誰にも明かせない秘密

「ルールーにこにこです」

 肩でノンノンが言うくらい、晴れてフェクス家の一員になれたルークスは大喜びしている。

 そして自分を家族の中に入れてみた。

「妹が二人か」

 そのつぶやきがアルティの逆鱗に触れた。

「何言っているの? あんたみたいに手がかかる子なんて弟に決まっているわ」

「え? でも僕の方が二ヶ月も年上だよ」

「二ヶ月早く生まれちゃっただけでしょ。その分未熟で、大人になれていないんだから、あんたが弟。いいわね」

「えー、やだ」

 距離感ゼロのじゃれ合いに、フローレンティーナの心がささくれ立った。

「ずいぶんと仲良しですね」

 女王が声を発したとたん、二人はその存在を思い出した。同時に女王陛下に顔を向ける。

 にこやかな表情の奥に激しい怒りを押し隠していることは、かなり鈍感なルークスにさえ分かった。アルティに至っては震え上がっている。

「ごめんなさい。陛下のことを無視していたんじゃないんです。ただ、頭から消えていただけで」

 ルークスの言い訳が火に油を注いだ。

「私は簡単に頭から消えるくらい軽い存在なのですか?」

「重い軽いは関係ありません。頭から押し出されてしまえば消えてしまいますよ」

「押し出される? そのような事があるのですか?」

「そりゃあ、考えられるのは一つですから。ああ、他の人はいくつも同時に考えられるんだっけか。器用ですね」

 フローレンティーナは怒りより不安が勝った。ルークスが何を言っているのか、まったく理解できないのだ。

 見かねたアルティがフォローする。

「あのー、陛下。ルークスはそのー、特別な頭をしているんです。一つ事に集中すると、それまで頭にあった全てが押し出されて消えてしまいます。つまり忘れるんです。また、その後も一切頭に入りません。ゴーレムに夢中になったら最後、次の講義をすっぽかすとか良くやらかすんです」

「そのような場合は、誰かが教えれば良いのでは?」

「話しかけても聞こえません。肩を叩いても気付かないなんて、ざらです。時には返事をしても、その一瞬後には返事をした事さえ頭から消えてしまいます」

「そのような変人など――」

 変人で思い当たった。

 奇行で悪名高い人間が王宮関連にもいる。噂で聞くだけだが、常人とは根本的に違うので、周囲はまるで理解できないらしい。

「――ルークス卿は、いわゆる変人なのですか?」

「有り体に言えば、そうです」

「あなたも無視されたことが?」

「いつもです。先ほどの説明で、話しかけたり肩を叩くのは私なんです。学園で、こいつの保護者扱いされているので、次の講義に出てこないと私も叱られます」

「それは――苦労されたことでしょう」

「ええ、はい。毎度の事なので」

「変人の行いなら、腹を立てるものではありませんね」

 フローレンティーナのルークスへの怒りは、行き場を失い急速に冷めてゆく。

 一方で、アルティへの嫉妬はさらに燃え上がった。

 ルークスの世話を焼く苦労話は、愚痴を装った惚気のろけだったから。

「彼はこれだけ苦労をかけるくらい、私に甘えていますの」との本音が聞こえた。

 同時に「それだけ苦労をかけられても私の気持ちは揺るぎません」という自慢も。

 それはフローレンティーナも同じである。

 たとえルークスが変人だろうと気持ちは揺るがない。

 否、変人だから五才で交した約束を果たしてくれたと思えば、むしろ美点である。

 変人が魅力を損ねないことは、平民の少女が女王に対抗していることで明らかだ。

 その変人は、二人の少女が水面下で散らす火花には全く気付かなかった。

「アルティ、陛下は分かってくれた?」

「あんたが普通じゃないってことはね。でもそれ以上は私だって説明できないわ」

 いつものようにやり取りするアルティは、既に覚悟を決めていた。

(もう退くもんか)

 なんだかんだ言っても陛下は遠い人。ルークスと起居を共にするのは自分である。

 そしてルークスは、自分を抱きしめたとき陛下の存在を忘れたではないか。

 ルークスの中で答えが出ている・・・・・・・のだから引き下がるなどあり得ない。

 たとえ相手が、この国の最高権力者だろうと。


 だがしかし、アルティは誤解していた。

 ルークスは「フェクス家の一員になる」という九年越しの夢に喜んだのであって、フローレンティーナと比較してアルティを選んだわけではないのだ。

 どちらかを選ばねばならない立場だと、自覚さえしていないのだから。


 アルティの無言の宣戦布告を受け、フローレンティーナは必死に自制した。

 たとえ邪魔者だろうと、ルークスの大切な家族を害するなど彼への裏切りである。

(アルティは妹、アルティは妹、アルティはルークスの妹。彼はまったく異性と見ていない)

 家族だからこその親しさであり、そこに男女間の感情はルークスの方には無い。

 だが悲しいかな、それは自分も同様であった。

 ルークスがフローレンティーナを見る目は、九年前と同じ・・・・・・なのだ。

 結論、ルークスはまだ異性に目覚めていない。

(目覚めたときこそ本当の勝負でしてよ、アルティ・フェクス)

 フローレンティーナの前に、生まれて初めてライバルが現れたのだった。


 三人のやり取りに、フォルティスは胃に穴が空く思いをしていた。

 比喩的表現ではなく、胃袋がキリキリ差し込むように痛んでいるのだ。

 腹を手で押さえていると、

「あらあら、その若さで胃痛? 大変ね」

 リートレが手を当てて治癒してくれた。痛みが薄れ、胃袋が動くのが感じられる。

「ふむ、見物みものであったな。しかし、さすが主様。大器晩成にも程がある」

 インスピラティオーネは満足半分、落胆半分の表情だ。

「でもルークスちゃん、早く大人にならないと二人が可哀想だわ」

 とリートレは総括した。

「彼には『女性は男性とは感覚からして違う』ということを教えねばなりませんね。騎士の心得以前に」

 フォルティスがこぼすと、精霊たちが協力を申し出てきた。

「主様を鍛えるのならば協力しよう」

「そうね。私たちだけじゃ、あの状態だしね」

「それは心強いです」

 それは偽らざるフォルティスの本音だった。

 ルークスの周囲で、話が通じそうなのはこの二人くらいなのだから。


                   א


 宴が行われている城の地下、ワイン倉の暗がりで人の声がしている。

「大変な事態になりました。あの騎士は危険です」

 老いた女声の訴えに、張りのある男声が答える。

「城の造りも知らぬ子供が一人、慌てる必要は無かろう」

「精霊の力が使えます。特にシルフは、会話を盗み聞きできるので油断なりません。ゆえに、この様な場所にお越しいただいた次第です」

「いくら調べたところで、不幸な偶然としか答えは出ないはずだ」

「しかし元帥殿は向こう側です。騎士団長も果たして――」

「替わりはいくらでもいる」

 女声がため息交じりに言う。

「勝ちすぎは同盟の均衡を揺るがす、この言葉を覚えておられますか?」

「同盟の重要性は理解できるな? 加盟国を滅ぼすような真似は避けねばならない」

「我が国が滅ぶところだったのでは?」

「それは無い。マルヴァド王は確約されたのだぞ。外交とは勝ちすぎず、負けすぎずだ」

「九年前、国土の半分を失ったのは負けすぎではありませぬか?」

「あれこそ勝ちすぎの反動だ。怯えた者は死に物狂いで反撃をする。つまり勝ちすぎた今の状況こそ、我が国にとって危険なのだよ」

「あの騎士を、どうなさいますか?」

「事故は良くある」

「いけません。常にシルフが警戒しています。事故が起きる範囲は全て見張られているとお思いください」

「それではいつまでも、あの小娘が居座ってしまうではないか。彼奴あやつが玉座にいる限り、他国は我が国を侮るぞ。他国と対等に渡り合うには、強い君主が必要なのだ」

「あの、単基で敵四十を撃破できるゴーレムを持つ国を、侮れるものでしょうか?」

「そのゴーレムが百基もあれば我が国も安泰であろう。しかし一基だけでは、それを消しに来るは確実。むしろ災いを呼び寄せる。その前に潰してしまわねば安心できぬ」

「それで、我が国は大丈夫なのでしょうか?」

「外交は吾輩に任せておけば良い。そなたは、あの小僧にあらゆる場面で揺さぶりをかけ、疲れを蓄積させるのだ。戦場では些細な判断ミスが命取りになる」

「……」

「案ずるな。必ずや事は上手く運ぶ。お互い後戻りはできないのだから、前へ進むしかないのだぞ」

 そう釘を刺して男は会話を終わらせた。老女は深く息をつくだけだった。

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