すれ違ったり、ぶつかったり
誰でもいいからルークスを連れていって欲しい、そうアルティは望んでいた。
しかし、よりによって女王陛下自ら来るとは思わなかった。
他の誰でもない、唯一ルークスと一緒にしたくない人物が。
それでも一平民でしかないアルティはひざまずいた。ルークスが棒立ちしているので袖を引っ張る。
ルークスは剣の収まりに難儀しつつ、しゃがもうとするのをフローレンティーナは止めた。
「構いませんよ、ルークス卿。あなたは私の騎士ですし、それ以前に私のお友達です。公の場以外でかしこまる必要はありません」
その上でかしこまる少女に声をかける。
「アルティ・フェクス、あなたはルークス卿の家族も同然ではありませんか。卿が一緒のときは、私の前で立つ事を許します」
「あ、ありがたき幸せにございます」
アルティは必死に敬語をひねり出した。そして圧倒的身分の差に打ちひしがれる体を、無理やり立ち上がらせた。
フローレンティーナは怒りを押し殺していた。その原因が嫉妬であると自覚しているから。仮にも一国の主たるものが、平民に嫉妬するなど沽券に関わる。
だが、そんな女王の内心などアルティには筒抜けだった。君主の逆鱗に触れているので、生きた心地がしないほど怯えている。
そうと知らないフローレンティーナは、さりげなさを装いルークスに探りを入れた。
「ルークス卿、あなたは今フェクス家におりますが、何か困ってはいませんか?」
「いえ、別に困っていません。おじさんもおばさんも、とても良くしてくれています。――いや、そうじゃないな。いつまでも僕がいちゃマズいか」
「マズくないよ、全然」
思わずアルティは口をはさんでしまった。
女王陛下と騎士との会話に割り込むという、自分のしでかした行為に恐怖するアルティに、ルークスは何ごとも無かったように返事をする。
「でも、アルティは困っているでしょ? 着替えとか気を使うから」
「着替えの何に気を使うのです?」
今度はフローレンティーナが口をはさんだ。
礼儀作法を忘れるほど、ルークスの発言は聞き捨てならない。
「同じ部屋だから、アルティが着替えるとき僕は台所に出るんです」
事も無げに言うルークスに、女王の目が点になった。
ルークスの横ではアルティが人生の終了を迎え、魂が抜けかけている。
フローレンティーナは、己の限界まで自制して確認した。
「お、同じ部屋、とは……クローゼットを共有している、とか、ですか?」
「庶民の家にそういうのはありません。寝室が一緒なんです。他にはおじさん夫婦の寝室と、台所、物置。それだけです」
「――」
カルチャーショックのあまり、今度は女王から魂が抜けかけた。
同居しているとは知っていたが、まさか寝室を共にしているとは夢にも思わなかった。
「それでもフェクス家は豊かな方ですよ。一軒家だし、アルティの妹も学校に通えるし、居候も養ってくれています」
(妹まで同じ部屋に!?)
フローレンティーナの忍耐が限界を迎えた。吹きだす感情の勢いに任せてまくしたてる。
「それはいけませんわ! 乱れます! 英雄の子息を友人の好意に頼らせねばならなかったのは、私の不行き届きです。ルークス、あなたに屋敷を用意して、騎士に相応しき暮らしを与えます。それはせめてもの罪滅ぼしですから。決してやましいものではありません!」
「え、でも……」
ルークスはアルティに視線をやる。そしてうなずいた。
「そうですね。家族でない人間、ましてや年頃の男子がいるなんてマズいですし」
「全然マズくないって! 父さんも母さんもいつも言っているじゃない! ルークスは家族だって。今さらそんなこと言わないで!」
もうアルティも女王陛下に遠慮などしていられない。ルークスが奪われてしまう。
「でも……」
とルークスはうつむく。普段空気を読まないだけあり、その歯切れに悪さにアルティは悪い予感しかしない。
「でもアルティは、僕を家族と思っていないでしょ?」
「――え?」
ルークスがなぜそんなデマを口にしたのか、アルティには理解できなかった。
「だ、誰かがそんなことを言ったの?」
「だってアルティは、一度も僕を『家族だ』と言ったことがないじゃないか。それどころか、おじさんやおばさんが僕を家族だって言うとき、いつも嫌そうな顔をして――」
アルティはハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
「ご、誤解よ! それは、父さんや母さんがそう言うのは、いつだって私を叱るときじゃない!? 私は、親に反発しているだけで、ルークスを嫌っているんじゃないの! ルークスは家族よ! 大事な家族よっ!! ずっと一緒に寝起きしてきたじゃない。ずっと一緒に学校に通ってきたじゃない。今さらそんな、改めて言うのが、照れくさいだけっ!!」
言い訳しているうちに涙が出てきた。
アルティは今まで、親への反発をルークスがどう受け止めているか全く考えなかった。
居候であるルークスに遠慮があるのは当然ではないか。
それを打ち消す為に両親はことあるごとに「ルークスは家族だ」と言い聞かせていた。パッセルも。
一人アルティだけが、空気を読まず同調しなかった。
同い年の男の子を家族と認めるのが「照れくさい」というだけの理由で。
今までルークスを「空気が読めない奴」と思っていたが「自分もそうだ」とやっと自覚した。
自己嫌悪のあまり死にたくなったアルティとは正反対に、ルークスは初めてフェクス家全員に家族と認めてもらえた幸せに舞い上がっていた。
そして喜びを素直に表現し、アルティを抱きしめた。持ち上げて振り回す。
「アルティ、ありがとう! ありがとう!!」
「ちょ――!? ルークス、離しなさいって」
もがくアルティ。
絶句するフローレンティーナ。
アルティは今し方の衝撃で体に力が入らない。ルークスにされるがまま、振り回される。火炎槍が完成したときのように。
フローレンティーナは目の前の光景が信じられない。自分に忠誠を捧げた騎士が、たった一人の友達が、他の女性を抱きしめているのだ!
(この浮気者!!)
ルークスを王都に招聘する、そう女王は決めた。
だがすんでのところで思いとどまる。
(ルークスは家族ができて喜んでいるだけ。愛を告白しているわけではないわ)
だいいち家族を奪ったも同然な自分が、やっと得た家族からルークスを引き離すなど、あまりに惨い仕打ちではないか。そんな挙に出たら自分が許せない。
(それにしても九年もの間、同じ部屋で寝起きしながら一度もルークスを家族と認めなかったなんて)
と、彼女の騎士に抱きしめられる少女をねめつけた。
フローレンティーナには理解できない行動だ。ましてや理由が「照れくさい」など思考の範疇外だった。
アルティは必死に、女王陛下から顔を背けていた。今、彼女に顔を向けたら危ない。命の危険がある。
絶対今、自分の顔は満面の笑みを浮かべている!
なんとかルークスを引き剥がしたアルティは、熱い頬を冷ますべく深呼吸する。
ルークスの心は喜びに満ち溢れ、女王陛下の存在が頭から追い出されて消えていた。
そのためフローレンティーナは、生まれて初めて「周りの人間に無視される」という経験をしていた。
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