇である。

 問題は、負けるはずだった小国が大逆転した理由である。


 新型ゴーレム。


 単基で六十も撃破鹵獲したと言う。

 信じがたいが、複数の密偵や同盟の観戦武官が同じ報告をしている。

 そしてそのゴーレムの活躍が無ければ、リスティア大王国の敗北が成立しない。リスティア王が王城で生け捕りにされるという奇蹟は、新型ゴーレムの「走る」機能無くして説明がつかないのだ。

 帝国の重臣たちは懐疑的だったが、皇帝ディテター五世の命令は下った。

「東へ」

 フィンドラ王国攻略部隊が進路を東に転じた。

 目標となるパトリア王国はサントル帝国とは国境を接しておらず、海路でなければ第三国を通過しなければならない。

 通過する国は既に決まっていた。

 欲に目が眩んだがためゴーレムの大半を失い、邪魔なマルヴァド王国がまばらにゴーレムを送ってくれている国である。


 天歴九百三十八年六月二十二日、サントル帝国軍ゴーレム四百基、兵七万がリスティア大王国との国境を突破、同国に雪崩れこんだ。

 第二次ゴーレム大戦の勃発である。


                   第一話「爆誕のゴーレムライダー」完

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